第 654 回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 協奏分子システム研究センター 階層分子システム解析研究部門 助教 の 米田 勇祐 (よねだ・ゆうすけ) 先生にお願いしました!
米田先生は、最先端の分光学を駆使した化学反応ダイナミクスとメカニズムの研究に注力されており、新進気鋭の若手ながらハイインパクトジャーナルに筆頭著者としてバンバン論文を発表されている期待の研究者です!
今回、米田先生らは、光照射によって芳香族性を獲得する分子が、いつ、どのような過程を経て芳香族性を示すようになるのかを、さまざまな分光計測と計算化学の融合により解明しました。本結果は、光エネルギー変換材料、光応答性センサー、さらには生体イメージング用蛍光プローブといった各種機能性分子の設計など、多岐に亘る分子デザインにおいて有用な知見をもたらすものと考えられます。
先生方は本研究成果を J. Am. Chem. Soc 誌にオープンアクセスで発表されるとともに、分子科学研究所/総合研究大学院大学 他 からプレスリリースも行われました。
また同誌 (Volume 147, Issue 14) の Supplementary cover にも選出され、一躍注目を集めています。
Excited-State Aromatization Drives Nonequilibrium Planarization Dynamics Yusuke Yoneda, Tomoaki Konishi. Kensuke Suga, Shohei Saito*, Hikaru Kuramochi* Abstract Excited-state aromaticity is one of the most widely applied concepts in the field of chemistry, often used as a rational guideline for predicting conformational changes of cyclic π-conjugated systems induced by photoexcitation. Yet, the details of the relationship between the corresponding photoinduced electronic and structural dynamics have remained unclear. In this work, we applied femtosecond transient absorption and time-resolved time-domain Raman spectroscopies to track the nonequilibrium planarization dynamics of a cyclooctatetraene (COT) derivative associated with the excited-state aromaticity. In the femtosecond time-resolved Raman data, the bent-to-planar structural change was clearly captured as a continuous peak shift of the marker band, which was unambiguously identified with 13C labeling. Our findings show that the planarization occurs after a significant change in the electronic structure, suggesting that the system first becomes aromatic, followed by a conformational change. This work provides a unique framework for understanding the excited-state aromaticity from a dynamical aspect. |
本研究を統括された、分子研 准教授 (当時) の 倉持 光 先生 (現在は 大阪大学大学院 基礎工学研究科 物質創成専攻 未来物質領域 教授) より、米田先生についてのコメントを頂戴しております!
米田さんは私が分子研に PI として着任した際、最初のメンバー (助教) として参画し、ともに研究室を立ち上げてきた、われわれ超高速分光分野の若手のエースです。私にはないセンスを持った才気あふれる研究者で、グループの研究の要でもあります。
今回の研究では、われわれ独自の方法論の計測システムを、米田さんが更に高度化したことにより、芳香族性の発現という化学の最も基礎的な過程における構造変化を、実時間で観測することに初めて成功しました。量子化学計算も駆使し、さらに共同研究者である齊藤さん、小西さん、須賀さんにご提供いただいた貴重な同位体置換試料も用いたことで、非常に厚みのある研究になったと考えています。
私自身、PI になるまでは、実験から解析、論文執筆までを一人で完結するスタイルのプレーヤーでしたが、独自の切り口で研究に取り組む米田さんと一緒に研究を進める中で、他者と協働することの楽しさをあらためて実感しています。それだけでなく、研究内容に関しても私が学ぶことも多く、日々感謝しています。多くの論文に目を通しているからかもしれませんが、米田さんは非常に引き出しが多く、センスに加えて確かな地力を備えた研究者です。研究に向き合う姿を、いつも惚れ惚れしながら見ています。
この研究は、分子研・倉持グループとして初めて JACS 誌に掲載された論文でもあり、私にとっても非常に思い入れのある仕事です。ぜひ多くの方にご覧いただければ幸いです。
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回、私たちは励起状態芳香族性の発現に伴う分子の構造ダイナミクスを研究しました。芳香族性とは、環状π共役分子が平面構造において共鳴安定化を示す性質であり、化学の分野で広く用いられている概念の一つです。電子励起状態においても類似の安定化が生じる場合があり、これを特に「励起状態芳香族性」と呼びます。しかし、励起された分子がいつ、どのように芳香族性を獲得するのかについては、これまで十分に解明されていませんでした。そこで、私たちはフェムト秒 (10–¹⁵ s) 過渡吸収分光と、分子の励起状態のラマンスペクトルをフェムト秒の時間分解能で測定できる、時間分解インパルシブ誘導ラマン分光法 (TR-ISRS)を用いて研究を行いました。
対象としたのは、齊藤グループによって開発されたシクロオクタテトラエン (COT) 骨格を持つ羽ばたく分子 (FLAP) です。今回合成された TP-FLAP は光照射により、励起状態芳香族性の発現に伴い折れ曲がった構造から平面構造へと変化する特性を持っています。過渡吸収分光法では、数百フェムト秒以内に電子状態が急激に変化することが確認されました。一方、TR-ISRS 測定では、その後ピコ秒スケールにわたって COT 環が伸縮する振動の周波数が連続的にシフトする様子が観測され、分子が段階的に平面化していくことが明らかになりました。さらに、芳香族性を示す指標の理論計算結果を統合することで、光を吸収した分子はまず芳香族性を獲得し、その後に分子構造が変化することが分かりました。
この成果は、「平面化して初めて芳香族性が生じる」という単純な見方では説明できない新しい知見であり、励起状態芳香族性の発現によって引き起こされる分子構造ダイナミクスを理解する新たな枠組みを示すものです。
![]() 図 時間分解ラマンスペクトルのピークシフトダイナミクスと、TP-FLAP の平面化に伴う振動の変化 |
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
私が所属する分子研倉持グループは 2020 年に発足した研究室で、私は 2021 年から参加しました。新設された研究室ということもあり、装置作りを一から行う貴重な経験をしました。励起状態のフェムト秒時間分解ラマンスペクトルを測定する装置を組み上げた研究は別の論文 (Y. Yoneda, H. Kuramochi, J. Phys. Chem. A, 2023) として発表していますが、今回はその装置を用いて、実際に光によって構造変化する分子の励起状態ダイナミクスを研究しました。研究が良い形にまとまり、大変うれしく思っています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
励起状態のラマンスペクトルを測定することは容易ではなく、装置が洗練されていない段階では、データの取得に 2〜3 日間の積算が必要でした。さらに、測定データの解釈も容易ではありませんでした。特に今回の測定対象である TP-FLAP は原子数が多く、振動スペクトルが複雑であったため、構造変化に敏感な「マーカーバンド」の特定が困難でした。
そこで、齊藤グループの小西さんに同位体置換した化合物を合成していただきました。合成には 20 万円の試薬を用いたため、小西さん自身も「手が震えた」と話していました。その貴重なサンプルを受け取って測定する際、私たちも同じく緊張しました。結果的に、この同位体置換サンプルのデータが決め手となり、振動スペクトルの解釈がうまくいきました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
学部 4 年生で研究室に配属されて以来、化学反応のダイナミクスを捉える超高速分光の分野に魅力を感じ、研究を続けてきました。特に、励起エネルギー移動や電子移動といった電子状態の変化が、分子の構造変化とどのように関係するかに関心を持っています。今回の研究では、励起状態芳香族性の発現に関わる電子状態の変化と分子構造ダイナミクスが複雑に絡み合う興味深い現象を明らかにすることができました。今後も研究を重ね、新たな化学の学理を構築できる研究者になりたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!
今回の研究は、人とのつながりによって得られた成果だと考えています。海外でポスドクをしていた際に途方に暮れていた私を分子研に迎え入れてくださった倉持先生、興味深い分子を開発してくださった齊藤先生、実際に手を動かして合成してくださった小西さん、芳香族性指標の計算を行ってくださった須賀さん、そして他にも多くの方々の協力のおかげで、本研究を遂行することができました。この場を借りて、心より感謝申し上げます。
最後に、私たちの研究を取り上げてくださった Chem-Station のスタッフの皆様にも、深く感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前: 米田 勇祐
所属: 分子科学研究所 協奏分子システム研究センター 階層分子システム解析研究部門 助教
研究テーマ: 超高速分光を用いた反応ダイナミクスの探究とメカニズムの解明
略歴: 2019 年 大阪大学大学院基礎工学研究科 博士後期課程修了 博士 (理学)。
日本学術振興会海外特別研究員 (受入先:カリフォルニア大学バークレー) を経て 2021 年より現職
米田先生、倉持先生、インタビューにご協力いただき、誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!
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