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スポットライトリサーチ

電子1個の精度で触媒ナノ粒子の電荷量を計測

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第443回のスポットライトリサーチは、九州大学大学院工学研究院エネルギー量子工学部門 超顕微解析研究センター村上グループ 村上研究室の麻生 亮太郎(あそう りょうたろう)准教授にお願いしました。

今回ご紹介いただける成果は、九州大学・日立製作所・明石高専・大阪大学の共同研究による成果です。光触媒としても有名なTiO2ですが、ここに金属ナノ粒子を担持させることで特性が大きく改善し得る、ということが広く知られています。さて、電子の授受である化学反応を考えるうえで、電荷がどうなっているか把握するのは重要ですね。

ここで問題です。TiO2の上にPtナノ粒子を担持させたとしましょう。このPtナノ粒子は正に帯電していると思いますか? それとも負に帯電していると思いますか?

・・・驚くべきことに、答えは両方だそうです。今回の報告では、電子顕微鏡の最先端技術を駆使してこの非常に根本的に重要なサイエンスを明らかにされています。化学・物理・工学分野をはじめとして他分野に衝撃を与えるこの成果は、Science本誌に原著論文として公開され、もちろんプレスリリースもされています。

“Direct identification of the charge state in a single platinum nanoparticle on titanium oxide”
Ryotaro Aso, Hajime Hojo, Yoshio Takahashi, Tetsuya Akashi, Yoshihiro Midoh, Fumiaki Ichihashi, Hiroshi Nakajima, Takehiro Tamaoka, Kunio Yubuta, Hiroshi Nakanishi, Hisahiro Einaga, Toshiaki Tanigaki, Hiroyuki Shinada, Yasukazu Murakami, Science 2022, 378, 202–206. DOI: 10.1126/science.abq5868

形状観察だけが電子顕微鏡の能じゃない、といわんばかりの、電子顕微鏡の潜在能力の深みが感じられることでしょう。それでは、麻生先生のインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

電子1個という究極的な精度で、触媒ナノ粒子が示すわずかな電荷量を数え上げた初めての研究成果です。

図1.白金ナノ粒子触媒(Pt/TiO2)が示す電位分布を初めて観察
高感度化した電子線ホログラフィーによる触媒電位の空間分布の観察から、触媒ナノ粒子の電荷量を「電子1個の精度で数える」ことに成功した。(論文(Science 378, 202–206 (2022))より改変して転載)

金属ナノ粒子が担体(酸化物や炭素材料など)の表面に担持(付着)された構造をもつ「金属ナノ粒子触媒」は、排ガス浄化や化成品製造など、産業的に広く利用されています。高効率な触媒の開発には、触媒表面における化学反応の素過程を理解することが重要であり、これには「触媒ナノ粒子の電荷状態」の解明が不可欠です。電荷状態を明らかにする新技術として、透過電子顕微鏡法(TEM)の一種であり、物質の電位分布を観察できる「電子線ホログラフィー」が重要視されています。しかし、触媒ナノ粒子が示すごく微弱な電位分布や電荷量を計測するためには、電子線ホログラフィーの位相計測精度を従来よりも1桁高める必要がありました。

今回、最先端の電子顕微鏡技術と情報科学的手法を融合することで、電子線ホログラフィーの位相計測精度を1桁向上させ、触媒ナノ粒子の電荷量を「電子1個の精度で数える」ことに成功しました(図1)。化学反応に寄与する触媒電位の空間分布を観察することで、酸化チタン(TiO2)に担持した白金(Pt)ナノ粒子が、接合界面の素性によって正にも負にも帯電し得ることを明らかにしました。さらに、電荷量がPtナノ粒子の結晶の歪み具合にも影響を受けることなど、触媒の研究開発にとって非常に重要な知見を得ました。本研究で実現した超高感度の電子線ホログラフィーは、環境問題の解決に向けた触媒開発を加速する強力な新技術といえます。

図2.電子線ホログラフィー実験の模式図
TiO2の淵で真空部分に突き出したPtナノ粒子を用いることで、試料を透過した波と真空を通過した波を干渉させてホログラムを取得でき、位相像再生により電位分布が観察できる。(論文(Science 378, 202–206 (2022))より改変して転載)

Q2. 本研究テーマについて、思い入れがあるところを教えてください。

今回、複数のPtナノ粒子の電荷量を1個1個計測することで、同じTiO2結晶面上にもかかわらず、正帯電と負帯電の両方の状態が存在することを初めて明らかにしました(図3)。

図3.触媒ナノ粒子1個1個に対する電荷量の計測
上段のTEM像において、緑色はfcc構造、赤色は歪んだ結晶構造を示す。下段は真空領域の位相変化から求めた帯電状態を示す。(論文(Science 378, 202–206 (2022))より改変して転載)

帯電状態の違いをもたらす原因を特定することが、本研究で最も困難なプロセスのひとつでした。ここで、結晶構造観察という電子顕微鏡の強みをフル活用することで、TiO2との接合界面直上におけるPtナノ粒子の結晶面が帯電状態と関係していることを見出しました。異なる物質が接触した場合、接触した各結晶面の仕事関数の差によって界面で電子が移動します。Pt/TiO2接合界面におけるわずかな仕事関数の差によって電子移動の方向と量が変わり、結果として帯電の符号(正または負)と電荷量が変わることがわかりました。

さらに、ナノ粒子の帯電状態は、Ptナノ粒子の結晶構造の歪みとも相関があることがわかりました。Ptナノ粒子は常温常圧では面心立方格子(fcc)構造を取りますが、この構造から歪むにつれて電荷量が大きくなる傾向が見られたのです。

これらの結果は、まさにナノ粒子1個1個に対して、結晶の歪み具合と電荷量を同時に解析できる、電子顕微鏡ならではの価値ある実験データといえます。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

これまで、X線光電子分光やプローブ顕微鏡など、様々な手法で触媒ナノ粒子の電荷計測が試みられてきました。しかし、想定される触媒ナノ粒子の電荷量は非常に小さく、ナノ粒子1個1個に対して電荷量を計測するのは実験的に困難でした。触媒ナノ粒子が正に帯電するのか、負に帯電するのかという、最も基本的な情報さえ正確にはわかっていませんでした。
村上恭和教授が代表を務めるCRESTプロジェクトにより、6年もの歳月を要し、電子線ホログラフィーの位相計測精度の改良を目指した研究が集中的に実施されてきました。「電子線ホログラフィー」と「情報科学・データ科学」の融合により、様々な基盤技術が整備されました。日立製作所が開発した「1.2 MV原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡 [1]」により世界最高峰の像質のホログラムを取得し、さらなる像質向上のために、複数画像データの積算平均化処理技術が開発されました。また、大阪大学が開発した「ウェーブレット隠れマルコフモデル [2]」という統計数理的な手法を適用することで、画像データにおける「微弱な信号」を除くことなく「ノイズ」を低減しました。
これらの基盤技術により電子線ホログラフィーの高感度化を実現し、触媒研究に応用することで、触媒ナノ粒子の電荷量を「電子1個の精度で数える」ことに初めて成功しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

電子顕微鏡は、単に原子の並びを観察するだけでなく、本研究のような電位・電場の解析や磁場の計測も可能です。最近では、静的な状態だけでなく、ガス環境下や高温域といった実際に動作中の触媒反応の観察、光照射下や液中観察、電圧や圧力などを印加した外場制御下での観察など、様々な反応系の観測が試みられています。様々な分野の研究者とのつながりを新たに構築し、分野横断的な研究が進められればと思います。化学現象を原子・分子の世界から解き明かすことを目指して、引き続き研究を進めていきます。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

電子顕微鏡は物理・化学・生物・地学といったあらゆる科学分野で有用なツールであり、同時に、電子顕微鏡ならではの研究も非常に興味深いものがあります。日本が世界的なリーダーシップを発揮してきた分野ですので、一度電子顕微鏡を体験してその素晴らしさを知ってもらえればと思います。この記事を読んでいただいた学生や若い研究者が、電子顕微鏡に少しでも興味を持っていただければ嬉しく思います。

最後になりますが、本研究は、村上恭和教授をはじめとした九州大学の研究グループの皆様、谷垣俊明博士をはじめとした日立製作所の研究グループの皆様、明石高専の中西寛教授、大阪大学の御堂義博特任准教授との共同研究として、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)、および日本学術振興会(JSPS)の科学研究費補助金の助成を受けて実施いたしました。この場を借りて謝辞申し上げます。

関連リンク

  1. 九州大学大学院工学研究院エネルギー量子工学部門 超顕微解析研究センター村上グループ 村上研究室
  2. プレスリリース:
    九州大学・JST・日立製作所・明石高専の共同プレスリリース:電子1個の精度で触媒ナノ粒子の電荷量を計測プレスリリースPDF
    EurekAlert!:Scientists count electric charges in a single catalyst nanoparticle down to the electron
    Perspective記事:Counting charges per metal nanoparticle

参考文献

  1. T. Akashi et al., Appl. Phys. Lett. 106, 074101 (2015). DOI: 10.1063/1.4908175
  2. Y. Midoh, K. Nakamae, Microscopy 69, 123–131 (2020). DOI: 10.1093/jmicro/dfz115

研究者の略歴

Profile:

名前: 麻生 亮太郎(あそう りょうたろう)
所属: 九州大学大学院工学研究院エネルギー量子工学部門 准教授
専門: 電子顕微鏡
略歴:
2005-2009 京都大学理学部理学科
2009-2014 京都大学大学院理学研究科化学専攻
2014-2020 大阪大学産業科学研究所 助教
2017-2018 米ハーバード大学 客員研究員
2020-現在 現職

spectol21

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JKJ。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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