[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

リガンドによりCO2を選択的に導入する

[スポンサーリンク]

初めまして、この度Chem-stationスタッフとなりました、SQと申します。有機化学や創薬化学を専門としております。

企業研究者なので頻度は少なめかと思いますが、面白い論文を読んだら投稿していこうと思いますので、皆様これからどうぞよろしくお願い致します。

第一弾の記事として、JACSに掲載された反応開発の論文を紹介したいと思います。光照射下、Ni触媒のリガンドを変えることにより、CO2挿入位置の選択性を変えることが出来るという論文です。慣れていない為、文章が稚拙な部分があるかと思いますが読んでいただけると嬉しいです。

背景

CO2を1炭素源とするカルボキシル化反応は、様々なカルボン酸を合成する上で非常に有用な反応です。その中でも、スチレンに対するCO2によるカルボキシル化反応はシンプルかつ高アトムエコノミー反応であり、これまでに数多くの研究が報告されています。また生成物のα‐メチルフェニル酢酸部位は、イブプロフェン・ナプロキセン・フェノプロフェン等の医薬品にも含まれている骨格であり非常に有用です。

スチレンに対するCO2によるカルボキシル化反応にはMarkovnikov型とanti-Markovnikov型の二通りありますが、それぞれ様々な課題がありました。多くの研究報告はMarkovnikov型ですが、強還元剤が必要であることや、基質一般性が狭いことが問題です[1]。一方、anti-Markovnikov型の反応は報告例が少なく、最近JamisonらがUV光照射下連続フロー反応にて、ラジカル中間体を経由し目的物を得ています[2]

このような背景のもと、今回レーゲンスブルク大学のKönig教授らは、ほぼ同条件の中、リガンド(とその他試薬も少し)を変えることによりカルボキシル化反応の選択性を変えられることを発見しました。

 

“Ligand-Controlled Regioselective Hydrocarboxylation of Styrenes with CO2 by Combining Visible Light and Nickel Catalysis”
Meng, Q.-Y.; Wang, S.; Huff, G. S.; König, B. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 3198–3201. DOI: 10.1021/jacs.7b13448

実験結果

筆者らは、まず自らの過去の研究報告[3]を元に溶媒、添加試薬、光増感体、還元剤等種々の反応条件の最適化を行いました。

溶媒、光増感体、リガンドは、この反応においてかなり重要であり替えが効きにくい様です。Markovnikov型の時はLNiBr2(L:neocuproine)、K2CO3、Hantzsch ester (HEH)が最適条件で、anti-Markovnikov型の際はNiBr2・glyme、dppb、4-Me-HEH、LiOOCCH3が必要でした。両者共通して、溶媒はDMF、光増感体は4CzIPN(Ir(dF(Me)ppy)2(dtbbpy))PF6)が使用されていました。
Markovnikov型反応では、かなり多くの基質において最適化条件が適応可能であり、選択性が非常に高いのが印象的です。またIbuprofenやEstroneといった医薬品の合成にも適応可能であることも示されていました。

一方でanti-Markovnikov型も多くの基質に応用可能であり高い選択性でしたが、電子求引性官能基をもつ化合物では反応が進行しませんでした。

Markovnikov型の基質一般性

anti-Markovnikov型の基質一般性

反応機構

続いては反応機構です。

4CzIPNが光により励起されHEHを酸化し、2電子SET(single electron transfer)を行ってNi(Ⅱ)→Ni(0)とするところは両反応で共通のようです。反応機構

[1] Markovnikov型

neocuproineをリガンドとして用いた際は、HEHにプロトン化されNi ヒドリド錯体Bを作ります。その後、立体障害が少ない方に金属挿入が起こり(DFTにより確認)、錯体Cを形成。1電子を4CzIPNから受け取った後、速やかにCO2挿入が起こり、目的物が生成され触媒が再生成します。

[2] anti-Markovnikov型

Dppbをリガンドとして用いた時は、CO2がNi錯体Aに配位し錯体Fとなります。その後五員環中間体を経て錯体Gを形成。1電子を4CzIPNから受け取った後、速やかに開環し、還元を通して目的物が生成され触媒が再生成します。

またその他機構解明実験を通し(重水素ラベル化実験等)①スチレンに対するヒドロメタル化はどちらも不可逆的②radical中間体を経由していないということが示唆されている様でした。

所感

選択性は高いものの収率は中程度であること、機構解明が完全ではないことが今後の課題として挙げられるかなと思いますが、選択性が生じる機構解明等が詳しく考察されていた点が良かったです。高選択的にanti-Markovnikov型の目的物を得られ、実用的である点も魅力的であるため、ぜひ使ってみてはいかがでしょう。

参考文献

  1. Gaydou, M.; Moragas, T.; Juliá-Hernández, F.; Martin, R. J. Am.Chem. Soc. 2017, 139, 12161. DOI : 10.1021/jacs.7b07637
  2. Seo, H.; Liu, A.; Jamison, T. F.; J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 13969. DOI : 10.1021/jacs.7b05942
  3. Meng, Q.-Y.; Wang, S.; König, B.; Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 56, 13426. DOI : 10.1002/anie.201706724

SQ

投稿者の記事一覧

某企業研究員。専門は有機合成で、趣味はスポーツ(サッカー・テニス等)や音楽(バンド活動)。
「”化学”の力で、人の健康を支える」という思いを胸に日々奮闘中。0から1を生み出したい。

関連記事

  1. 波動-粒子二重性 Wave-Particle Duality: …
  2. アルメニア初の化学系国際学会に行ってきた!①
  3. アメリカで Ph. D. を取る –研究室に訪問するの巻–
  4. 有機合成化学協会誌2023年7月号:ジボロン酸無水物触媒・E-E…
  5. 社会人7年目、先端技術に携わる若き研究者の転職を、 ビジョンマッ…
  6. DNAナノ構造体が誘起・制御する液-液相分離
  7. PEG化合物を簡単に精製したい?それなら塩化マグネシウム!
  8. 外部の大学院に進学するメリット3選

注目情報

ピックアップ記事

  1. そうだ、アルミニウムを丸裸にしてみようじゃないか
  2. アミンの新合成法2
  3. チロシン選択的タンパク質修飾反応 Tyr-Selective Protein Modification
  4. 生化学実験:プラスチック器具のコンタミにご用心
  5. トムソン・ロイター:2009年ノーベル賞の有力候補者を発表
  6. 改正特許法が国会で成立
  7. MI×データ科学|オンライン|コース
  8. 2005年4月分の気になる化学関連ニュース投票結果
  9. フラクタルな物質、見つかる
  10. 高効率・高正確な人工核酸ポリメラーゼの開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年4月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP