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スポットライトリサーチ

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

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第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生体分子化学研究室 博士課程3年の 程 大洲 (Dazhou CHENG、テイ ダイシュウ) さんにお願いしました!

程さんの所属される生体分子化学研究室 (Robert E. Campbell 研) では「タンパク質分子ツールの創成と指向性進化」を一大テーマに掲げ、タンパク質の化学的修飾による可視〜近赤外光領域で駆動する動的生体センサーの開発などに注力されています。以前のスポットライトリサーチでもその成果を紹介しております。
今回、程さんらは細胞内で重要な役割を担うカリウムイオン (K⁺) を長波長光により効率的に検出する化学遺伝学センサーを新規に開発し、細胞内での K⁺ 濃度変化を可視化できることを実証しました。有用性の高い K⁺ センサーの開発は非常に高く評価され、J. Am. Chem. Soc 誌に掲載されるとともに、同誌の Supplementary Cover (本記事アイキャッチ画像) にも選ばれ、東京大学よりプレスリリースも行われました。

High-Performance Chemigenetic Potassium Ion Indicator

Dazhou Cheng, Zhenlin Ouyang, Xiaoyu He, Yusuke Nasu, Yurong Wen, Takuya Terai*, Robert E. Campbell*

J. Am. Chem. Soc. 2024, 146(51), 35117–35128. DOI: 10.1021/jacs.4c10917
Abstract

Potassium ion (K+) is the most abundant metal ion in cells and plays an indispensable role in practically all biological systems. Although there have been reports of both synthetic and genetically encoded fluorescent K+indicators, there remains a need for an indicator that is genetically targetable, has high specificity for K+ versus Na+, and has a high fluorescent response in the red to far-red wavelength range. Here, we introduce a series of chemigenetic K+ indicators, designated as the HaloKbp1 series, based on the bacterial K+-binding protein (Kbp) inserted into HaloTag7 self-labeled with environmentally sensitive rhodamine derivatives. This series of high-performance indicators features high brightness in the red to far-red region, large intensiometric fluorescence changes, and a range of Kd values. We demonstrate that they are suitable for the detection of physiologically relevant K+ concentration changes such as those that result from the Ca2+-dependent activation of the BK potassium channel.

 

研究を現場で指揮された教授の Robert E. Campbell 先生 と、准教授の 寺井 琢也 先生 より程さんについてのコメントを頂戴いたしました!

寺井琢也 准教授:
程大洲くんは 2019 年に中国で学士号を取得し、本来は 2020 年の春から当研究室に入る予定だったのですが、新型コロナウイルスの流行により半年以上にわたって入国ができませんでした。先が見えない状況下でも、彼はオンラインでミーティングに参加したり、出身大学でインターンとして実験を続けたりと、前向きに時間を有効活用していたのが印象に残っています。学部生の時は有機合成の研究室に所属し、タンパク質を扱った経験はゼロだったと聞いていますが、当研究室で研究を開始できた 11 月以降、すぐに実験のコツをつかんで研究をどんどん進めてくれました。実は、今回の論文の約半分は修士課程での仕事です。博士課程では主に、さらに長波長のセンサー開発に取り組んでおり、そちらについてもご期待ください。程君はまた、研究室の消耗品管理やイベント企画なども中心的に担当してくれており、日本語もすぐに習得してアニメやゲームを楽しんでいるようです。将来はアカデミアでの研究職を志しているとの事で、今後の活躍が楽しみです。

Robert E. Campbell 教授:
As a doctoral student in the Biomolecular Chemistry lab, Mr. Dazhou Cheng has distinguished himself as an ambitious and driven researcher working at the cutting-edge of chemigenetic biosensor development. During his time in our laboratory, Mr. Cheng has led the development of chemigenetic biosensors for calcium and potassium ions, showcasing exceptional creativity and technical mastery. Notably, he successfully utilized the HaloTag self-labeling protein, paired with a genetically encoded potassium ion-binding domain, to create a first-of-its-kind potassium ion biosensor. This work, as described in his publication, represents one of the first examples of HaloTag-based biosensors and demonstrates the potential for engineering such biosensors to exhibit very large fluorescent responses when combined with optimized fluorescent dyes. I am confident that Mr. Cheng’s achievements will inspire other researchers to develop chemigenetic biosensors for other ions, metabolites, and signaling molecules.

Mr. Cheng’s success stems from his outstanding work ethic, his consistent attention to detail, and his genuine scientific curiosity — traits that he has demonstrated throughout his graduate career. Beyond his technical contributions, Mr. Cheng is a valued member of the lab, recognized for his enthusiasm, friendliness, contributions to lab management, and openness to feedback. His work has already deepened our understanding of chemigenetic biosensor technology and I am certain he will continue to make many highly impactful contributions throughout his career.

それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

Kは細胞内で最も豊富に存在する金属イオンで、生物の中で不可欠な役割を果たしています。その役割を探るため、これまでいくつかの蛍光センサーが作られてきましたが、細胞や組織中での局在化が可能で、イオン選択性が高く、長波長領域で高い蛍光応答を示すセンサーは報告がありませんでした。本研究では、HaloTag タンパク質と細菌由来の K結合タンパク質 (Kbp)、低分子色素を組み合わせた化学遺伝学 Kセンサー「HaloKbp1 シリーズ」を開発しました。このセンサーは、赤色から遠赤色領域での明るさ、大きな蛍光強度変化、および K+ 生体内濃度に対応したさまざまな親和性を特徴としています。また、これらのセンサーが BK カリウムチャネルの Ca²依存的活性化によるものなど、生理学に関連する細胞内での K⁺ 濃度変化を可視化できることを実証しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

センサーの最適化を地道に続けた点に思い入れがあります。また開発したセンサーをどうやって細胞応用するかを工夫しました。

実際に、こうした蛍光センサー開発の構想や指向性進化の実験自体はそんなに複雑ではないと思います。しかし、既に存在するセンサーを超える成果を出すためには、日々同じこと (=タンパク質への変異導入と大腸菌培養、蛍光変化のスクリーニング) を繰り返してセンサーの性能を少しずつ向上させていく必要がありました。これは正直、非常に退屈で、途中であきらめようかと思った瞬間もありました。

そして、細胞内での応用に関しては、自分のセンサーの価値を示すためにどのような実験を行えば良いのかを色々考えなければなりませんでした。これは他の誰もやったことがないことで、困難でした。自分で解決策を見つけなければならなくて、参考にできる文献もなかったからです。試した実験には上手くいかなかったものもありますが、いくつか成功したものもあり、無事に論文化ができました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

センサーを最適化する際に、多くの変異体ライブラリーの中から最適なものを効率的に見つけることでした。

蛍光タンパク質を基盤とする一般的なセンサーの場合、最適な変異体は寒天培地上で大腸菌コロニーを目視すれば当たりをつけることができますが、私のセンサーはタンパク質自体では蛍光を持たないため、これは無理でした。

幸運にも解決策を見つけることができました。偶然、使っている合成色素が細菌内に自発的に取り込まれ、さらに 24 時間の培養後も活性を維持することを発見したのです! そこで、合成色素を寒天培地に加えてみると、センサーの蛍光を目で見ることができました。これによって、明るく光るセンサータンパク質を簡単に見つけられるようになりました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は学術研究の分野に身を置き続けたいと考えており、私の研究室の教授たちのように、生産的でありながら親切でありたいと願っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

学び続け、決してあきらめないでください。

このプロジェクトを始めたとき、すべてが私にとって非常に新しいもので、どう進めればよいかわからない瞬間が何度もありました。幸運なことに、キャンベル先生と寺井先生から無限のサポートを受けることができ、それが私を前に進ませ、この論文を最終的に完成させることができました。最後になりますが、また共同研究者である温玉荣教授(西安交通大学)に感謝を申し上げます。また、共著者である那須雄介助教(現、台北中央研究院)を始めとする研究室メンバーに感謝を申し上げます。

研究者の略歴

名前:程 大洲 (Dazhou CHENG、テイ ダイシュウ)
所属:東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生体分子化学研究室
研究テーマ:化学遺伝学蛍光イオンセンサーの開発

略歴

2019/06 南京大学 (化学科) 卒業
2020/10 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程 (生体分子研究室、Robert E. Campbell教授) 入学
2022/09 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程 (生体分子研究室、Robert E. Campbell教授) 修了
2022/10 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程 (生体分子研究室、Robert E. Campbell教授) 進学
2025/09 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程 (生体分子研究室、Robert E. Campbell教授) 修了見込み

 

程さん、寺井先生、Campbell 先生、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました!

それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

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二刀流センサーで細胞を光らせろ!― 合成分子でタンパク質の蛍光を制御する化学遺伝学センサーの開発 ―

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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