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化学者のつぶやき

ツルツルアミノ酸にオレフィンを!脂肪族アミノ酸の脱水素化反応

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脂肪族アミノ酸側鎖の脱水素化反応が報告された。本反応で得られるデヒドロアミノ酸は多様な非標準アミノ酸(Non-canonical amino acids: ncAAs)へ変換可能である。

脱水素化反応を利用したncAAsの合成

ncAAsは構成するタンパク質やペプチド鎖の物性を変化させる目的で、医薬品や機能性材料の開発に利用される。ncAAsは主に標準アミノ酸(canonical amino acids: cAAs)の化学修飾によって合成されるが、その対象は極性アミノ酸や芳香族アミノ酸が多く、脂肪族アミノ酸の化学修飾法は未だ報告例が少ない[1]。この脂肪族アミノ酸を多様なncAAsへ導く手法の一つとして、誘導体化の容易な末端アルケンを側鎖へ導入するアプローチが考えられる(図1A)。
末端選択的な脱水素化は、熱力学的に安定な内部アルケンへの異性化を抑制する必要がある点で難易度が高い[2]。脂肪族アミノ酸側鎖の末端に不飽和結合を導入する数少ない手法として、分子内水素原子移動(hydrogen atom transfer: HAT)に続く、金属ヒドリド水素原子移動(metal-hydride hydrogen atom transfer: MHAT)またはβ-水素脱離による脱水素化反応が数例報告されている(図1B) [3]。しかし、これらの反応ではアミノ酸の窒素原子上にラジカル前駆体となる構造が必要であり、基質適用範囲もバリンとロイシンに限定される。
一方で、Sorensenらはデカタングステートとコバルト錯体の協働触媒系を用いる単純なアルカンの脱水素化反応を報告した(図1C) [4]。また、著者らは以前、本触媒系において内部アルケンが末端アルケンへ異性化することを見いだした(図1D)[5]
今回著者らは、同協働触媒系による脂肪族アミノ酸側鎖の末端選択的な脱水素化反応の開発に成功した(図1E)。本反応は窒素上に特殊な官能基を必要とせず、広範な脂肪族アミノ酸に適用可能であった。また、得られたデヒドロアミノ酸は様々なncAAsへと変換できた。

図1. (A) ncAAsの合成、(B) 末端選択的脱水素化反応の先行研究、(C) アルカンの脱水素化反応、(D) 反熱力学的異性化反応、(E)本研究

 

Synthesis of non-canonical amino acids through dehydrogenative tailoring
Gu, X.; Zhang, Y.-A.; Zhang, S.; Wang, L.; Ye, X.; Occhialini, G.; Barbour, J.; Pentelute, B. L.; Wendlandt, A. E.
Nature 2024, 634, 352–358. DOI: 10.1038/s41586-024-07988-8

論文著者の紹介

研究者 : Alison E. Wendlandt (研究室HP)
研究者の経歴 :
2003–2007 B.S., University of Chicago, USA (Prof. Sergey A. Kozmin)
2007–2009 M.S., Yale University, USA (Prof. David A. Spiegel)
2010–2015 Ph.D., University of Wisconsin-Madison, USA (Prof. Shannon S. Stahl)
2015–2018 NIH postdoc, at Harvard University, USA (Prof. Eric N. Jacobsen)
2018–           Assistant Professor, Massachusetts Institute of Technology, USA
研究内容:HAT触媒と可視光を利用した異性化反応の開発

論文の概要

 本反応は、デカタングステート(NaDT)およびコバルト錯体(Co(dmgH2)(dmgH)Br2)存在下、ロイシン誘導体1aに紫色光(390 nm)を照射すると、良好な収率で末端アルケン2aを与える(図2A)。また、1aの他、バリン1b、ホモロイシン1c、イソロイシン1dなど種々の脂肪族アミノ酸誘導体にも適用可能であった。
続いて、本反応の推定反応機構を示す(図2B)。まず、光励起されたデカタングステート触媒による1aのg水素原子の位置選択的なHATを経て、ラジカル中間体Int-1aが生じる。その後、コバルト錯体とInt-1aのd水素原子間のMHATにより2aが生成する。この際、b水素の引き抜きにより部分的に生じる内部アルケン2a’は、先行研究と同様にデカタングステートと[CoIII-H]によって末端アルケン2aへ異性化する[5]
また、著者らは本反応で得られるデヒドロアミノ酸2の誘導体化に取り組んだ(図2C)。ヒドロホウ素化/酸化、アリル位アミノ化、分子間ラジカル付加によって種々のnCAAsを合成した。さらに、ペプチドに含まれる脂肪族アミノ酸の選択的官能基化も達成した(図2D)。例えば、ロイシン残基を脱水素化したのち、Kwonらの報告したヒドロ脱アルケニル化の条件に付すことで、アラニン残基に変換することができる[6]。また、7とシステイン残基をもつペプチド鎖をチオール–エン反応によってカップリングするがことが可能である。
以上、著者らは脂肪族アミノ酸の触媒的脱水素化反応を利用したncAAsの合成法を確立した。今後、本合成法が機能性材料や医薬品の創成へ応用されることを期待したい。

図2. (A) 最適条件と基質適用範囲、(B) 推定反応機構、(C) デヒドロアミノ酸のncAAsへの変換、(D) 合成終盤におけるペプチド修飾

 

参考文献

  1. deGruyter, J. N.; Malins, L. R.; Baran, P. S. Residue-Specific Peptide Modification: A Chemist’s Guide. Bioxhem. 201756, 3863–3873. DOI: 10.1021/acs.biochem.7b00536
  2. Wang, K.; Gan, L.; Wu, Y.; Zhou, M.-J.; Liu, G.; Huang, Z. Selective Dehydrogenation of Small and Large Molecules by a Chloroiridium Catalyst.  Sci. Adv.20228, eabo6586. DOI: 10.1126/sciadv.abo6586 (b) Herbort, J. H.; Bednar, T. N.; Chen, A. D.; RajanBabu, T. V.; Nagib, D. A. g C–H Functionalization of Amines via Triple H-Atom Transfer of a Vinyl Sulfonyl Radical Chaperone. J. Am. Chem. Soc. 2022144, 13366–13373. DOI: 10.1021/jacs.2c05266 (c) Chuentragool, P.; Parasram, M.; Shi, Y.; Gevorgyan, V. General, Mild, and Selective Method for Desaturation of Aliphatic Amines. J. Am. Chem. Soc. 2018140, 2465–2468. DOI: 10.1021/jacs.8b00488
  3. Voica, A.-F.; Mendoza, A.; Gutekunst, W. R.; Fraga, J. O.; Baran, P. S. Guided Desaturation of Unactivated Aliphatics.  Nat. Chem.20124, 629–635. DOI: 10.1038/nchem.1385
  4. West, J. G.; Huang, D.; Sorensen, E. J. Acceptorless Dehydrogenation of Small Molecules through Cooperative Base Metal Catalysis.  Nat. Commun. 20156, 10093. DOI: 10.1038/ncomms10093
  5. Occhialini, G.; Palani, V.; Wendlandt, A. E. Catalytic, Contra-Thermodynamic Positional Alkene Isomerization.  J. Am. Chem. Soc. 2022144, 145–152. DOI: 10.1021/jacs.1c12043
  6. Smaligo, A. J.; Swain, M.; Quintana, J. C.; Tan, M. F.; Kim, D. A.; Kwon, O. Hydrodealkenylative C(sp3)–C(sp2) Bond Fragmentation. Science 2019364, 681–685. DOI: 1126/science.aaw4212
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