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一般的な話題

t-ブチルリチウムの発火事故で学生が死亡

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ごくごく最近のニュースです。大変痛ましい事故が起きてしまいました。

C&ENなどによれば、シリンジで-ブチルリチウムを吸い取っているとき、プランジャーが外れて試薬が衣服に付き発火したとのこと。事故を起こした学生は全身やけどのため病院搬送2週間後に死亡したそうです。

この事故は米国化学系ラボの間でショッキングな話題として広まっており、いくつかの英語化学ブログでも“悲惨な事故”として取り上げられています。海外のことではありますが、致死事故はどこであろうと二度と起こしてはなりません。

良い機会ですので、普段の実験を安全に行うべく、留意しておくことをまとめておきましょう。

t-ブチルリチウム(t-BuLi)ってどんな試薬?

有機合成系研究室ならば日常的に使う、ありふれた試薬の一つではあります。しかしながら空気にさらすとすぐさま発火するという、危険度一級品でもあります。反応に用いる溶媒も、普通はエーテルだとかTHFだとかで引火性が高く、いかにも二次災害を引き起こしそうなものばかり。ですので、少し大きめのスケールでt-BuLiの反応を仕込むときには、予め手元に消火器を備えてからでないと絶対に実験してはいけない、と筆者などは言われたものです。

 

シリンジの構造に注意

disposableのシリンジには、ジョイントに針をはめ込むだけの簡単な構造になっているものがよくあります(下図)。このタイプを使っていると、試薬を入れようと圧をかけたときに針が吹っ飛ぶ、という事故が実によく起こります。使ったことのある人なら、おそらく一度や二度ではない経験があるのではないでしょうか。

 

disposable.gif

万一の場合には、今回のごとくシャレにならない事態にまで発展しかねません。危険な試薬を使うときは、ピストンからの漏洩の起こらないガスタイト型、かつ先端がねじ込み式のルアーロック構造になっているもの(下図)を必ず使うようにしたいところです。また、大スケールであれば、カニューラ(cannula)を使って加えるほうが良い場合もあります。gastight.jpg

実験室での衣服は素材に注意

さらに、今回の事故では、着ているものが合成繊維だったというのも被害を重大にした一因のようです。天然繊維は燃えて灰になって終わりですが、合成繊維はそれ自体が石油燃料ですし、ものによっては溶けて皮膚に張り付き、やけどをよりひどいものにします。
発火性物質を扱うときは、合成繊維が含まれる実験衣を着るべきではありません。必ず綿などでできたものを着用したいところです。また、普段着が天然繊維であっても、めんどくさくても、白衣は必ず着ましょう。火がついたときにパッと脱ぎ捨てることで、延焼を軽度に抑えることができるのです。
衣服に飛び火した場合は、緊急シャワーを浴びる、地面を転がり回る、周りの人の助けを借りるなどして、最大限素早く火を消すことに努めます。やけどや延焼の危険性を最小限に食い止めなくてはいけません。
lab coat

 

消火の仕方を知っておこう

今回のような事故に備えて、消火シミュレーションをラボで一度はしておくと良いでしょう。ちなみに、化学物質が引火・発火したときは、注水消火厳禁です。ナトリウムのように水を加えることで発火する試薬もありますし、溶媒やオイルなどの液状物質の場合、水流によって撒き散らかされ、被害を拡大させることにもなりうるからです。

通常は、防火砂化学泡消火器二酸化炭素消火器などを使って対応します。二酸化炭素消火器は、下図のように噴出ノズルが太くなっているので、見た目で化学泡消火器と区別出来ます。

co2ext.gif

火事に限らず、事故を起こしてしまうと、当人は慌ててしまい、冷静な判断など絶対出来ないと思っておいて間違いありません。それゆえ事故時には、すぐ側にいる人の対応・指示こそが重要になってきます。

終わりに

自分は絶対事故らない自信があっても、隣の人が事故って対処しなくてはならないことだってあります。実験化学に携わる限りは、メンバー全員が対処法を知ってなくてはいけません。指導者側も、安全・事故予防に関しては徹底的な教育を施す義務があります。

再度まとめておきますが、実験中は白衣を着て安全ゴーグルと手袋をする、揮発性物質や粉塵化合物を使うときはマスクをする、サンダルのような素足が露出してる靴を履かない、実験中のコンタクト着用は出来る限り避ける(試薬が目に入った場合、洗浄の妨げになるため)、他人の助けが得られない一人だけで危険な実験をやることは御法度、などの基本事項は、当然守られてしかるべきです。

合成系のラボでは、深夜まで実験するところも少なくありません。しかし夜遅く疲れてくると注意力も散漫になりがちです。対処できる人も居なくなりますし、火が出たり爆発したりする可能性のある試薬は、夜中は絶対扱わないようにしなくてはなりません。

会社・企業であれば、ちょっとした事故でも重大視する空気があり、安全管理はおおむね徹底しているようです。しかし、大学などのアカデミックな環境では、金銭面の問題だとか、スペースの都合だとか、面倒くさいだとか、過剰な徹底は実験パフォーマンスを下げるだとか、学生気分が抜けないだとか、常識なき指導者が適当かつ理不尽な姿勢でいたりだとかで、なんだかんだおざなりになってるケースも少なからずあるように思えます。

しかし、やれる限りの事をやっていないと、いざと言うときに言い訳すら出来ません。人命に関わる事ですから、過敏なぐらいで丁度いいとも思えます。教官の指導と、危機管理意識を徹底させれば、上で書いたことの実現程度は全く難しくありません。

何をするにしても命あっての物種ですし、ヒューマンエラーは避けられないものです。危険な実験をするときは、この事故例などをもって他山の石とし、常に最大限の注意を払うようにしたいものです。

追記(2015/7/25)

本件は遺族側の訴えによって長期の裁判沙汰になっています。死亡事故は社会的影響も相当に大きなものがあります。再発は絶対にさけねば成りません。

関連書籍

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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