[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

摩訶不思議なルイス酸・トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン

[スポンサーリンク]

空軌道をもつ三置換のホウ素は、通常ハードなルイス酸として働くとみなされます。

しかしトリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン・B(C6F5)3という化合物は、通り一辺の理解に乗らない性質を持っています。

どうやらホウ素でありながらアルキルアニオンやヒドリドといった、ソフト求核試薬のほうにこそ親和性が高いようなのです。

こういったヘンテコな性質をもつがゆえ、精密有機合成の世界でも、ユニークな変換をこなす触媒としての応用が研究されてきています。

今回はB(C6F5)3を触媒として用いた化学変換のうち、実用的な例をいくつかピックアップしてご紹介しましょう。

アルコールのシリル保護

TPFB_6.gif

B(C6F5)3-Catalyzed Silation of Alcohols: A Mild, General Method for Synthesis of Silyl Ethers
Blackwell, J. M.; Foster, K. L.; Beck, V. H.; Piers, W. E. J. Org. Chem. 1999, 64, 4887. doi:10.1021/jo9903003

シランとアルコールが反応し、水素を発生させながらシリル保護体を与えます。B(C6F5)3触媒条件の特長は、官能基受容性の高さは勿論のこと、混み合ったアルコールを短時間で効果的に保護できるという点にあります。例えば下のような例は典型です。

TPFB_7.gifこの一風変わった挙動は、「B(C6F5)3がヒドロシランと相互作用してカチオン性シリル種が生じ、それが酸素官能基と結合して活性化を行う」と考えることである程度理解できます。

「三級アルコールなんかの保護をしたい、しかし操作の面倒なシリルトリフラートのような条件を使いたくない」というときに、覚えておくと便利かも知れません。筆者自身も使った経験がありますが、実になかなか優れた反応ですよ。

 

カルボニルを飛ばしてメチレンに

TPFB_2.gif

Rapid Defunctionalization of Carbonyl Group to Methylene with Polymethylhydrosiloxane-B(C6F5)3
Chandrasekhar, S.;  Reddy, C. R.; Babu, B. N. J. Org. Chem. 2002, 67, 9080. doi:10.1021/jo0204045

カルボニル基を一段階でメチレンまで還元するのは、今もってなかなか難しいものです。Wolff-Kischner還元やClemmensen還元などの古典的条件は往々にして強すぎ、難しい化合物には適しません。条件によっては芳香族ケトンにしか通用しないものも数多く見られます。

B(C6F5)3条件は下に示すように基質一般性が高く、かつ室温で混ぜるだけで速やかに進行します。還元剤PMHSも、安価に大量入手可能な試薬です。なかなか使い勝手の良い反応ではないでしょうか。※ただし、α,β-不飽和カルボニル化合物の場合には、オレフィンの共役還元が優先します(Org. Biomol. Chem. 2006, 4, 1650.)。

TPFB_3.gifカチオン性シリル種の生成がキーなのは、シリル保護のケースと同様です。

 

ヒドロホウ素化触媒の添加剤

TPFB_4.gif

Dramatic Effect of Lewis Acids on the Rhodium-Catalyzed Hydroboration of Olefins
Lata, C. J.; Crudden, C. M. J. Am. Chem. Soc. 2010, ASAP doi:10.1021/ja904142m

ピナコールボランのような嵩高く低ルイス酸性の化合物にてヒドロホウ素化を進行させるには、加熱もしくは遷移金属触媒の添加が必要となります。カチオン性ロジウム錯体は、ヒドロホウ素化触媒として有効であることが知られていますが、やはり内部オレフィンのような基質のヒドロホウ素化は難しいとされています。

ごく最近報告された上記の条件では、反応性および位置選択性においてB(C6F5)3添加が劇的な影響を与えています。やはりB(C6F5)3はここでも、ピナコールボランのヒドリドと複合体をつくり、酸化的付加を促進させる効果を示しているようです。(以下のテーブルは論文より転載。FAB = B(C6F5)3)
TPFB_5.gif
以上いくつか紹介しました、ヘンテコながら役立つ変換に使えるB(C6F5)3。最近ではFlustrated Lewis Pairsの化学にも活用されており、その応用範囲は広がる一方です(関連記事参照)。

市販ではありますが若干レア気味の試薬なので、合成のファーストチョイスとして用いることは恐らくないと思えます。しかしconventionalな方法が上手くいかないときの「奥の手候補」として引き出しに入れておくと、いざというとき役立つ一手に思えますよ。普通の触媒系・反応で上手くいかないとき、是非試してみてはいかがでしょうか。

 

関連試薬

 

関連文献

総説:(a) Erker, G. Dalton Trans. 2005, 1883. doi:10.1039/b503688g (b) Kargbo, R. B. SYNLETT 2004, 1118. DOI: 10.1055/s-2004-822908

 

関連書籍

Peter G. M. Wuts, Theodora W. Greene ¥ 10,512
旧版との比較
保護基の宝庫
合成化学者必携の一冊
有機合成をする人にはなくてはならない本です。
  • Bogdan Marciniec
  • 定価 : ¥ 37,630
  • 発売日 : 2008/12/12
  • 出版社/メーカー : Springer
  • 関連リンク
Tris(pentafluorophenyl)boron – Wikipedia
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 生体内での細胞選択的治療を可能とする糖鎖付加人工金属酵素
  2. 典型元素を超活用!不飽和化合物の水素化/脱水素化を駆使した水素精…
  3. 【書籍】イシューからはじめよ~知的生産のシンプルな本質~
  4. 「産総研・触媒化学融合研究センター」ってどんな研究所?
  5. 樹脂コンパウンド材料におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活…
  6. 東日本大震災から1年
  7. GFPをも取り込む配位高分子
  8. ゲノムDNA中の各種修飾塩基を測定する発光タンパク質構築法を開発…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 高選択的な不斉触媒系を機械学習で予測する
  2. ベリリウム Beryllium -エメラルドの成分、宇宙望遠鏡にも利用
  3. 高分子鎖を簡単に垂直に立てる -表面偏析と自己組織化による高分子ブラシ調製法-
  4. 論説フォーラム「グローバル社会をリードする化学者になろう!!」
  5. 未解明のテルペン類の生合成経路を理論的に明らかに
  6. 鈴木 啓介 Keisuke Suzuki
  7. 「無保護アルコールの直截的なカップリング反応」-Caltech Fu研より
  8. ランシラクトンCの全合成と構造改訂-ペリ環状反応を駆使して-
  9. ポール・ロゼムンド Paul W. K. Rothemund
  10. ヴィンス・ロテロ Vincent M. Rotello

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

アザボリンはニ度異性化するっ!

1,2-アザボリンの光異性化により、ホウ素・窒素原子を含むベンズバレンの合成が達成された。本異性化は…

マティアス・クリストマン Mathias Christmann

マティアス・クリストマン(Mathias Christmann, 1972年10…

ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!

化学の研究者が1年に一度、一斉に集まる日本化学会春季年会。第105回となる今年は、3月26日(水…

有機合成化学協会誌2025年1月号:完全キャップ化メッセンジャーRNA・COVID-19経口治療薬・発光機能分子・感圧化学センサー・キュバンScaffold Editing

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年1月号がオンライン公開されています。…

配位子が酸化??触媒サイクルに参加!!

C(sp3)–Hヒドロキシ化に効果的に働く、ヘテロレプティックなルテニウム(II)触媒が報告された。…

精密質量計算の盲点:不正確なデータ提出を防ぐために

ご存じの通り、近年では化学の世界でもデータ駆動アプローチが重要視されています。高精度質量分析(HRM…

第71回「分子制御で楽しく固体化学を開拓する」林正太郎教授

第71回目の研究者インタビューです! 今回は第51回ケムステVシンポ「光化学最前線2025」の講演者…

第70回「ケイ素はなぜ生体組織に必要なのか?」城﨑由紀准教授

第70回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

第69回「見えないものを見えるようにする」野々山貴行准教授

第69回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

第68回「表面・界面の科学からバイオセラミックスの未来に輝きを」多賀谷 基博 准教授

第68回目の研究者インタビューです! 今回は第52回ケムステVシンポ「生体関連セラミックス科学が切り…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP