[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

イオン交換が分子間電荷移動を駆動する協奏的現象の発見

[スポンサーリンク]

第229回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 新領域創成科学研究科(竹谷・岡本研究室)・山下 侑 博士にお願い致しました。

有機エレクトロニクス材料は、次世代の電子情報デバイス創製に欠かせない役割を期待されています。電子材料を駆動させるには電子不足/豊富部位を材料内に適切につくり出す「ドーピング処理」が必要になるのですが、この過程に「イオン交換」をコラボさせることにより、新たな手法で特性チューニングを行えることが実証されました。本成果は見事Nature誌掲載の栄誉に輝き、プレスリリースとしても公開されています。

“Efficient molecular doping of polymeric semiconductors driven by anion exchange”
Yamashita, Y.; Tsurumi, J.; Ohno, M.; Fujimoto, R.; Kumagai, S.; Kurosawa, T.; Okamoto, T.; Takeya, J.; Watanabe, S.
Nature 2019, 572, 634–638. doi:10.1038/s41586-019-1504-9

研究を現場で指揮された渡邉峻一郎 准教授から、山下さんについての人物評を下記のとおり頂いています。非常に柔軟な発想から新しい化学を拓いていくさまは、是非筆者も見習いたい資質です。

イオン交換という極めて単純で単一の化学操作を固体半導体に適応するという突拍子もないアイデアは、山下侑博士研究員のオリジナルです。この研究を彼が始めた時には、固体物理のバックグラウンドの私には全く理解が追いつきませんでした。山下君(当時博士課程学生)は、応用化学科出身でありながら、半導体工学や固体物理学にも深い造詣があり、この突拍子もない結果を一つの科学として昇華しました。山下君は、今後、アカデミアに残り基礎研究を遂行するとともに、大学初ベンチャーの設立も検討しているようで、さらなる発展に期待しています。

それでは今回もインタビューをお楽しみ下さい!


Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

この研究では”イオン交換”という簡単な操作によって分子材料の電荷数や導電性、電子状態を操作できる新現象を発見しました。2000年にノーベル賞を受賞された白川博士らによる導電性高分子の発見を筆頭に、π共役高分子に酸化剤を作用させる電荷ドーピングには多くの研究報告があります。これまではπ共役高分子薄膜のドーピング量や導電性を向上するために強力な酸化剤を用いると安定性の問題や構造の乱れが生じることが常識でした。今回は電荷移動反応によって半導体カチオンとイオン対を形成している酸化剤アニオンが、その場で別のアニオンに交換される現象を発見しました(図1)。安定性の高いアニオンへほぼ100%の効率で交換すると、ドープ膜の安定性が高ドーピング量においても著しく向上しました。さらに、「電荷移動」と「イオン交換」が二段階の平衡で結ばれる状況を利用すると、イオン交換反応によって電荷移動反応を駆動できることが分かりました。
また、今回の研究ではこの「イオン交換ドーピング」をπ共役高分子薄膜の結晶性格子にある隙間を舞台に行い、高結晶性・高ドーピング量における金属に近い伝導特性なども報告しています。

図1 (a) アニオン交換ドーピングのモデル。ドーパントF4TCNQと有機塩(X-Y)の混合溶液を使用することで、π共役高分子PBTTT薄膜中に取り込まれたF4TCNQ•—をその場で有機塩由来のYと交換できる。 (b) 用いた材料の分子構造。(c) 密度汎関数法計算により求められる分子表面の静電ポテンシャルマップと最も効率の高いイオン交換を実現する有機塩の組成。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

イオン交換ドーピングを最初に思いついた時には「結晶性高分子の隙間にうまく収まる形状のアニオンを導入したい」ということしか考えていませんでした。実際に様々な分光測定や物性測定を進めていくと、イオン交換ドーピングでは同じ酸化剤を用いても従来手法より3倍程度もドーピング量が向上し、高分子の1モノマー当たり1つ程度という非常に高密度の電荷が注入されることが分かりました。そこで、電荷移動とイオン交換が協奏的に進行する新現象の価値を見直して、体系的にまとめられるように取り組みました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

「どのような材料の組み合わせでは酸化剤アニオンをイオン交換できるのか」「何がイオン交換の効率を支配しているのか」「なぜイオン交換が生じると電荷移動を促進できるのか」「多成分が登場する現象のメカニズムが本当に一つに絞れるのか」。今回の新しい現象を説明するためには、多数の疑問に対して体系的に答えることが必要でした。このために、電荷移動を説明するMarcus理論、イオン交換を説明するHard and Soft Acids and Bases (HSAB)の経験則や化学平衡論に立ち戻って勉強しなおしました。最終的には電荷移動とイオン交換の二段階平衡という比較的シンプルなモデルで今回のシステムと測定結果を説明することができ、分子性イオン対における特殊性なども密度汎関数法計算を用いて解釈することができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学によって新しい材料を実現し、機能性や物性を開拓することに興味があります。また、大学での研究にとどまらずに、大学発ベンチャーによって自分が創る材料の社会実装にも取り組みたいと考えています。これまでの研究ではキャリア伝導物性がメインであった期間が長く、まだまだ知らない化学の分野も多いので、化学を学びながら固体物性・社会に役立つ機能性材料への活かし方を考えていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

個性豊かな分子性材料の世界では良くも悪くも予想していなかった実験結果が得られる場合が多いと実験を通して実感しています。自分の予想や先入観に囚われすぎずに実験結果を見つめなおすことや、扱っている材料の特徴・長所を見つけることで「失敗」の実験が「成功」に解釈され直されることはよくあるものだと見聞きしています。大胆な仮説を立てながら、悲観的な意見も頭の片隅に置きながら、材料と向き合っていくことが大事だと感じています。

研究者の略歴

山下 侑 (やました ゆう)
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 竹谷・岡本研究室 特任研究員 (論文投稿当時は同博士課程3年)
兼 物質・材料研究機構 超分子グループ ポスドク研究員
高分子半導体材料の化学ドーピングや伝導物性の研究に取り組む

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 赤絵磁器を彩る絵具:その特性解明と改良
  2. 虫歯とフッ素のお話① ~どうして歯磨きにフッ素が使われるの??~…
  3. \脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケ…
  4. 隠れた資質をも掘り起こす、 40代女性研究員の転身をどう成功させ…
  5. 二重可変領域を修飾先とする均質抗体―薬物複合体製造法
  6. 無機物のハロゲンと有機物を組み合わせて触媒を創り出すことに成功
  7. 科学とは「未知への挑戦」–2019年度ロレアル-ユネスコ女性科学…
  8. キャリアデザイン研究講演会~化学研究と企業と君との出会いをさがそ…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 私立武蔵高 の川崎さんが「銀」 国際化学オリンピック
  2. 第131回―「Nature出版社のテクニカルエディターとして」Laura Croft博士
  3. 地球外生命体を化学する
  4. 鉄触媒を用いたテトラゾロピリジンのC(sp3)–Hアミノ化反応
  5. ペタシス反応 Petasis Reaction
  6. レザ・ガディリ M. Reza Ghadiri
  7. 密度汎関数法の基礎
  8. 【解ければ化学者】ビタミン C はどれ?
  9. 均一系水素化 Homogeneous Hydrogenaton
  10. Arena/エーザイ 抗肥満薬ロルカセリンがFDA承認取得

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年11月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

超塩基に匹敵する強塩基性をもつチタン酸バリウム酸窒化物の合成

第604回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの宮﨑 雅義(みやざぎ…

ニキビ治療薬の成分が発がん性物質に変化?検査会社が注意喚起

2024年3月7日、ブルームバーグ・ニュース及び Yahoo! ニュースに以下の…

ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―

第603回のスポットライトリサーチは、ティエムファクトリ株式会社の上岡 良太(うえおか りょうた)さ…

有機合成化学協会誌2024年3月号:遠隔位電子チューニング・含窒素芳香族化合物・ジベンゾクリセン・ロタキサン・近赤外光材料

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年3月号がオンライン公開されています。…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。第一弾・第二弾につづいて…

ペロブスカイト太陽電池の学理と技術: カーボンニュートラルを担う国産グリーンテクノロジー (CSJカレントレビュー: 48)

(さらに…)…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回の第一弾に続いて第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業との…

CIPイノベーション共創プログラム「世界に躍進する創薬・バイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第104春季年会(2024)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「世界に躍進…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

今年も始まりました日本化学会春季年会。対面で復活して2年めですね。今年は…

マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は最短でMI推進を成功させたのか?-

開催日:2024/03/21 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP