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スポットライトリサーチ

100兆分の1秒の極短パルスレーザー光で「化学結合誕生の瞬間」を捉える

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第259回のスポットライトリサーチは、理化学研究所田原分子分光研究室で研究員をされていた倉持 光(くらもち ひかる)先生にお願いしました。なお、倉持先生は2020年の4月から分子科学研究所の准教授として研究室を主宰されています。(2020年4月現在、絶賛、助教を募集中のようです! 詳細はこちら

田原分子分光研究室では、超短パルスレーザーを中心に先端的分光分析を開拓し続けています。分析対象は非常に多岐に渡っており、小分子の励起状態ダイナミクスにとどまらず、生体分子、表面・界面などと活躍の幅を拡げながら独創的な成果を精力的に発信しています。

今回紹介いただける内容は、10フェムト秒(100兆分の一秒)以下の短さを持つ極短パルス光を使って、光誘起で生じる化学結合の誕生の瞬間を捉えたという成果です。特に、化学結合が生成していくさまを、結合の振動をプローブとしていわば10フェムト秒のコマ撮り写真のように記録することができたため、結合生成に至るまでの分子レベルでの描像が活き活きと捉えられています。本成果は、JACS誌に原著論文として公開されプレスリリースもされており、Nature Review Chemistryなどにも取り上げられています。

“Tracking Photoinduced Au–Au Bond Formation through Transient Terahertz Vibrations Observed by Femtosecond Time-Domain Raman Spectroscopy”
Hikaru Kuramochi, Satoshi Takeuchi, Munetaka Iwamura, Koichi Nozaki, Tahei Tahara,
Journal of the American Chemical Society, 141, 19296-19303 (2019). DOI: 10.1021/jacs.9b06950

田原太平先生からは、倉持先生及び今回の成果について以下のようなコメントをいただきました。

倉持光さんは先端的な分光計測の分野で世界的に注目されている若手研究者です。10フェムト秒を切る短い光パルスを自由自在に駆使して、化学反応がどのように進むかを、反応中の分子の核の運動をリアルタイムで観測することで解明してきました。今回の研究に用いられた時間分解インパルシブラマン分光という手法は我々の研究室で20年ほど前に初めて分子の電子励起状態の研究に応用されたのですが、倉持君によって技術的革新が行われ、今回研究された分子集合体や、タンパク質のような複雑な分子の反応までを調べられるようになりました。その意味で、倉持さんはその圧倒的な技術力と卓越した感性によって分野にルネッサンスを引き起こしたと言えます。新しい実験方法を作り、それを用い、これまでに誰も見たことが無かった分子の現象を見いだせるエキサイティングなこの分野に、多くの若い研究者が参入して頂くことを期待しています。

それでは、倉持先生からのメッセージをご覧ください。先端的超高速分光の極限の世界を垣間見ることができます!

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどのような研究ですか?

化学反応の途中で分子の構造がどのように変化しどのように反応生成物が生まれるのかをリアルタイムで観測する事は化学者の夢の一つだと思います。今回の研究では「化学結合の生成」という反応の最も基礎的な過程に焦点を当て、化学結合を瞬時的に作り出した際にどのように分子の構造が変化していくのかを独自の「フェムト秒時間分解インパルシブラマン分光法」と呼ばれる手法を用いて調べました。この方法では、反応が始まってから任意のタイミングにおいて~10 フェムト秒(1フェムト秒 = 10-15秒)の時間幅を持った超短パルス光を照射することで分子を瞬時的に一斉に揺らしやり、この揺れ方(分子振動)を解析することでその瞬間瞬間における分子の構造を知ることが出来ます。光が当たると金原子間に共有結合が形成されるユニークな分子、ジシアノ金(I)錯体の会合体を対象とし、紫外パルス光により結合生成を誘起した後タイミングを変えながら金原子間の振動を揺らすことでその結合状態および分子構造の変化を“揺れ方の違い”として可視化することに成功しました。その結果、瞬時的に起こる金原子間の結合生成に伴いまず金原子間の結合距離が200フェムト秒ほどで縮み、その後ピコ秒のスケールで分子が曲がった形状から直線形状へと変化していくことを明らかにしました。結合の生成に伴う分子の構造変化の一部始終をフェムト秒スケールでリアルタイム計測した成果です。

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図1. (A)結合が振動する様子を実時間で捉えた信号。(B)実時間での振動信号の周波数成分解析。(C)振動数の時間変化と理論計算でもとめた振動数とAu-Au-Au角の関係。

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図2. 実験と解析から最終的に得られた結論のイメージ図。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

ジシアノ金錯体は金原子間に働く水素結合程度の弱い相互作用によって基底状態で会合体を形成することが古くから知られており、濃度やイオン強度を調整することによっていろいろなサイズの会合体を作ることが出来ます。今回は過去の文献に倣い実験条件を検討し、確実に3量体を選択的に研究できる(はずの)条件で実験をスタートしました。そのため研究開始当初は3量体のみが光励起され、3量体だけの分子振動が観測されていると思い込んでいました。しかし、徐々にそれではつじつまの合わないことが分かってきて非常に頭を悩ませました。最終的には濃度を変えながら行った測定、時間分解蛍光測定などによって実は相当量の4量体が共存していることが分かり、全てのデータのつじつまが合いました。濃度・イオン強度などパラメータを振りながら時間分解吸収・蛍光・ラマン全てのデータを集め最終的な解釈に至るまでの過程はパズルを解くような感覚で、取り組んでいて非常に楽しい系の一つでした。また、当たり前ではありますが一つの系を様々な手法を用いて多角的に見る重要性を再認識したと思います。万能な計測手法はないと痛感しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

ジシアノ金錯体は光に対して非常に安定なのですが、それでもフェムト秒紫外パルス光を照射し続けると徐々に測定用光学フローセルの表面に何らかの光生成物が析出し、信号雑音比が低下したり析出物由来の信号が現れてしまい、苦労しました。最初は付着物を確認し次第セルの位置を少しずらすなど泥臭い対策を行っていたのですが積算時間も長く(~24 hrs)パラメータを変えながら多くのデータを取得する必要があり体力的に厳しかったので、全自動で付着の程度をモニターしセルを徐々にずらすシステムを組みました。そもそもセルを用いずノズルから溶液を噴射して作る液膜ジェットを用いるという手も考えられたのですが、毒物の水溶液をオープンエアーで垂れ流すのにビビってしまいました…(※ジシアノ金錯体は毒物です。)

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

見た人をあっと言わせるような実験・データで、シンプルに誰もが驚く、面白いと思える物理化学現象を捉えたい・発見したいです。それを通じて未来の化学者に名前を覚えてもらえるような研究が出来ればと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

自分を信じて本能的に「面白い」と思える研究を志していただければと思います。結果はどうあれ、きっとその後に活きると思います。

関連リンク

  1. 理化学研究所 田原分子分光研究室
  2. 富山大学 大学院理工学教育部 野崎研究室
  3. プレスリリース:1兆分の3秒で進む分子の構造変化を追跡
  4. Nature Reviews Chemistry: Real-time bond formation

研究者の略歴

PS倉持 光(くらもち ひかる)

所属:
分子科学研究所 協奏分子システム研究センター 階層分子システム解析研究部門 准教授、
JSTさきがけ

専門: 分子分光、光化学、超短パルス発生

略歴:東京工業大学大学院理工学研究科 博士後期課程修了. 博士(理学). 理化学研究所基礎科学特別研究員, 理化学研究所 光量子工学研究領域研究員、 JSTさきがけ研究者などを経て2020年4月より現職。

spectol21

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JK。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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