[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

バイオ触媒によるトリフルオロメチルシクロプロパンの不斉合成

[スポンサーリンク]

バイオ触媒「ミオグロビン」により”トリフルオロメチルカルベン”をオレフィンに転移させる、新奇トリフルオロメチルシクロプロパンの効率的不斉合成法が開発された。

バイオ触媒カルベン転移反応

トリフルオロメチルシクロプロパンは3員環とトリフルオロメチル基の有する立体的および電子的にユニークな特徴を併せ持つため、創薬化学の分野において大変魅力的な構造である。そのため、生理活性分子に本構造を導入する手法が種々検討されてきたが、その大部分は予めトリフルオロメチル基を有する出発原料を用いるものである。

一方で、本構造の最も直截的な合成法は、トリフルオロメチルカルベンのオレフィンへの挿入反応である。”トリフルオロメチルカルベン”はCF 3 CHN 2 (DTE)の光分解(図1A)1や金属触媒により発生させる。本反応の不斉制御に取り組んだ最初の報告は、Simmoneauxらによるキラルメタロポルフィリンを用いたDTEとスチレンのシクロプロパン化反応であるが、高ジアステレオ選択的に進行するものの中程度のエナンチオ選択性(30-79 %ee)であった(図1B)2。近年、CarreiraらによってCo(III)-サレン錯体を用いた同様の反応にて高いエナンチオ選択性(<97 %ee)が達成されている (図1C)3

今回、米国ロチェスター大学のFasan助教授らは、バイオ触媒「ミオグロビン(Mb)」を用いた、DTEとビニルアレーンのトリフルオロメチルシクロプロパンの不斉合成に挑戦した。その結果、高収率かつ高ジアステレオ選択的、高エナンチオ選択的なバイオ触媒カルベン転移反応の開発に成功したので紹介する(図1D)。

図1. トリフルオロメチルカルベンとオレフィンのシクロプロパン化反応

 

Highly Diastereo- and Enantioselective Synthesis of Trifluoromethyl- Substituted Cyclopropanes via Myoglobin-Catalyzed Transfer of Trifluoromethylcarbene

Antonio, T.; Viktoria, S.; Vikas, T.; Rudi, F. J. Am. Chem. Soc.2017, 139, 5293−5296.

DOI: 10.1021/jacs.7b00768

論文著者の紹介

研究者:Rudi Fasan

研究者の経歴:
-1999 BSc, University of Padua, Italy
2001-2005 Ph.D, University of Zurich, Switzerland
2005-2008 Posdoc, California Institute of Technology, Pasadena, CA
2008- Assistant Prof. at University of Rochester, United States

研究内容:生化学合成および生理活性物質の開発

論文の概要

Fasanらは、ジアゾ酢酸エチル(EDA)をカルベン供与試薬としたMb触媒によるオレフィンシクロプロパン化の不斉合成法をすでに開発しており、本研究はその発展系である4

まず、2,2,2-トリフルオロエチルアミン(1)のジアゾ化によるDTEのin situ生成(亜硝酸ナトリウム/硫酸)は、バイオ触媒には過酷な条件である。そのため、「試薬生成チャンバー」、すなわち、DTEを不活性ガスとともにMb触媒を含む反応容器へと運ぶ反応システムを構築した (図2A)。このシステムを用いた条件検討は、反応の進行が確約されているEDAを用いて行った (図2B)。その結果、Mb(H64V, V64A)変異体を発現する大腸菌(E.coli)細胞の懸濁液をバイオ触媒系として使用し、当量・反応時間を最適化することで、高収率・高ジアステレオ・高エナンチオ選択的に目的化合物6を得ることができた。

そこで、本条件をEDAからDTEに変更したところ、EDAの場合と同様に反応は進行し、トリフルオロメチルシクロプロパン6の不斉合成に成功した。本反応は様々なアリールオレフィン8a–12aに適用可能であり、概ね良好な収率および高エナンチオ選択的に目的化合物8b–12bを与える(図2C)。また、本反応はエナンチオマーの作り分けも可能であり、Mb(H64V, V64A)変異体を用いた場合はtrans-(1S, 2S)体、Mb(H64V、V68L、L29T)変異体ではtrans-(1R, 2R)体に変換することができる。

以上、今回の論文は、Mb触媒をもちいて創薬化学分野で高価値なトリフルオロメチルシクロプロパンの不斉合成を実現した。強酸性条件で調製するDTEを反応系外で発生・運搬する効率的な反応システムを開発し、バイオ触媒の弱点を補うことで、長所である高選択性のみを活用した好例である。

図2. Mb触媒とDTEによるトリフルオロメチルシクロプロパンの不斉合成

参考文献

  1. Atherton, J. H.; Fields, R. J. Chem. Soc. C 1967, 1450. DOI: 10.1039/J39670001450
  2. Le Maux, P.; Juillard, S.; Simonneaux, G. Synthesis 2006, 2006, 1701. DOI: 1055/s-2006-926451
  3. Morandi, B.; Mariampillai, B.; Carreira, E. M. Angew, Chem., Int. Ed. 2011, 50, 1101. DOI: 10.1002/anie.201004269
  4. Bordeaux, M.; Tyagi, V.; Fasan, R. Angew,  Chem., Int. Ed. 2015, 54, 1744. DOI: 10.1002/anie.201409928
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 偶然と観察と探求の成果:中毒解毒剤から窒素酸化物を窒素分子へ変換…
  2. アロタケタールの全合成
  3. フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成
  4. 官能基化オレフィンのクロスカップリング
  5. マテリアルズ・インフォマティクスの手法:条件最適化に用いられるベ…
  6. (+)-ミンフィエンシンの短工程不斉全合成
  7. 巨大ポリエーテル天然物「ギムノシン-A」の全合成
  8. ゲームを研究に応用? タンパク質の構造計算ゲーム「Foldit」…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【書籍】有機スペクトル解析入門
  2. 免疫の生化学 (1) 2018年ノーベル医学賞解説
  3. 子供と一緒にネットで化学実験を楽しもう!
  4. 人が集まるポスター発表を考える
  5. 細胞が分子の3Dプリンターに?! -空気に触れるとファイバーとなるタンパク質を細胞内で合成-
  6. ゾーシー・マーベット転位 Saucy-Marbet Rearrangement
  7. 第147回―「カリックスアレーンを用いる集合体の創製」Tony Coleman教授
  8. 初めての減圧蒸留
  9. パーソナル有機合成装置 EasyMax 402 をデモしてみた
  10. 巧みに設計されたホウ素化合物と可視光からアルキルラジカルを発生させる

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年6月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

ノーベル賞受賞者と語り合う5日間!「第18回HOPEミーティング」参加者募集!

申し込みはこちら概要主催:独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)開催地:神奈川…

光触媒による高効率なCO2還元の実現―まさかの光を弱く当てることが重要だった―

第709回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 理学院(前田研究室)博士後期課程2年の仲田竜一 …

「π-πスタッキング」という言葉が生む誤解【芳香環の相互作用を見直す: 前編】

芳香環が平行に並んで近接しているとき、その構造を「π–π スタッキング」と表されることがよくあります…

一重項酸素によるC(sp2)−P結合切断を用いた長波長光によるリン化合物のアンケージング

第 708 回のスポットライトリサーチは、同志社女子大学 薬学部 医療薬学科 5…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける画像解析の活用ガイド

開催概要材料開発において、電子顕微鏡やX線トモグラフィーを用いて材料の微細構造を観察するために画…

世界初のPROTAC医薬、ついに承認 ―「タンパク質を阻害する」から「分解する」時代へ

2026年5月、創薬化学の歴史に残る大きな出来事が起きました。米国 FDA は、…

有機蛍光とは異なる新しい有機りん光の分子設計指針の発見

第707回のスポットライトリサーチは、電気通信大学 情報理工学研究科(牧昌次郎研究室)の林希久也 助…

NEDO懸賞金活用型プログラム/量子コンピュータを用いた社会問題ソリューション開発2

「NEDO懸賞金活用型プログラム/量子コンピュータを用いた社会問題ソリューション開発…

株式会社ナード研究所ってどんな会社?

株式会社ナード研究所は、化学物質の受託合成、受託製造、受託研究を通じて、研究開発…

付加重合でポリアミドを作る!?:多段階ラジカル異性化による新たなポリマー主鎖構築

第706回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)に所属されていた黒田啓太…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP