第699回のスポットライトリサーチは、東京大学理学部(山東研究室)にて助教をされている谷田部浩行 先生にお願いしました。
今回ご紹介するのは、生体内で進行する複数の酵素反応を同時に可視化するDNP-MRI分子プローブに関する研究です。
NMRやMRIは化学シフトを利用して複数の化学種を同時に検出できる強力な手法ですが、従来のMRIでは感度の低さから、生体内の代謝反応をリアルタイムで追跡することは困難でした。これに対し、動的核偏極法(DNP)によって信号を大幅に増強することで、生体深部で進行する酵素反応の可視化が可能となりつつあります。
しかしこれまでのDNP-MRIでは、単一の分子プローブによる単一反応の解析が主流であり、複数の酵素反応を同時に解析するための分子設計指針は確立されていませんでした。本研究では、酵素反応性と化学シフトを独立に制御する分子設計により、複数のアミノペプチダーゼ活性を同時に検出可能なプローブ群を開発しました。これにより、生体内の酵素活性バランスを直接評価することが可能となり、腫瘍の高精度分類や抗がん剤の早期効果判定への応用が期待されます。本成果は、原著論文およびプレスリリースとして公開されています。
“In Vivo Multiplexed Analysis of Aminopeptidase Activities by Hyperpolarized Molecular Probes for Tumor Diagnostic Applications”
Yatabe, H.; Saito, K.; Koike, A.; Takakusagi, Y.; Elhelaly, A. E.; Hyodo, F.; Matsuo, M.; Mizukami, W.; Sugaya, M.; Osawa, T.; Krishna, M. C.; Yamamoto, K.; Saito, Y.; Sando, S.* J. Am. Chem. Soc. 2026, 148 (9), 9296–9308. DOI: 10.1021/jacs.5c16910プレスリリースはこちら
研究室を主催されている山東信介先生と、学生の頃から谷田部さんをご指導されていた齋藤雄太朗先生から、谷田部先生についてのコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
山東先生
谷田部くんは、一見すると飄々としています。しかしその内側には、誰よりも熱いパッションがあります(おそらく)。実験を重ね、考え続け、決して妥協しない。その積み重ねが、今回の成果を生み出しました。
また彼は、現象で満足せず、それを原理へと引き上げようとする意志を持っています(きっと)。その姿勢が、この研究の醍醐味である「分子設計」へとつながりました。
核偏極というテーマは、圧倒的なオリジナリティーゆえに、実験環境も十分とは言えず、もどかしい時期が続いた研究でした。測定のために海外へ赴く必要もありました。しかしその経験を通して、新しい領域に臆せず飛び込める研究者が育ってくれたことを、指導教員として何より嬉しく思っています。
谷田部くんはこれから助教として、自ら問いを立てる立場になります。彼がこれからどんな未踏の分子を創り出していくのか。一研究者として、心から楽しみにしています(まちがいなく)。
齊藤先生
谷田部さんは、私が山東研の助教になった年に自分のグループに入ってきてくれた学生です。今思い返せば、助教駆け出し時に彼が私の担当グループに入ってきてくれたのは、私のアカデミア人生において最も大きなラッキーの一つだったと感じています。谷田部さんは、学会発表で必ずと言っていいほどポスター賞や優秀発表賞を受賞する、抜群に優秀な学生でした。しかし、彼が研究者として優れているのは単に発表が上手いということではなく、とにかく研究やディスカッションに対してフラットで建設的であることだと思います。いかなる結果や意見が得られても、ネガティブにならず、結果を吟味し、意図を汲み取り、理解し、自分なりの解釈を加えて、フラットな目で見て結論を導きます。なので、彼とのディスカッションは楽しく止むことがありませんでした。これは、(私を含めて)並大抵の人は分かっていてもなかなかできないことだと思います。今回取り上げていただいた研究も、思い通りにいかないことがたくさんあり、色んな意見もいただいてきました。しかし、最終的に谷田部さんがこんなにも大きな素晴らしい研究に広げてくれました。
谷田部さんは、昨年4月から山東研の助教になり、ちょうど私が谷田部さんと出会った時期と重なります。彼なら、一緒に研究している学生さんとより面白い研究を展開してくれるだろうと、楽しみにしています。
【Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください】
生体内では、多様な代謝反応が進行しています。これらを同時に解析することができれば、生体内の代謝ネットワークの実態を明らかにし、病態の本質的理解や精密診断につなげることが可能になります。化学シフトやピーク面積比に基づいて、複数化合物の構造や存在量を同時に読み出せるNMRは、極めて強力な代謝解析手法です。私たちは、このNMRの特長を生体計測へと拡張したMRIを用い、生体内で進行する代謝(酵素)反応を非侵襲的かつリアルタイムに可視化することを目指してきました。
しかし通常のMRIは感度が低く、生体内の特定の代謝反応をリアルタイムに追跡することは困難です。そこで注目されているのが、NMR/MRI信号を数千~数万倍に増強する動的核偏極法(DNP)を組み合わせたDNP-MRIです。DNPにより高感度化した分子プローブを迅速に生体内へ投与し、そのシグナルをMRIで検出することで、生体深部で進行する酵素反応を直接観測することが可能になります。
NMR/MRIは、化学シフトの違いを利用して異なる化学種を同時検出できるため、複数の代謝(酵素)反応を同時に解析可能です。一方で、これまでのDNP-MRI研究では、単一の分子プローブによる単一酵素反応の追跡が主流でした。複数反応の同時解析も試みられてきましたが、既存プローブの組み合わせに依存しており、化学シフトを合理的に制御する分子設計は確立されていませんでした。このことが、DNP-MRIによる多重解析の応用展開を制限していました。
本研究では、酵素反応性と化学シフトを制御することで、複数の酵素反応を同時検出可能なDNP-MRI分子プローブ群を合理的に設計しました(図1)。その結果、複数の生体内アミノペプチダーゼ(AP)活性を同時に検出・可視化することに成功しました。今回標的とした、レニン-アンジオテンシン系に属するAP群は、血管新生や腫瘍成長と密接に関連しており、それらの活性バランスを生体内で直接評価することは、疾患診断や治療効果判定において重要な課題でした。開発した分子プローブ群を用いることで、従来法では困難であった生体内AP活性の多重解析を実現し、腫瘍の高精度分類および抗がん剤治療効果の早期判定への応用可能性を実証しました(図2)。

図1. 分子設計

図2. 本研究の概要
【Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください】
山東研究室に配属されてから約7年、長い時間をかけてきた本研究をようやく論文として公表することができました。まずは、本研究をまとめ切ることができ、感無量です。
振り返れば、研究初期はひたすらジペプチド骨格の化合物を合成し、評価するという地道な作業の繰り返しでした。その過程で、N末端アミノ酸残基の種類を変えても、C末端アミノ酸のカルボニル炭素(観測核)の13C 化学シフトがほぼ一定であるという事実を見出しました。当初は、化学シフトを大きく変化させることを目標としていたため、この結果はネガティブなものに感じられました。しかし、当時の先輩方や齋藤助教とのディスカッションを重ねる中で、この現象を別の角度から捉え直すことができました。すなわち、酵素反応性を主に規定するN末端構造は、化学シフトを与えるC末端構造とは独立である、ということです。この気づきは、「N末端で酵素反応性を、C末端で化学シフトを独立に制御する」という分子設計原理へと発展しました。結果として、当初はネガティブに見えたデータこそが、本研究の分子設計基盤を形作る重要な発見でした。このように、地道な実験の繰り返しの末に見出した分子設計に、特に強い思い入れがあります。
【Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?】
最も難しかった/苦労したところは、膨大な数の超偏極実験をこなさなければならなかったことです。本研究では多重解析を実現するために4種類の分子プローブを同時に用います。しかし、その前段階として、各プローブを個別に評価する必要があります。単純計算ですが、1種類の分子プローブを開発する場合の約5倍(個別評価4実験+同時評価1実験)の超偏極実験が必要になります。また、DNP装置は国内に数台しか存在せず、故障も少なくありません。ひとたび不具合が生じると、数ヶ月にわたり使用できなくなることもあります。さらに1回の実験に2~3時間を要するため、分子プローブ・実験動物・装置の3つすべてが万全の状態で揃うタイミングを見極め、限られた機会の中で最大限の成果を出す必要がありました。
私がM2の頃(2021年頃)までは、DNP装置を利用できる機会自体が非常に限られていました。そのため、合成した化合物がそもそも超偏極可能かどうかを確認するだけでも一苦労でした。M2の後半からは、岐阜大学の松尾教授、兵藤教授、Elhelaly特任講師のご支援のもと、DNP装置を利用できる機会をいただき、in vitro超偏極実験を積み重ねていきました。大きな転機となったのが、D1時の米国NIHへの半年間の留学です。Murali先生、山本先生のご指導のもと、ある時にはDNP装置を2台同時に使用するという、これまででは想像できなかった環境で研究を進めることができました。この期間に実験スループットを飛躍的に向上させることができ、in vivoでの多成分同時検出(proof of concept)に成功したことは、本研究におけるブレークスルーでした。帰国後は、QSTの高草木先生、齋藤先生、小池研究員の多大なるご尽力により、国内でも安定してDNP装置を利用できる体制が整いました。そのおかげで、マウスを用いた診断応用研究を大きく加速させることができました。
このように、多くの先生方の手厚いご支援に支えられながら、自身でも粘り強く実験を重ね続けた結果、本研究を完遂させることができました。
【Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?】
以前の記事でも述べたとおり、私は「自分にしか作れないユニークな分子を生み出したい」という思いから、化学の世界に足を踏み入れました。独創的な分子を設計し、実際に形にし、その分子が機能を発揮する瞬間を見ることに、研究者としての大きな喜びを感じています。今後も、自ら創り出した分子を通して、生物学や医学など多様な分野に新しい視点や技術を提供し、学際的な発展に貢献していきたいと考えています。
また、現在は山東研の助教として研究と教育の両方に携わる立場となりました。まだまだ未熟ではありますが、研究者として新しい価値を生み出すと同時に、化学の面白さや創造性を次世代へ伝えていく責任も感じています。自分にしかできない研究を追求しながら、学生とともに挑戦を重ね、化学という学問の可能性をさらに広げていきたいと思います。
【Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします】
以前の記事でも述べたのですが、本研究を完遂して改めて強く感じるのは、「研究は決して一人では成し得ない」ということです。このような学際的かつ専門的な装置を要する研究を最後までやり遂げることができたのは、ひとえに多くの方々の支えがあったからだと実感しています。これほど恵まれた環境に身を置けていることに深く感謝するとともに、その環境に甘えることなく、日々研鑽を重ね、さらに良い研究を生み出せるよう精進していきたいと思います。
本研究は、私の学位論文の中心となるテーマでもありました。指導教員として研究の基礎から徹底してご指導くださり、研究者としての姿勢や考え方を教えてくださった山東教授に深く感謝申し上げます。また、齋藤助教には丁寧に実験指導をしていただいただけでなく、日々温かく励ましていただきました。齋藤助教と話した後に席へ戻ると、不思議とうまくいくような気持ちになれる。そんな存在でした。私も助教として、学生の背中をそっと押し、前向きな活力を与えられる研究者でありたいと思っています。
超偏極実験においては、先述の通り、多くの先生方に多大なるご支援をいただきました。岐阜大学の松尾教授、兵藤教授、Elhelaly特任講師、米国NIHのMurali先生、山本先生、そしてQSTの高草木先生、齋藤先生、小池研究員には、マウスの扱い方から専門的な超偏極装置やMRIの操作方法まで、一から丁寧にご指導いただきました。さらに、量子化学計算では大阪大学の水上教授に、生体サンプルの ex vivo解析では東京大学の大澤准教授、菅谷研究員にご協力を賜りました。また、山東研での日々の活発な議論をはじめ、ここにお名前を挙げきれなかった多くの方々に支えていただきました。この場をお借りして、すべての方々に改めて深く御礼申し上げます。
最後に、このような機会を与えてくださったChem-Stationのスタッフの皆さまに、心より感謝申し上げます。
【研究者の略歴】

名前:谷田部 浩行
所属:東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻・山東研究室(助教)
研究テーマ:機能性分子の創出に基づく疾患ケミカルバイオロジー
略歴
2016年–2020年 東京大学 工学系研究科
2020年–2022年 東京大学大学院 工学系研究科化学生命工学専攻 博士前期課程(山東信介 教授)
2022年–2025年 東京大学大学院 工学系研究科化学生命工学専攻 博士後期課程(山東信介 教授)
2022年–2025年 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2025年–現在 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 助教(現職)
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