[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アミロイド線維を触媒に応用する

[スポンサーリンク]

触媒機能をもつタンパク質は「酵素」と総称されます。大抵は分子量1万を超える大きなものです。

しかしその活性部位は、全体に比してさほど大きな割合を占めていません。ここまで巨大なものじゃ無くとも、明確な構造のペプチドであれば、触媒の土台として使えるんじゃ無かろうか・・・?

そういう発想から生まれたペプチド性触媒が、2014年のNature Chemistry誌に報告されました。その名も「アミロイド線維触媒」です[1]。今回はこれを取りあげて見たいと思います。

アミロイドって何?

アミロイド(amyloid)とは、クロスβシート構造をもつ線維を形成し、不溶性となるペプチド(タンパク質)の総称です。小さな分子サイズでありながら比較的明確な構造をとれるという、他のタンパクには無い特性を持っています。

アミロイドは様々な難治性疾患(アミロイドーシス)に関連があるとされています。たとえばアルツハイマー病は、アミロイドβタンパクが凝集することで引き起こされるのでは?との仮説が古くから提唱されています。

アミロイドβ(1-40)のクロスβシート構造モデル(論文[2]より)

アミロイドβ(1-40)のクロスβシート構造モデル(論文[2]より)

すぐさま不溶性の線維となってしまうためとにかく扱いづらく、生化学的性質を調べるだけでもしばしば難航します。病原ペプチドでもあるため、研究者からは困ったちゃん扱いされがちな分子でもあります。

 

困りものを役立つものに

今回の研究のポイントは、アミロイド線維を形成しうるペプチド(なんとわずか7残基!)が自己集積によって触媒機能を発現できることを、初めて示したことにあります。

疎水性アミノ酸と親水性アミノ酸が交互に並ぶアミロイドペプチドLKLKLKL[3]を参考に、著者らはリジンをヒスチジンに変えた配列、Ac-LHLHLHL-CONH2を用意しました。

これに亜鉛(ZnCl2)を混ぜてやります。するとアミロイド線維のヒスチジン側鎖が配位子として亜鉛を担持します。ヒスチジン側鎖は単座配位なので、普通の短鎖ペプチドでは金属が上手く担持されません。しかし一旦アミロイド線維を形成すれば、ペプチド同士・ヒスチジン側鎖同士が近接し、亜鉛を多座で担持出来るようになります。またこのキレート結合によって、土台となる線維構造も安定化されます。CD解析・蛍光アッセイを行ってみると、βシートに富む凝集体を形成すること、つまりアミロイド性を有することが確認されました。

こうして出来た金属-アミロイド錯体を使って、著者らは触媒応用を試みています。亜鉛の複核ルイス酸触媒として働くだろうとの発想です。果たして、4-ニトロフェニル酢酸エステルの加水分解反応に対する触媒能を持つことが示されました。

著者らはその後、アミノ酸配列を種々変えたペプチドを用意し、構造-触媒活性相関を行っています。最終的に最も活性の高いペプチド配列、Ac-IHIHIQI-CONH2を見いだすことに成功しました。

amyloid_cat_2

亜鉛キレート型アミロイド触媒の模式図(論文[1]より引用・改変)

反応速度解析を行うと、このアミロイド触媒は酵素のように振る舞うこと、すなわち飽和特性や活性のpH依存性などがあることが示されました。

既に述べたとおり、タンパク質が触媒能を発揮するには、長鎖ペプチドが適切に降りたたまれてできる巨大な3次構造が必要と考えられてきました。しかし本報告のように「短いペプチドが寄せ集まることで規則構造を形成し、触媒能が発揮される」という事実は興味深い知見といえます。

この事実をして著者らは、「アミロイド線維は進化の過程で、酵素に至るまでの中間形としての役割があったのかもしれない」と触れています。こちらも興味深い着眼だと思います。

 

「アミロイド触媒」の可能性

ペプチドは固相法で迅速合成できる分子であるため、無限の構造展開が可能です。今回はごくごく簡単な反応への応用しか示されていませんが、金属との組み合わせ次第では、別種の触媒反応へも展開可能かも知れません。

またそもそもがペプチドなので、生体適合性の高い触媒の創製につながりうる考え方だとも思えます。アミロイドにつきものの毒性をどうにか抑えることができれば、低分子触媒〜酵素の中間を埋める「第三の触媒」としての活路を見出せるやもしれません。

触媒構造が激しい条件下でも安定かどうか、触媒活性をどこまで上げられるのか、化学選択性が出せる触媒になるのか・・・ということは未だ気になりますが、今後の研究を待つ必要があるでしょう。

取り扱いが難しいとされる「アミロイド」ですが、これ以外にも、ナノ材料バイオテクノロジーなどへの応用先も模索されつつあるようです[4]。今後どういう発展を見せていくか、要注目の方向ですね。

関連論文

  1.  (a) “Short peptides self-assemble to produce catalytic amyloids” Rufo, C. M.; Moroz, Y. S.; Moroz, O. V.; Stöhr, J.;Smith,T. A.; Hu,X.; DeGrado, W. F.; Korendovych, I. V. Nat. Chem. 2014, 6, 303. doi:10.1038/nchem.1894 (b) “Protein chemistry: Catalytic amyloid fibrils” Aumüller, T.; Fändrich, M. Nat. Chem. 2014, 6, 273. doi:10.1038/nchem.1904
  2. “A structural model for Alzheimer’s β-amyloid fibrils based on experimental constraints from solid state NMR” Robert Tycko et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2002, 99, 16742. doi:10.1073/pnas.262663499
  3. (a) “Induction of peptide conformation at apolar/water interfaces: a study with model peptides of defined hydrophobic periodicity.” DeGrado, W. F. ; Lear, J. D. J. Am. Chem. Soc. 1985, 107, 7684. DOI: 10.1021/ja00311a076 (b) “Protein design, a minimalist approach.” DeGrado, W. F.; Wasserman, Z. R.; Lear, J. D. Science 1989, 243, 622. DOI:10.1126/science.2464850
  4.  (a) “Nanomechanics of functional and pathological amyloid materials” Knowles, T. P. J.; Buehler, M. J. Nature Nanotech. 2011, 6, 469. doi:10.1038/nnano.2011.102 (b) “Amyloids: Not Only Pathological Agents but Also Ordered Nanomaterials” Cherny, I.; Gazit, E. Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 4062. DOI: 10.1002/anie.200703133

関連書籍

[amazonjs asin=”1493929771″ locale=”JP” title=”Protein Amyloid Aggregation: Methods and Protocols (Methods in Molecular Biology)”][amazonjs asin=”B00PIHGYXC” locale=”JP” title=”アルツハイマー最新研究(ニューズウィーク日本版e-新書No.22)”]

外部リンク

 

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. トコジラミの話 最新の状況まとめ(2023年版)
  2. 一流化学者たちの最初の一歩
  3. 近況報告PartII
  4. 元素川柳コンテスト募集中!
  5. 最新プリント配線板技術ロードマップセミナー開催発表!
  6. 日本精化ってどんな会社?
  7. 不正の告発??
  8. 「ソーシャルメディアを活用したスタートアップの価値向上」 Blo…

注目情報

ピックアップ記事

  1. プラスチックに数層の分子配向膜を形成する手法の開発
  2. 第24回 化学の楽しさを伝える教育者 – Darren Hamilton教授
  3. 第139回―「超高速レーザを用いる光化学機構の解明」Greg Scholes教授
  4. 植物毒素の全合成と細胞死におけるオルガネラの現象発見
  5. やせ薬「塩酸フェンフルラミン」サヨウナラ
  6. 分子標的の化学1「2012年ノーベル化学賞GPCRを導いた親和クロマトグラフィー技術」
  7. 武田薬品、14期連続で営業最高益に
  8. 岡大教授が米国化学会賞受賞
  9. デヒドロアラニン選択的タンパク質修飾反応 Dha-Selective Protein Modification
  10. 化学研究ライフハック: Evernoteで論文PDFを一元管理!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

2024年ノーベル化学賞は、「タンパク質の計算による設計・構造予測」へ

2024年10月9日、スウェーデン王立科学アカデミーは、2024年のノーベル化学賞を発表しました。今…

デミス・ハサビス Demis Hassabis

デミス・ハサビス(Demis Hassabis 1976年7月27日 北ロンドン生まれ) はイギリス…

【書籍】化学における情報・AIの活用: 解析と合成を駆動する情報科学(CSJカレントレビュー: 50)

概要これまで化学は,解析と合成を両輪とし理論・実験を行き来しつつ発展し,さまざまな物質を提供…

有機合成化学協会誌2024年10月号:炭素-水素結合変換反応・脱芳香族的官能基化・ピクロトキサン型セスキテルペン・近赤外光反応制御・Benzimidazoline

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年10月号がオンライン公開されています。…

レジオネラ菌のはなし ~水回りにはご注意を~

Tshozoです。筆者が所属する組織の敷地に大きめの室外冷却器がありほぼ毎日かなりの音を立て…

Pdナノ粒子触媒による1,3-ジエン化合物の酸化的アミノ化反応の開発

第629回のスポットライトリサーチは、関西大学大学院 理工学研究科(触媒有機化学研究室)博士課程後期…

第4回鈴木章賞授賞式&第8回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ

計算科学,情報科学,実験科学の3分野融合による新たな化学反応開発に興味のある方はぜひご参加ください!…

光と励起子が混ざった準粒子 ”励起子ポラリトン”

励起子とは半導体を励起すると、電子が価電子帯から伝導帯に移動する。価電子帯には電子が抜けた後の欠…

三員環内外に三連続不斉中心を構築 –NHCによる亜鉛エノール化ホモエノラートの精密制御–

第 628 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院薬学研究科 分子薬科学専…

丸岡 啓二 Keiji Maruoka

丸岡啓二 (まるおか けいじ)は日本の有機化学者である。京都大学大学院薬学研究科 特任教授。専門は有…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP