[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アルカロイドの大量生産

[スポンサーリンク]

アルカロイドには強い生理活性を示すものも多く、医薬品のシード化合物としても注目を集めています。しかし、実験室で安価原料から合成することが難しい場合も多いため、植物抽出物などを原料として半合成されている例も多くあります。

植物は成長が遅いことから、需要に供給が追いつかないなどの問題も起きてしまいます。そのため最近では、以前の記事「砂糖水からモルヒネ?」で紹介したように、成長の遅い植物の遺伝子を成長の早い微生物へと導入し有用化合物を迅速かつ安価に大量生産しようという研究が盛んです。

今回はインドールアルカロイドの例をご紹介したいと思います。植物科学の研究で有名なジョイネスセンターのサラ・オコナー教授らのグループから報告されました。

“De novo production of the plant-derived alkaloid strictosidine in yeast“
Proc. Natl Acad. Sci. USA 112, 3205–3210 (2015). DOI: 10.1073/pnas.1423555112
Stephanie Brown, Marc Clastre, Vincent Courdavault, and Sarah E. O’Connor

Monoterpene Indole Alkaloids (MIA)

de_novo_alkaloid_1

モノテルペンインドールアルカロイド (以下 MIA) は、C10 のモノテルペン部分とトリプトファン由来のインドール部分からなるアルカロイドであり、主にキョウチクトウ科 (Apocynaceae)、マチン科 (Loganiaceae)、アカネ科 (Rubiaceae )、クロタキカズラ科 (Icacinaceae)、ヌマミズキ科 (Nyssaceae)、ウリノキ科 (Alangiaceae) などから単離されます。MIA には強い生理活性を示すものも多く、vinblastine、vincristine、vinflunine など抗がん剤として認可されているものもあります。

MIA は、植物内にて共通の中間体 Strictosidine を共通の中間体として生合成されます。共通の中間体から多種多様な構造を生み出す分子多様性メカニズムは合成化学の面からも注目されています(上図)。先日紹介したヘテロヨヒンビンもその一つです。

一見してわかる通り、これら複雑骨格化合物を実験室で合成することは、現在の有機合成化学の技術をもってしても簡単ではありません。そのため、植物から抽出した中間体を用いた半合成による供給方法なども工業的には採用されています。しかし、植物は成長するのが遅い&場所をとるため、大量・安価・迅速な供給には問題があります。そのため、代替法の開発が求められているのが現状です。

GPP synthase

今回紹介する論文では 21 個の遺伝子の導入と 3 個の遺伝子の破壊により MIA の共通中間体である Strictosidine を 0.5 mg/l の収量で作り出すことに成功しています。培地と構築した酵母のみで Strictosidine がこれだけの量取れるというのは学術的にも工業的にも素晴らしい成果です。ちなみに Strictosidine の前駆体である secologanin は 10 mg で約 1 万円です。

また、以前紹介した酵母でのオピオイド化合物生産系では、培地に基質である砂糖を添加しなければいけませんでした。今回紹介する論文は、”De novo” とタイトルが付いていることからも分かる通り、基質の添加の必要がありません!!

de_novo_alkaloid_2

(図は論文より)

 

“21 個の遺伝子導入”と書くと簡単なように聞こえますが、論文を読むとそこにたどり着くまでにたくさんの壁があったことが分かります。
酵母では、メバロン酸経路によってGPP が合成され、MIA のテルペン部分はその GPP を基質として合成されます。つまり Strictosidine の収量を上げるためには GPP の収量を上げることが必須です!そこで著者らは (i)フィードバック阻害を受けない HMG還元酵素の遺伝子 tHMGR を導入、(ii) IPP の異性化酵素をコードしている遺伝子 IDI1 を導入 (iii) tRNA の合成を抑制する遺伝子 MAF1 を導入しました(IPP は GPP と tRNA の両方の合成に使われてしまうため、tRNA 合成を抑制しないと GPP の収量が上がらない)。また、遺伝子発現を安定させるために、導入する遺伝子はすべて相同組み替えにより酵母のゲノムへと入れられています。

しかし、思ったように GPP の収量は上がりませんでした。

そこで、注意深く酵母の経路を見直してみると FPP 合成酵素が関係しているのではないかとの考えに行き着きました。FPP 合成酵素は、C10 の GPP も合成しますが、 C15 のFPP の方を優先的に合成します。そこで、FPP 合成酵素をコードしている ERG20 を破壊し、代わりにアメリカオオモミ由来の AgGPPS とセキショウヤケイ由来の mFPS144 を導入しました。すると GPP の収量の増加が見られました。

Geraniol 8-Hydroxylase (G8H)

植物内で GPP は 9 ステップの反応により secologanin へと変換されます。この反応のうちのいくつかは酸化酵素 P450 に触媒されており、酸化還元サイクルを効率良く回すためには還元酵素が必要です。そこで著者らは CYB5 と CPR も導入することにしました。

しかし、必要遺伝子をすべて導入した酵母の代謝物を調べてみると strictosidine はおろか secologanin さえも合成されていませんでした。そこで、一つずつ中間体を培地に添加して strictosidine が生産されるかを調べました。(地道な実験!)

すると 8 –hydroxygeraniol を添加した際にはsecologanin が生産されているのに、geraniol を添加した際には生産されませんでした。つまり、geraniol を基質とする酵素 G8H が機能していないことがわかりました。G8H を持つプラスミドを導入して実験すると酵母が strictosidine を生産していることがわかりました。

まとめ

以上紹介した本論文のごく一部であり、上記以外の細かいことも論文中には書かれており、非常に地道な検討の繰り返しによりすばらしい成果が出るということを改めて実感しました。
MIA では、Strictosidine 以降の酵素・遺伝子は未だに未解明なものが多く、アルカロイドの生合成研究はまだまだ謎がいっぱいです。しかし、今回の論文で構築した酵母を応用することにより、生合成候補遺伝子のアッセイが楽になったり、将来的なアルカロイドの大量生産につながったりすることが期待できます。このような手法が確立され、医薬品が世界中に行き届くようになることを願ってます。

Avatar photo

ゼロ

投稿者の記事一覧

女の子。研究所勤務。趣味は読書とハイキング ♪
ハンドルネームは村上龍の「愛と幻想のファシズム」の登場人物にちなんでま〜す。5 分後の世界、ヒュウガ・ウイルスも好き!

関連記事

  1. グアニジニウム/次亜ヨウ素酸塩触媒によるオキシインドール類の立体…
  2. 捏造は研究室の中だけの問題か?
  3. 乙卯研究所 研究員募集 2023年度
  4. スケールアップで失敗しないために 反応前の注意点
  5. 革新的なオンライン会場!「第53回若手ペプチド夏の勉強会」参加体…
  6. 実験・数理・機械学習の融合による触媒理論の開拓
  7. 有機反応を俯瞰する ー[1,2] 転位
  8. ケムステスタッフ徹底紹介!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 忍者はお茶から毒をつくったのか
  2. アメリカで Ph.D. を取る –エッセイを書くの巻– (後編)
  3. 超原子価ヨウ素試薬PIFAで芳香族アミドをヒドロキシ化
  4. 液晶の薬物キャリアとしての応用~体温付近で相転移する液晶高分子ミセルの設計~
  5. Org. Proc. Res. Devのススメ
  6. 人名反応から学ぶ有機合成戦略
  7. 深共晶溶媒 Deep Eutectic Solvent
  8. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎知識とよくある誤解
  9. ラジカルと有機金属の反応を駆使した第3級アルキル鈴木―宮浦型カップリング
  10. 化学系ブログのランキングチャート

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年10月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

細谷 昌弘 Masahiro HOSOYA

細谷 昌弘(ほそや まさひろ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の創薬科学者である。塩野義製薬株式…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP