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B

tert-ブトキシカルボニル保護基/Boc Protecting Group

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⏱ 30秒サマリー

  • 何をする反応か — アミンを tert-ブチルカルバメートに変えて一時的に不活性化し、必要になったら酸で外す。導入剤は二炭酸ジ-tert-ブチル(Boc₂O)がほぼ一択。
  • 何ができるか — 塩基・求核剤・接触還元・穏和なヒドリド還元に耐える窒素。Fmoc(塩基で外れる)や Cbz(水素化で外れる)と直交させて多段階合成を組める。副生成物がイソブテンと CO₂ なので後処理が楽。
  • いつ使うか — アミンを含む多段階合成の第一選択。ただし後段に強酸を使う工程があるなら不可。基質に求核性の芳香環(Trp、電子豊富アレーン)やチオールがあるならカチオン捕捉剤を、α位がエピマー化しやすいなら TFA ではなく HCl を検討する。

概要

tert-ブトキシカルボニル(tert-butoxycarbonyl, Boc)基は、カルバメート形成を通じてアミン保護基の第一選択として使われる。アルコールやフェノールの保護に使われることもあるが、後述のとおり O-Boc 体は N-Boc 体と安定性が大きく異なるため同列には扱えない。

Boc 基は1957年に3グループからほぼ同時に報告された。Carpino がヒドラジン酸化の研究の中で tert-ブチルカルバメートの酸易脱離性を見いだし[1]、McKay と Albertson[2]、Anderson と McGregor[3] がそれぞれペプチド合成用の「アミンマスキング基」として提案している。当時主流だったベンジルオキシカルボニル(Z, Cbz)基よりはるかに酸に弱いという性質が、のちの直交保護戦略の出発点になった。

導入剤としては長らくアジド蟻酸 tert-ブチルが使われていたが、爆発性と毒性が問題視され、1972年に Tarbell らが報告した二炭酸ジ-tert-ブチル(Boc₂O、Boc anhydride)[4]に置き換わった。Boc₂O の調製法は Organic Syntheses に収載[5]されており信頼性が高いため、現代で「Boc 化する」といえば、ほぼ Boc₂O の使用プロトコルを指す。

Boc保護基は、強塩基によるエステル加水分解、求核置換、接触還元、比較的穏和なヒドリド還元に耐え、強酸性条件で除去できる。この「酸だけに弱い」性質が、塩基で外れる Fmoc 基、水素化で外れる Cbz 基との相補性を生む。ペプチド固相合成法でも Boc 法として長く使われてきた[6]。

一方で Boc は保護基としてのみ活用されるわけではない。カルバメートのカルボニルが有機リチウム試薬と錯形成して隣接位の脱プロトン化を配向させる(N-Boc-ピロリジンの不斉リチオ化[13])、Boc₂O 自身がホスゲン等価体として働く(Curtius 転位[21]、イソシアナート合成[16])、などの用途も確立している。

反応機構

保護:Boc₂O によるカルバモイル化

アミンが Boc₂O の一方のカルボニルを求核攻撃し、四面体中間体を経て炭酸モノ tert-ブチルが脱離する。脱離した炭酸モノエステルは直ちに CO₂ と tert-ブタノールへ分解するため、反応は不可逆的に進む。ピリジンやトリエチルアミンを塩基として加える条件、アミノ酸に対して無機塩基を用いるショッテン・バウマン条件が定番である。

DMAP は塩基ではなく求核触媒として働く点は押さえておきたい。DMAP が Boc₂O に付加して生じる N-Boc-DMAP アシルピリジニウムが真の活性種であり、これが求核力の低いアミド窒素やインドール窒素にまで届かせる[17,33]。DMAP を加えた瞬間に激しく CO₂ が出るのはこのためである。ただし、化学量論量の DMAP 存在下では、アニリン類は Boc 体で止まらずアリールイソシアナートまで進む[16]。Knölker らはこれをホスゲンを使わないイソシアナート合成法として提案した。裏を返せば、この経路由来の副反応を防ぎたい場合、触媒量の DMAP に留める、N-メチルイミダゾールに替える[17]、あるいは無触媒・水中で行う[23]といった選択肢がある。

脱保護:酸性条件

酸がカルバメートのカルボニル酸素をプロトン化し、C–O 結合が開裂して tert-ブチルカチオンとカルバミン酸が生じる。カルバミン酸は速やかに脱炭酸して遊離アミンとなり、酸性条件下ではアンモニウム塩として得られる。トリフルオロ酢酸(TFA)/ジクロロメタンまたは neat 条件、塩酸/ジオキサン、塩酸/メタノールなどが多用される。

この描像は近年かなり精緻化された。AstraZeneca の速度論研究[25]によれば、HCl 触媒の脱 Boc は酸濃度に対して2次の依存性を示し、硫酸・メタンスルホン酸でも同じ挙動をとる。一方 TFA では大過剰の酸が必要で、しかもトリフルオロ酢酸イオン濃度に対して逆依存を示す。著者らはこれを、プロトン化カルバメートの開裂で可逆的に生じるイオン–分子対を一般酸触媒が分離する段階が効いている、と解釈している。実務的には「TFA と HCl は速さが違うだけ」ではなく別物として扱うべき、という示唆になる。

酸を使わない熱的脱 Boc では機構が異なる。Pfizer が自社化合物ライブラリ26化合物で連続フロー高温条件を検討した研究[26]では、速度論・DFT・統計解析から、イソブテンを放出する協奏的なプロトン移動が律速で、続く脱炭酸は速い、と結論されている。反応速度は N-Boc カルボニルの求電子性指数と強く相関した。

塩基でも外れることがある

「Boc は塩基に強い」は一般論としては正しいが、例外がある。Curran らは、フェニルアラニノールの N-Boc-O-トシル体を塩基処理すると Boc とトシルの両方が失われてオキサゾリジノンになることを報告した[14]。カルバメート酸素が分子内で求核攻撃できる配置にあれば、酸がなくても Boc は外れうる。

フェノールの O-Boc 体は明確に塩基に弱い。同一条件(75% ピペリジン/CH₂Cl₂、1 N NaOH/THF)でアミノ基上の Boc が無傷なのに対し、フェノール上の Boc は希塩基で容易に切断される[19]。アルコール・フェノールの保護に Boc を使うときは、N-Boc の常識をそのまま持ち込んではいけない。

特徴・適用範囲・類似反応との比較

導入が簡単で安価、副生成物が気体(CO₂・イソブテン)で後処理が軽い、結晶化しやすい誘導体が多い、UV 吸収がないぶん TLC では見えにくいが NMR では t-Bu の 9H シングレットが明確な指標になる——これらが Boc の実務的な強みである。弱点は酸に弱いという一点に集約される。Boc 基の反応性を体系的に扱った総説として Agami と Couty のもの[31]、保護基全体の中での位置づけは Isidro-Llobet らの総説[32]が詳しい。

カルバメート系保護基の直交性
保護基 標準的な除去条件 相補性
Boc TFA、HCl/ジオキサン、熱(150–300 °C) 塩基・水素化に耐える
Fmoc 20% ピペリジン/DMF などの塩基 酸に耐える。Boc と完全直交
Cbz (Z) H₂/Pd–C、HBr/AcOH Boc より酸に強い。水素化で選択的に外れる
Alloc Pd(0)/アリル捕捉剤 酸にも塩基にも耐える
Troc Zn/AcOH(還元) 酸・塩基に耐える
Teoc フッ化物(TBAF など) 酸・塩基・水素化に耐える
Boc が向かない場面
  • 後段に強酸を使う工程がある(tert-ブチルエステル、トリチル、アセタールなど他の酸感受性基と共存させる設計では順序を要検討)
  • 基質に求核性の高い部位がある(Trp のインドール2位、電子豊富アレーン、チオール、フェノール)。tert-ブチルカチオンにアルキル化される
  • α位がエピマー化しやすい基質(後述のニルマトレルビルの例)
  • 分子内にカルバメート酸素が届く求核部位がある(塩基条件での脱離・環化)[14]
同じ Boc でも外し分けられる

酸性度や条件を選べば選択性が出る。TMSOTf/2,6-ルチジンは tert-ブチルエステルなど他の酸感受性基を残したまま Boc だけを外す用途に使える[15]。連続フローの熱的条件では、温度制御によってアリール N-Boc をアルキル N-Boc 共存下で選択的に除去できることが示されている[29]。

反応例

DMAP 条件による低求核性窒素の保護

DMAP 条件で行うことで、求核力の低いアミド窒素の保護、インドール窒素の保護、di-Boc 体の合成が可能になる。下記はその一例[20]。

N-メチルイミダゾール条件

DMAP 条件の over reaction が問題となる場合(特にアニリンの保護など)には、N-メチルイミダゾールを用いる条件が適することがある[17,30]。over reaction の正体はイソシアナート生成[16]であり、そもそも DMAP を化学量論量入れないことが第一の対策になる。

無触媒・水中での化学選択的 Boc 化

Chankeshwara と Chakraborti は、触媒も有機溶媒も使わず水中でアミンを化学選択的に Boc 化できることを示した[23]。イソシアナート、尿素、N,N-ジ-Boc 体といった副生成物が出ず、キラルアミンや α-アミノ酸エステルは光学純度を保ち、アミノアルコールや2-アミノフェノールでもオキサゾリジノン化が起きない。触媒を足す方向とは逆の解として押さえておく価値がある。

環状カルバメートの活性化

環状ウレタンやオキサゾリジノンのカルボニル基を穏和に加溶媒分解する目的に、Boc 保護が使われる[9]。窒素を Boc 化して電子密度を下げ、カルボニルの求電子性を上げる発想である。

Fmoc から Boc への1工程掛け替え

Fmoc 基から1工程で Boc 基に掛け替える条件[12]。直交保護の設計変更を後戻りせずに行える。

アジドの水素化を Boc 保護アミンで受ける

アジド基の水素添加条件に Boc₂O を共存させておくことで、生成した一級アミンをその場で捕捉し、Boc 保護アミンとして得ることができる[10]。遊離アミンの単離を経ないぶん操作が楽になる。

カルボン酸から一段で Boc アミンへ(Curtius 転位)

Boc₂O は保護剤としてだけでなく炭素を1つ削る反応の試薬にもなる。Lebel と Leogane は、カルボン酸に Boc₂O と NaN₃ を作用させてアシルアジドを発生させ、Bu₄NBr と Zn(OTf)₂ 存在下で Curtius 転位を起こし、生じたイソシアナートを系中で捕捉して tert-ブチルカルバメートを一段で得る条件を報告した[21]。低温で高収率、マロン酸誘導体にも適用でき保護アミノ酸へ展開できる。芳香族カルボン酸版もある[24]。

酸に弱い化合物からの選択的 Boc 除去

TMSOTf/Et₃N もしくは TMSOTf/2,6-ルチジン条件は、酸性条件に不安定な化合物の選択的 Boc 除去に用いることができる。下記は Cyclotheonamide B の全合成における適用例[35]。同じ考え方で、tert-ブチルエステル共存下に Boc だけを外すことができる[15]。

TMS-I を用いる脱保護[8]

カルボニル酸素のシリル化 → tBu-I の脱離 → N-トリメチルシリルオキシカルボニル体のメタノリシス → 脱炭酸、という経路をとる。下記の事例[38]では、他に敏感な官能基が多数存在するなかで選択的 Boc 除去を達成している。

アミンのメチル化源として

LiAlH₄で処理する想定で、アミンのメチル化源として活用されることがしばしばある。Boc にかぎらず他のカルバメート保護基も同様に活用できる。以下は (+)-Esermethole 合成に応用した事例[36]。

Boc を足場にした不斉 C–H 官能基化

Beak らは、N-Boc-ピロリジンを s-BuLi/(−)-スパルテインで処理すると α位が不斉的に脱プロトン化され、求電子剤の捕捉で2-置換体が一般に 90% ee 超で得られることを示した[13]。カルバメートのカルボニルがアルキルリチウムと錯形成し、近接効果によって特定のプロトンを引き抜く。ホモログの N-Boc-ピペリジンでは著しく遅く er 87:13 程度にとどまり、Boc-ピロリジンの特殊性が際立つ。Merck のプロセス研究陣はこれを実用化した[22]。生じた2-リチオ体を ZnCl₂ でトランスメタル化し、Pd/P(t-Bu)₃ 触媒で Negishi 型 α-アリール化を行うことで、2-アリール-N-Boc-ピロリジンを高 er で合成できる。有機亜鉛種は 60 °C まで立体化学的に安定で、(R)-ニコチンの不斉合成で実証された。後にグルコキナーゼ活性化剤の実用合成(92% ee)にも使われている[37]。

Graphic. Refer to the image caption for details.

論文[22]より引用

脱保護の酸を選び直した例:ニルマトレルビル

新型コロナ治療薬 Paxlovid の有効成分ニルマトレルビルの持続可能ルート[39]では、最終段の脱 Boc に TFA を使うと約8%のエピマー化(キラル HPLC で確認)が起き、多数の副生成物が生じた。一方 HCl/ジオキサン(MeCN 中)では清浄に進行し、過剰塩基(NMM)でも HCl でもエピマー化は起きなかった。同グループの1ポット版でも 4 M HCl/ジオキサン、無水 MeCN、0–10 °C、2時間が採用されている[40]。

酸を使わない脱保護
  • 熱的(連続フロー): MeOH または TFE 中、酸触媒なしで進行する。26化合物中12化合物が ≥95% 変換[26]。温度制御によりアリール N-Boc の選択的除去も可能[29]。
  • 塩化オキサリル/MeOH: 室温1–4時間、最大90% 収率。脂肪族・芳香族・複素環基質に広く適用できる[27]。
  • 無溶媒・HCl ガスの ex situ 発生: 溶媒を使わずに Boc を外す[28]。

この方向の展開(電気化学・光化学を含む)は 2025 年の総説[34]に整理されている。

実験手順

標準的な Boc 保護(塩基条件)

フェニルグリシノールの Boc 保護

(R)-フェニルグリシノール(1.0 g、7.3 mmol)を THF(10 mL)に溶解し、氷冷下にトリエチルアミン(2.14 mL、15.4 mmol)および二炭酸ジ-tert-ブチル(1.08 g、7.7 mmol)の THF 溶液(10 mL)を加え、室温で2時間撹拌する。得られた溶液を減圧下で約半分の体積まで濃縮し、ヘキサンを加えて結晶化させる。固体を吸引濾過により集め、ヘキサンで洗浄する。収量 1.72 g(99%)。※反応中は CO₂ が発生する。密閉系では行わない。

標準的な Boc 脱保護(HCl/ジオキサン)

塩酸/ジオキサン溶液を用いる Boc 脱保護

ジオキサン(10 mL)中、(R)-2-(tert-ブトキシカルボニルアミノ)-2-フェニルエチル メタンスルホナート(2.5 g、7.9 mmol)の溶液に HCl(10 mL、4 M in dioxane)を添加し、1時間撹拌する。揮発性物質を減圧下で除去し、残留物をアセトニトリル/ジエチルエーテルから再結晶する。収量 1.28 g(65%)。

捕捉剤を併用する TFA 脱保護(求核性部位をもつ基質向け)

ペプチドや電子豊富な芳香環をもつ化合物では、TFA 単独ではなくカチオン捕捉剤を含むカクテルを使う。代表的な組成は TFA/H₂O/トリイソプロピルシラン = 95:2.5:2.5(システインを含む場合は 1,2-エタンジチオールなどのチオールを追加)。捕捉剤が tert-ブチルカチオンを先に消費することで、基質のアルキル化を抑える。スカベンジャーの効果を系統的に評価した古典的研究が Lundt らの報告である[7]。処理後は TFA を減圧留去し、冷ジエチルエーテルで沈殿・洗浄してアンモニウム塩として回収する。

過剰の Boc₂O を分解して除く

イミダゾール/トリフルオロエタノール条件は、過剰量用いた Boc₂O を壊して除去する目的に適している[18]。カラムに乗せる前に処理しておくと、Boc₂O が製品画分に混入する事故を防げる。

実験のコツ・テクニック

Boc2Oの安全性 
  • 吸入毒性が非常に高い。 Boc₂O のラット吸入 LC₅₀(4時間)は 100 mg/m³(0.1 mg/L)と報告されており、これはホスゲン(ラット50分で 49 mg/m³)と同オーダーである。GHS 分類でも「吸入すると生命に危険」「重篤な眼の損傷」「皮膚感作のおそれ」が付く。必ずドラフト内で秤量・分取する。 融点 21–23 °C で液体として扱うことが多く、ミストの吸入に注意する。
  • 容器内で圧力が上がる。 微量の水分と反応して徐々に tert-ブタノールと CO₂ に分解するため、密閉容器の内圧が上昇する。ガラス瓶ではなくプラスチック瓶で流通するのはこのためである。冷蔵(+2〜+8 °C)保管とし、開栓時は容器の口を体から離して向ける。 夏場に室温放置した試薬瓶は特に注意する。
  • 引火性。 引火点は約 37 °C。火気厳禁。
  • 密閉系で反応させない。 保護(CO₂)でも脱保護(CO₂ + イソブテン)でもガスが出る。特に DMAP を加えた瞬間は激しく発泡するので少量ずつ加える。脱保護で出るイソブテンは可燃性ガスである。
  • 歴史的に使われたアジド蟻酸 tert-ブチルは爆発性・毒性のため現在は使われない。古い文献の手順をそのまま追試しないこと。
保護の実務
  • DMAP は触媒量に留める。 化学量論量入れるとアニリン類はイソシアナートまで進み、尿素体や di-Boc 体が混じる[16]。単純な一級・二級アミンなら Boc₂O + 弱塩基(NaHCO₃、Et₃N)で十分に進む。
  • アミノアルコールでオキサゾリジノンが出るときは、無触媒・水中条件[23]を試す価値がある。
  • di-Boc 体が意図せず出る場合は Boc₂O の当量を絞り、低温で行う。逆に di-Boc 体を意図的に作る化学は体系的に整理されている[33]。
  • 進行の確認は TLC より NMR が確実。 Boc の t-Bu は δ 1.4 付近に 9H シングレットとして出る。カルバメートの回転障壁のため、室温 NMR でロータマーが二組のシグナルとして観測されることがよくある。不純物と誤認しないこと(可変温度 NMR の測定を心がける)。
脱保護の実務
  • カチオン捕捉剤を入れる。 脱保護時に生じる tert-ブチルカチオンは、化合物中の求核性部位としばしば反応する。トリプトファンのインドール2位の tert-ブチル化が古典的な例である。アニソール、チオアニソール、チオフェノール、ジメチルスルフィド、トリイソプロピルシラン、1,2-エタンジチオールなどを添加剤として加える。
  • 「イソブテンと CO₂ だけが出る」わけではない。 tert-ブチルカチオンは、(i) 捕捉剤に捕まる、(ii) 脱プロトン化してイソブテンになる、(iii) 重合してイソブテンオリゴマーになる、(iv) 基質をアルキル化する、の4通りに分岐する。粗生成物に説明のつかない高分子量ピークが出たら (iii) を疑う。
  • TFA と HCl は交換可能ではない。 酸によって速度論も副反応も変わる[25]。α位のエピマー化が懸念される基質では、TFA より HCl/ジオキサンのほうが清浄なことがある[39]。逆に HCl 塩の溶解性が悪くて扱いにくい場合もあるので、両方試す。
  • 残留 TFA に注意。 脱保護と逆相 HPLC 精製を経た化合物は TFA 塩として得られる。残留トリフルオロ酢酸イオンは細胞増殖アッセイ、毒性試験、受容体結合実験などに影響しうると多数報告されている。生物評価に回す前に、HCl または酢酸への対イオン交換(凍結乾燥の繰り返し、イオン交換樹脂、脱プロトン化–再プロトン化)を検討する。
  • アンモニウム塩の分離。 Boc 脱保護時にできるアンモニウム化合物は、2% MeOH/Et₂O で粉砕することで有機化合物から上手く分離できる(参考)。
  • 酸を避けたいときの選択肢は増えている。TMSOTf/2,6-ルチジン[15,35]、TMS-I[8]、塩化オキサリル/MeOH[27]、熱(フロー)[26,29]、無溶媒 HCl ガス[28]。

参考文献

【原著】
  1. Carpino, L. A. J. Am. Chem. Soc. 1957, 79, 4427–4431. DOI: 10.1021/ja01573a050 (Boc 基の初出)
  2. McKay, F. C.; Albertson, N. F. J. Am. Chem. Soc. 1957, 79, 4686–4690. DOI: 10.1021/ja01574a029
  3. Anderson, G. W.; McGregor, A. C. J. Am. Chem. Soc. 1957, 79, 6180–6183. DOI: 10.1021/ja01580a020 (Boc アミノ酸とそのペプチド合成への利用)
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  27. George, N.; Ofori, S.; Parkin, S.; Awuah, S. G. RSC Adv. 2020, 10, 24017–24026. DOI: 10.1039/D0RA04110F (塩化オキサリル/MeOH による穏和な脱 Boc)
  28. Verschueren, R. H.; Gilles, P.; Van Mileghem, S.; De Borggraeve, W. M. Org. Biomol. Chem. 2021, 19, 5782–5787. DOI: 10.1039/D1OB00728A (無溶媒・HCl ガス ex situ 発生による脱 Boc)
  29. Ryan, M.-R.; Lynch, D.; Collins, S. G.; Maguire, A. R. Org. Process Res. Dev. 2024, 28, 1946–1963. DOI: 10.1021/acs.oprd.3c00498 (連続フローでの選択的熱的脱 Boc)
【総説】
  1. Ragnarsson, U.; Grehn, L. Acc. Chem. Res. 1998, 31, 494–501. DOI: 10.1021/ar980001k
  2. Agami, C.; Couty, F. Tetrahedron 2002, 58, 2701. DOI: 10.1016/S0040-4020(02)00131-X (Boc 基の反応性)
  3. Isidro-Llobet, A.; Álvarez, M.; Albericio, F. Chem. Rev. 2009, 109, 2455–2504. DOI: 10.1021/cr800323s (アミノ酸保護基の標準総説)
  4. Ragnarsson, U.; Grehn, L. RSC Adv. 2013. DOI: 10.1039/C3RA42956C (Boc による二重保護。DMAP 触媒の機構整理を含む)
  5. Jin, J. H.; An, M.; Jeon, M.; Kim, J.; Kang, S. M.; Choi, I. Chem. Eur. J. 2025, 31, e202501387. DOI: 10.1002/chem.202501387 (電気化学・光化学による保護/脱保護)
【応用例】
  1. Bastiaans, H. M. M.; van de Baan, J. L.; Ottenheijm, H. C. J. J. Org. Chem. 1997, 62, 3880. DOI: 10.1021/jo961447m (Cyclotheonamide B 全合成)
  2. Bui, T.; Syed, S.; Barbas, C. F., III J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 8758. DOI: 10.1021/ja903520c ((+)-Esermethole 合成)
  3. Klapars, A.; Campos, K. R.; Waldman, J. H.; Zewge, D.; Dormer, P. G.; Chen, C.-y. J. Org. Chem. 2008, 73, 4986–4993. DOI: 10.1021/jo8006804 (グルコキナーゼ活性化剤の実用合成)
  4. Liu, Z.; Yasuda, N.; Simeone, M.; Reamer, R. A. J. Org. Chem. 2014, 79, 11792. DOI: 10.1021/jo502319z
  5. Kincaid, J. R. A.; Caravez, J. C.; Iyer, K. S.; Kavthe, R. D.; Fleck, N.; Aue, D. H.; Lipshutz, B. H. Commun. Chem. 2022, 5, 156. DOI: 10.1038/s42004-022-00758-5 (ニルマトレルビル合成。TFA で 8% エピマー化、HCl では清浄)
  6. Kincaid, J. R. A.; Caravez, J. C.; Iyer, K. S.; Kavthe, R. D.; Fleck, N.; Lipshutz, B. H. Org. Lett. 2022, 24, 9049. DOI: 10.1021/acs.orglett.2c03683 (ニルマトレルビルの1ポット合成)

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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