[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

貴金属に取って代わる半導体触媒

[スポンサーリンク]

C–C結合形成反応を触媒する半導体量子ドットが報告された。C–C結合形成反応を含む様々な光酸化還元反応について、従来の貴金属触媒を”半導体触媒”で代用しても、同様に反応が進行する。

半導体量子ドットが光酸化還元触媒になる?

光酸化還元触媒は、複雑な化合物を構築する新反応を生み出してきた。

光酸化還元触媒には、一般的に、高価で希少な貴金属であるRuやIrが用いられる。そこで、より安価で豊富な金属触媒や、金属を用いない有機触媒の開発が行われているものの、基質一般性や触媒活性に課題が残る。

一方で、一電子移動の媒体として半導体を用いた、半導体量子ドット(semiconductor quantum dots; QDs)と呼ばれる新しいタイプの酸化還元触媒が報告されている。

QDsは

  1. 高い光安定性
  2. 有機色素などと比較し多くの光子を吸収
  3. 励起状態の保持時間が長い
  4. 幅広い吸収波長
  5. 有機化合物からの電荷移動も効率的

などという利点をもつ。さらに粒子径を変えることで、酸化還元電位の微妙な調節も可能である。

しかしながら、QDの利用の多くは酸化還元反応への適用にとどまり、光酸化還元触媒には利用されていなかった。また、C–C結合形成反応としては、多結晶半導体(QDsより径が大きい)を用いた反応のみであった(図1A)[1]

今回、Rochester大学のWeix准教授ら同大学のKrauss教授らと共同で、光酸化還元触媒を用いたC–C結合形成反応(を含む5種類)に、QDsであるセレン化カドミウム(CdSe)触媒: CdSeQDをはじめて適用することに成功した(図1B)。

図1. 光酸化還元触媒

多様な貴金属触媒(13)の代わりにCdSe QDを加えるのみで反応が進行すること、少ない触媒量でも進行することが特筆すべき点である。

General and Efficient C–C Bond Forming Photoredox Catalysis with Semiconductor Quantum Dots

Caputo, J. A.; Frenette, L. C.; Zhao, N.; Sowers, K. L.; Krauss, T. D.; Weix, D. J. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 4250.

DOI: 10.1021/jacs.6b13379

論文著者の紹介

研究者:Daniel J. Weix

研究者の経歴:
2000 B.S. Columbia University, NY (Prof. Thomas J. Katz)
2005 Ph.D, University of California, Berkeley, CA (Prof. Jonathan A. Ellman)
2008 Posdoc, University of Illinois, Urbana, IL (Prof. John F. Hartwig)
2008 Assistant Professor at University of Rochester, NY
2014 Associate Professor at University of Rochester, NY
研究内容:新規クロスカップリング反応の開発

論文の概要

QDの利点は、表面の配位子により径を変化させて酸化還元電位を調整することができる点である。CdSe QDは、あらかじめセレンに配位子を作用させた後、高温条件下、別途調製したオレイン酸カドミウムと反応させることで得られる。

Weixらは、配位子の種類(ジフェニルホスフィン、トリオクチルホスフィンなど)とその添加量を変えることで、大きさの異なるCdSe QDを作り分けた。その結果、トリオクチルホスフィンを配位子とした粒径3.0 nmのCdSe QDでIr触媒と同程度の還元電位(約-1.5 V vs SCE)を実現した。

CdSe QDは、MacMillanらが開発した、アミンを共触媒に用いたアルデヒドのβ位アルキル化に有効であった[2a]。オレイン酸を添加すると、反応の収率に大きな影響を与えないものの、触媒の分解を抑制する。なお、CdSe QDは高い光安定性を有し、従来、1 mol%のIr触媒を必要であるのに対し、わずか0.8 × 10-3 mol%の触媒量でよい。

また、本触媒はIrやRu触媒で反応が進行することが報告されている、ケトンのβ位アミノアルキル化(図2B)、アミンのアリール化(図2C)などに適用可能であり、有機・遷移金属共触媒が存在しても、問題なく目的物を与える[2b,2c]。さらに、還元的な脱ハロゲン化反応や、脱炭酸型型C–C結合形成反応への適用も可能であった(図2D,E) [2d,2e]。また、シュテルン–フォルマーの消光実験(図2Bの反応に対して)によりCdSe QDとIr触媒の比較を行った結果、両者は同様の機構で反応が進行していることが示唆された。

図2. CdSe QD触媒が適用可能な光酸化還元反応

CdSe QDは様々な光酸化還元反応を触媒することが明らかとなったが、より還元能の高いIr(ppy)3の代用は限られ、光環化反応には利用できないという課題が残る。

今後は、CdTeや、ZnS、ZnSeなどのより還元電位の低いQDの開発や、配位子の改良によるQDの安定化により、適用範囲の拡大と、触媒量の削減を期待したい。

参考文献

  1. (a) Schindler, W.; Knoch, F.; Kisch, H. Ber. 1996, 129, 925. DOI: 10.1002/cber.19961290808 (b) Cherevatskaya, M.; Neumann, M.; Füldner, S.; Harlander, C.; Kümmel, S.; Dankesreiter, S.; Pfitzner, A.; Zeitler, K.; König, B. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 4062. DOI: 10.1002/anie.201108721
  2. (a) Nguyen, J. D.; D’Amato, E. M.; Narayanam, J. M. R.; Stephenson, C. R. J. Chem. 2012, 4, 854. DOI: 10.1038/NCHEM.1452 (b) Terrett, J. A.; Clift, M. D.; MacMillan, D. W. C. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 6858. DOI: 10.1021/ja502639e (c) Jeffrey, J. L.; Petronijević, F. R.; MacMillan, D. W. C. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 8404. DOI: 10.1021/jacs.5b05376 (d) Pratsch, G.; Lackner, G. L.; Overman, L. E. J. Org. Chem. 2015, 80, 6025. DOI: 10.1021/acs.joc.5b00795 (e) Corcoran, E. B.; Pirnot, M. T.; Lin, S.; Dreher, S. D.; DiRocco, D. A.; Davies, I. W.; Buchwald, S. L.; MacMillan, D. W. C. Science 2016, 353, 279. DOI: 10.1126/science.aag0209

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 【書籍】「喜嶋先生の静かな世界」
  2. 中学生の研究が米国の一流論文誌に掲載された
  3. 企業の組織と各部署の役割
  4. Lectureship Award MBLA 10周年記念特別講…
  5. 化学は地球を救う!
  6. 有機合成化学 vs. 合成生物学 ― 将来の「薬作り」を席巻する…
  7. 室温、中性条件での二トリルの加水分解
  8. 地域の光る化学企業たち-2

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 小さなフッ素をどうつまむのか
  2. 元素・人気記事ランキング・新刊の化学書籍を追加
  3. 有機アモルファス蒸着薄膜の自発分極を自在制御することに成功!
  4. 2017年始めに100年前を振り返ってみた
  5. 化学系ブログのインパクトファクター
  6. クリスマス化学史 元素記号Hの発見
  7. 産総研より刺激に応じて自在に剥がせるプライマーが開発される
  8. ゴールドバーグ アミノ化反応 Goldberg Amination
  9. リチャード・ラーナー Richard Lerner
  10. 2021年、ムーアの法則が崩れる?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年4月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

期待度⭘!サンドイッチ化合物の新顔「シクロセン」

π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換…

塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応

ニッケル触媒を用いたシクロヘキセンの位置および立体選択的なカルボホウ素化反応が開発された。用いる塩基…

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP