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スポットライトリサーチ

露出した銀ナノクラスター表面を保持した、高機能・高安定なハイブリッド分子触媒の開発

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第560回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科(山口研究室)の米里健太郎 特任助教にお願いしました。

米里先生の所属する山口研究室は触媒化学を専門としており、山口研究室は過去のスポットライトリサーチ(第396回, 第460回)にもご登場いただいています。今回ご紹介するのは、環状金属酸化物に銀ナノクラスターを導入した触媒に関する成果です。高い反応性を持つ金属ナノクラスター表面を保持したまま環状金属酸化物内に導入するという原子1個レベルの精密な触媒設計・構造解析と、設計した触媒の反応における高い反応性・選択性を明らかにした本成果は、Nature Chemistry 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。加えて、Nature ChemistryのNews&Views日本経済新聞NIKKEI Tech Foresight日刊工業新聞など多数の媒体で紹介されています。

Surface-Exposed Silver Nanoclusters inside Molecular Metal Oxide Cavities
Yonesato, K.; Yanai, D.; Yamazoe, S.; Yokogawa, D.; Kikuchi, T.; Yamaguchi, K.; Suzuki, K. Nature Chemistry, 2023, 15, 940–947. DOI:10.1038/s41557-023-01234-w

現場を指揮された鈴木康介 准教授から、米里先生について以下のコメントを頂いています。ぜひ最後までインタビューをお楽しみください!

米里さんが学部4年次に研究室に配属されてから、これまで一緒に研究を進めてきました。今回の研究は環状タングステン酸化物を使って露出表面を持つ銀ナノクラスターを合成することで、高い活性と安定性を両立させた分子触媒の開発を目指す挑戦的なテーマでした。面白そうな物質を合成できたという確信を得た後も、その詳細な構造決定において、これまでに研究室で扱ってきた分析技術だけでは十分な対応ができない状況に直面し、大変な苦労がありました。しかし、多くの共同研究者の協力を得て、論文の掲載に至ることができました。途中で諦めてしまいそうな場面が多々ありましたが、困難を乗り越えるべく試行錯誤を重ねてきた米里さんの情熱と粘り強さには驚かされました。また、米里さんは学生時代から現在に至るまで後輩学生の指導に熱心に取り組んでおり、いつも頼りになる存在です。

今回の論文には、米里さんの学生時代からの研究成果が余すことなく盛り込まれています。ぜひ一読していただければ幸いです。米里さんの今後のさらなるご活躍を心から応援しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

この研究では、環状のタングステン酸化物を鋳型として、その内部の空間に銀ナノクラスターを導入したハイブリッド分子触媒を精密に合成することに成功しました。重要なポイントは、このハイブリッド分子が銀ナノクラスターの表面が露出した構造を保持することで、物質の変換をアシストする材料(触媒)として新しい反応性や機能、安定性を示すことです。本成果により、反応性の高い露出表面を持つ金属ナノクラスターや、金属ナノクラスターと金属酸化物を組み合わせた多様な構造を設計することが可能になり、資源循環やエネルギー変換のための触媒、光機能材料、センサー、分子エレクトロニクスなどの材料開発への応用が期待されます。

金属原子がわずか数個~数十個程度集まった金属ナノクラスターでは、構成する金属原子の数やその配列によって、色や安定性、化学反応性などの性質・機能が大きく変わり、その原子数や配列を制御した合成が幅広い応用には重要です。特に、金属ナノクラスターを金属酸化物の微粒子(担体)に固定すると、比較的安定に金属ナノクラスターを保持しながら、様々な物質変換を実現する触媒として利用することが可能であり、例えば化石原料を有用な化学品や医薬に変換する触媒や、二酸化炭素を有用な材料に変換する触媒が開発できます。このような金属ナノクラスターの触媒作用では、高い反応性を持っている金属ナノクラスターの表面が非常に重要な役割を担っています。しかし、金属ナノクラスターの表面が高い反応性を持つことは、同時に金属ナノクラスターの凝集・分解を容易に引き起こすため、これまで表面が露出した金属ナノクラスター触媒を原子1個のレベルで精密に開発することは困難でした。

本研究では、内部に直径約 1 nmの空間を持つ環状のタングステン酸化物を担体に見立てて、銀ナノクラスターを合成する鋳型として利用しました。環状タングステン酸化物と銀イオン、還元剤を段階的に反応させることで、環状タングステン酸化物の内部に銀原子30個で構成された銀ナノクラスターの合成に成功しました(図1)。

図1. 分子状タングステン酸化物を分子鋳型に用いた銀30核ナノクラスターの合成

この環状タングステン酸化物はアニオン性で、金属イオンが配列しやすい酸素原子が内側に集積しており、様々な金属イオンを内部に取り込むことができます (関連文献1)。本研究では、まずこの環状タングステン酸化物に16個の銀イオンを導入しました。この16個の銀イオンを導入した環状タングステン酸化物に、還元剤共存下で銀イオンを追加することで、30個の銀原子が結合した銀30量体ナノクラスターが形成します。また、この銀30量体ナノクラスターに、さらに還元剤を作用させると、銀イオンの配列が変化したもう一種類の銀30量体ナノクラスターが合成できました。

これらの銀ナノクラスターと環状タングステン酸化物のハイブリッド分子は、環状構造の開口部に銀ナノクラスターが一部露出した構造を有しています。一般に、露出した金属ナノクラスター表面は高い反応性を示し、ナノクラスターの触媒利用に極めて重要ですが、同時にナノクラスターの凝集・分解を容易に引き起こす原因になるため、露出した金属表面を持つ金属ナノクラスターの分子構造を安定に保持することは非常に困難です。しかし、このハイブリッド分子では、固体の状態、または溶媒に溶かした状態でも、その分子構造が非常に安定であることが分かりました。さらに、このハイブリッド分子は、水素雰囲気下で様々な有機化合物を変換する触媒として機能し、触媒反応後でも凝集・分解せず、安定に分子構造を保持することができます。タングステン酸化物と銀ナノクラスターを組み合わせたことで、銀ナノクラスター構造が電子を、タングステン酸化物骨格がプロトンを通常の銀ナノ粒子触媒とは異なり、非常に温和な温度や水素圧力で反応が進行することや、水素と反応しやすい部位が複数のある分子でも、特定の部位だけを選んで変換することができることが分かりました (図2)。

図2. 銀30核ナノクラスターと分子状タングステン酸化物のハイブリッド分子の触媒作用

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究で一番工夫したポイントは銀ナノクラスターの合成手法でした。この銀ナノクラスターの合成は、銀イオンと、環状タングステン酸化物、還元剤を一度に反応させると、生成する銀ナノクラスターの構造や電子状態を上手く制御することが出来ません。そこで、合成ステップを分割し、まず銀イオンを環状タングステン酸化物の内部に16個導入した構造を合成し、さらに段階的に銀イオンと還元剤を反応させることが必要でした。当研究室では、分子状タングステン酸化物をテンプレートに用いた様々な金属酸化物クラスター材料の開発にあたり、合成条件の検討には主に質量分析法を用いていました。しかし、この合成系では大きな分子量とイオン化の難しさから質量分析法の利用が難しく、元素分析、単結晶X線構造解析、またUV-Visスペクトルを用いることで、どのような合成条件で銀原子数や配列が変わるか、地道でも着実に検討を重ねることを重視しました。特にUV-Visスペクトルを利用した合成条件の検討は、還元条件下では合成した銀ナノクラスターがより安定な構造に変化することを見出す契機となりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

まず、環状タングステン酸化物の内部に銀ナノクラスターを上手く合成できる合成条件の探索、その構造・電子状態を明らかにすることに一番苦戦しました。この課題の解決の糸口は、他の分子状タングステン酸化物を配位子として用いた場合に、銀ナノクラスター表面が全てタングステン酸化物構造に覆われた銀27量体ナノクラスターの合成、構造解析、電子状態の解明に成功したこと(関連文献2)でした。この銀27量体ナノクラスターの合成では、銀イオン存在下では2分子のPOMが脱水縮合することでC字型のタングステン酸化物骨格を形成し、その内部に銀イオンが導入されます。さらに還元条件下では、このC字型タングステン酸化物骨格の内部に一部が還元された銀6量体構造が形成し、さらにその三量化を伴って銀ナノクラスターが形成します。この結果から、内部に空間を持つタングステン酸化物に、段階的に銀イオンと還元剤を反応させること、また熱力学的に安定な条件に変換することの二つの合成のポイントを見出したことが、それぞれ銀30量体ナノクラスターの段階的な合成と、電子数の変化を駆動力にした銀30量体ナノクラスターの構造変換の着想になりました。

また、この銀27量体ナノクラスターを合成できたことで、銀ナノクラスターと分子状タングステン酸化物の複合材料が、可視光に応答する銀ナノクラスターと分子状タングステン酸化物間の電荷移動遷移があることや、穏和な条件下で水素の解離特性を示すこと、また、最近では銀ナノクラスターの構造を保持したまま、タングステン酸化物骨格が持つプロトン数を量論量の酸・塩基の添加によって変えることで、可逆に内部の銀ナノクラスターの電子状態を変えられることを見出し、銀ナノクラスターとタングステン酸化物を原子レベルで精密に複合化した分子を開発することで様々な利用・応用に繋がる可能性を見出すことができました(関連文献2,3)。これらの特性・機能の発見は、今回発表した銀30量体ナノクラスターの触媒材料への利用や、その触媒反応機構の解明・安定性の議論の基盤としても重要な成果です。

しかし、他にも構造・電子状態の決定や、触媒反応系中の議論では依然難しいことも多く、例えば単結晶X線構造解析では、結晶中に色々な分子配向があることに由来していることに気付くまでが長く、様々な条件で構造解析を行い、どのような銀原子の配列があり得るかを地道に探り、ようやくモデル構造を得ました。これらの構造解析では、量子化学計算では東京大学 横川 大輔 准教授、X線吸収微細構造法では東京都立大 山添 誠司 教授、単結晶X線構造解析では株式会社リガク 菊池 貴 様に多大なお力添えを頂きましたことが、本研究を非常に魅力ある成果にまとめた上で不可欠なものでした。また、屋内 大輝 君(山口研究室 修士2年) は銀ナノクラスターの触媒活性の検討に尽力し、開発した銀ナノクラスターの露出した表面が実際に触媒作用に大きく寄与していることを明らかにしました。これらの共著者の皆様のご協力、ご尽力が、本研究を非常に魅力ある成果にまとめた上で不可欠なものでした。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は「化学」の重要な役割の一つには、新しい材料や機能を生み出すことで、社会の発展や問題解決に様々な可能性・選択肢を増やすことであると思います。そのために自分が貢献できることは、まずは自分の興味・好奇心に忠実であり続けることだと考えています。化学に関わる私たちの中でも、何に興味や好奇心を抱くか、どのようにアプローチするかには個々の個性が反映され、それぞれ違うものだと思います。そのため、自分の興味や好奇心は、自分だけが提示できる将来の可能性・選択肢の萌芽です。個々の研究成果自体がすぐ明日を変えることは難しくとも、自分の興味・好奇心がまず少しだけ化学を広げ新しい可能性となること、その発見が誰かの興味や感動に繋がり、化学をさらに押し広げる契機になることを楽しみに思い、またその積み重ねがいつか社会の発展や問題解決に繋がる大きな可能性・選択肢に成長することを願っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後までお読みいただきありがとうございました。末筆ながら、私が学生の頃から多大なご指導を賜りました山口 和也 教授と鈴木 康介 准教授、及び本論文の共著者の東京都立大学 山添 誠司 教授、東京大学 横川 大輔 准教授、株式会社リガク 菊池 貴 様、屋内 大輝くんにこの場を借りて改めて御礼申し上げます。また、本記事の執筆にご招待賜りました Chem-Stationスタッフの皆様に篤く御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:米里 健太郎 (よねさと けんたろう)
所属:東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 山口研究室
略歴:2021年4月~ 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 特任助教(現職)

関連文献

  1. (1) S. Sasaki, K. Yonesato, N. Mizuno, K. Yamaguchi, K. Suzuki, Inorg. Chem. 2019, 58, 7722–7729; (2) K. Sato, K. Yonesato, T. Yatabe, K. Yamaguchi, K. Suzuki, Chem. Eur. J. 2022, 28, e202104051; (3) Y. Koizumi, K. Yonesato, K. Yamaguchi, K. Suzuki, Inorg. Chem. 2022, 68, 9841–9848.
  2. Yonesato, H. Ito, H. Itakura, D. Yokogawa, T. Kikuchi, N. Mizuno, K. Yamaguchi, K. Suzuki, J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 19550–19554.
  3. Yonesato, S. Yamazoe, D. Yokogawa, K. Yamaguchi, K. Suzuki, Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 16994–16998.
  4. Yonesato, S. Yamazoe, S. Kikkawa, D. Yokogawa, K. Yamaguchi, K. Suzuki, Chem. Sci. 2022, 13, 5557–5561.

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