[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

可視光照射でトリメチルロックを駆動する

[スポンサーリンク]

カリフォルニア工科大学・Dennis A. Doughertyらは、光照射で脱保護されるアミン or アルコールの保護基「キノントリメチルロック」を開発した。置換基(Y)を変更することで400-600 nmの長波長光で駆動可能。副生物は吸光性を示さない。続報にて詳細な機構解析も報告している。

① “A General Strategy for Visible-Light Decaging Based on the Quinone Trimethyl Lock”
Walton, D. P.; Dougherty, D. A.* J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 4655−4658. DOI: 10.1021/jacs.7b01548
② “Mechanistic Studies of the Photoinduced Quinone Trimethyl Lock Decaging Process”
Regan, C. J.; Walton, D. P.; Shafaat, O. S.; Dougherty, D. A.* J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 4729-4736. DOI: 10.1021/jacs.6b12007

問題設定

トリメチルロック[1]は様々に誘導化可能な保護基として幅広い応用に用いられてきた。しかしながら光化学的にトリメチルロックを駆動する目的にはUVの使用(ニトロベンジル保護体を用いるなど)が前提されていた。長波長光で駆動される分子は、生体組織浸透性などもろもろの文脈から魅力があるが、金属フリーで長波長吸収(>450nm)をもつ保護基はそもそもバリエーションが少ない[2]。

技術や手法の肝

Doughertyらは、光誘起型電子移動を介して、キノン構造をヒドロキノンへと還元し、トリメチルロックを駆動させることを考えた。キノン型トリメチルロックをチオ硫酸ナトリウムなどで還元して熱的に駆動するコンセプトは既知である。またキノンをアミンやスルフィドで光還元できることも既知である[3]。しかしながら両者を組み合わせて可視光駆動型トリメチルロックに仕立てた先例は存在しない。

主張の有効性検証

①化合物の設計と合成

ブロモキノンカルボン酸中間体に対してアミン・スルフィドを合成終盤で付加させて、様々なキノントリメチルロックを合成した。水溶性をあげる目的で、糖をつけておくこともできる。合成されたものはいずれも可視光吸収を持つ。

②光駆動性の実証

スルフィド型は455nm LED照射にて綺麗に切断され、アルコールが定量的に放出される。アミン型はより長波長に吸収を持つため、565nm LEDを使う。こちらは非極性溶媒中でも実施可能。いずれもSまたはN原子に隣接する活性C-Hを切りながら反応が進行する(Norrish Type II反応)ので、ここのBDEが低いものほど反応が速くなる(ベンジル置換 >アルキル置換)。

放出されるXの部分としてアルコールの代わりにアミンも活用可能。クマリン(λex=355 nm)を用いて蛍光モニタリングしたり、GABAを放出させてアフリカツメガエル(Xenopus oocytes)の細胞を駆動させたりもしている。また、スルフィド型が長波長吸収を持たないことを利用し、アミン型だけを長波長光で選択的に駆動させることにも成功している。

③メカニズム解析

スルフィド型キノントリメチルロックを用いて詳細な反応機構解析がなされている。多数の実験事実を元にした綿密な考察が行なわれているが、ここでは詳細は割愛し、結論だけを要約したい。

【1】律速段階について

おおまなか機構はこれまでに再三示しているとおりである。つまり、光誘起電子移動が起きた後にC-H切断が起こり、zwitterionic中間体が生じる。これがフェノール酸素や溶媒にトラップされ、トリメチルロックが駆動してdecagingが進行する。このトリメチルロック環化過程がもっとも遅いステップである。しばしば環化前のヒドロキノン体が単離されることからこれは支持される。

【2】中間体構造について

「Ionic pathwayを経由するのか、radicalic pathwayを経るのか」が主たる議論の的になっている。結論としては、ionic pathway経由で、zwitterionを与えるスキーム上部の経路が最もあり得るメカニズムと判断されている。詳しい議論は冒頭論文②を参照されたい。

議論すべき点

  • トリメチルロック部位と光学的に干渉してしまうような光駆動性分子でも、放出対象として使用可能かは気になる。今回の系では波長が被らないクマリンで実証実験を行なっている。
  • 硫黄・アミン部に様々な機能部位(溶解性向上・膜透過性向上・生態分布制御など)を持たせることが可能なのは利点。

未解決問題へのアプローチ

  • 次なる目標は近赤外レベルの長波長駆動だと思われる。組織深部に到達する光には650-1300 nmが必要と言われている(血中ヘム、水、脂質、メラニンいずれにも吸収されない波長帯)[4]。π系拡張によるStokes Shiftはもっとも簡単に行える設計だが、応じて溶解性や生体適合性の低下が問題になりがちである。Si, B, Pの導入などでπ系を伸長させず長波長化を達成する最近の設計トレンドは参考にできるか。

参考文献

  1. Review: Levine, M. N.; Raines, R. T. Chem. Sci. 2012, 3, 2412. doi:10.1039/C2SC20536J
  2. Review for photoremovable PGs: (a) Klán, P.; Šolome, T.; Bochet, C. G.; Blanc, A.; Givens, R.; Rubina, M.; Popik, V.; Kostikov, A.; Wirz, J. Chem. Rev. 2013, 113, 119. DOI: 10.1021/cr300177k (b) Hansen, M. J.; Velema, W. A.; Lerch, M. M.; Szymanski, W.; Feringa, B. L. Chem. Soc. Rev. 2015, 44, 3358.  doi:10.1039/C5CS00118H
  3. 冒頭論文①、ref30-44
  4. Near-infrared window in biological tissue – Wikipedia

 

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 結晶学分野に女性研究者が多いのは何故か?
  2. 累計100記事書きました
  3. PACIFICHEM2010に参加してきました!④
  4. 「非晶質ニッケルナノ粒子」のユニークな触媒特性
  5. 分析技術ーChemical Times特集より
  6. 食べず嫌いを直し始めた酵素たち。食べさせれば分かる酵素の可能性!…
  7. ほぅ、そうか!ハッとするC(sp3)–Hホウ素化
  8. 実験する時の服装(企業研究所)

注目情報

ピックアップ記事

  1. 持田製薬、創薬研究所を新設
  2. 有機合成化学協会誌2024年5月号:「分子設計・編集・合成科学のイノベーション」特集号
  3. 有機合成化学協会誌2023年1月号:[1,3]-アルコキシ転位・クロロシラン・インシリコ技術・マイトトキシン・MOF
  4. テトラキス[3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル]ほう酸ナトリウム水和物 : Sodium Tetrakis[3,5-bis(trifluoromethyl)phenyl]borate Hydrate
  5. 有機合成化学協会誌2021年5月号:『有機合成のブレークスルー』合成反応の選択性制御によるブレークスルー
  6. ルテイン / lutein
  7. アセタール還元によるエーテル合成 Ether Synthesis by Reduction of Acetal
  8. 立体規則性および配列を制御した新しい高分子合成法
  9. 第17回 音楽好き化学学生が選んだ道… Joshua Finkelstein氏
  10. 【書籍】新版 元素の小辞典

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年12月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

日本プロセス化学会2024ウインターシンポジウム

有機合成化学を基盤に分析化学や化学工学なども好きな学生さん、プロセス化学を知る絶好の…

2024年ノーベル化学賞は、「タンパク質の計算による設計・構造予測」へ

2024年10月9日、スウェーデン王立科学アカデミーは、2024年のノーベル化学賞を発表しました。今…

デミス・ハサビス Demis Hassabis

デミス・ハサビス(Demis Hassabis 1976年7月27日 北ロンドン生まれ) はイギリス…

【書籍】化学における情報・AIの活用: 解析と合成を駆動する情報科学(CSJカレントレビュー: 50)

概要これまで化学は,解析と合成を両輪とし理論・実験を行き来しつつ発展し,さまざまな物質を提供…

有機合成化学協会誌2024年10月号:炭素-水素結合変換反応・脱芳香族的官能基化・ピクロトキサン型セスキテルペン・近赤外光反応制御・Benzimidazoline

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年10月号がオンライン公開されています。…

レジオネラ菌のはなし ~水回りにはご注意を~

Tshozoです。筆者が所属する組織の敷地に大きめの室外冷却器がありほぼ毎日かなりの音を立て…

Pdナノ粒子触媒による1,3-ジエン化合物の酸化的アミノ化反応の開発

第629回のスポットライトリサーチは、関西大学大学院 理工学研究科(触媒有機化学研究室)博士課程後期…

第4回鈴木章賞授賞式&第8回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ

計算科学,情報科学,実験科学の3分野融合による新たな化学反応開発に興味のある方はぜひご参加ください!…

光と励起子が混ざった準粒子 ”励起子ポラリトン”

励起子とは半導体を励起すると、電子が価電子帯から伝導帯に移動する。価電子帯には電子が抜けた後の欠…

三員環内外に三連続不斉中心を構築 –NHCによる亜鉛エノール化ホモエノラートの精密制御–

第 628 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院薬学研究科 分子薬科学専…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP