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化学系プレプリントサーバ「ChemRxiv」の設立が決定

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2016年8月10日、米国化学会(ACS)は、プレプリントサーバー“ChemRxiv”を構築する意向を表明しました。

物理学のarXivや生命科学のbioRxivのように、正式な査読や出版に先立ち科学者たちがデータや結果を共有し多様な分野の探索ができるようにするものです。(引用:カレントアウェアネス・ポータル)

化学系プレプリントサーバ「ChemRxiv」(ケムアーカイブと読むようです)を、アメリカ化学会が立ち上げることになったそうです。

学術界の新たな成果発表プラットホームとして台頭しつつあるプレプリントサーバですが、それは一体どんなものであって、化学者にとってどんなメリットがあるのでしょうか。今回の記事では歴史・背景・特長などを交えつつ、プレプリント投稿について簡単に紹介してみます。

プレプリント投稿、プレプリントサーバって何?

preprint_chem_2

プレプリント(preprint)とは、査読を受けて正式発行される前の論文のことで、原則としてジャーナルに投稿する原稿と同じものを指しています。プレプリントの投稿を受付け、インターネットを介して不特定多数の研究者仲間に流通・共有させるプラットフォームとして使われるのが、プレプリントサーバです。

Nature Publishing Groupを初めとする学術出版社の多くは、プレプリントサーバでの公開を「発表」と見なさないルールを設けています。つまり、プレプリントサーバ上で改訂し、完成させた論文を学術誌に投稿し、査読を受けてよいことになっています。

論文がアクセプトされた後は、プレプリントサーバ上の文献情報と紐付けられた上で、プレプリントは役目を終えます。

プレプリント投稿による成果公開は、数学者・物理学者・コンピュータ科学者・経済学者などの間で、今や常識となっています。この目的には、arXiv(アーカイブ)と呼ばれるプレプリントサーバがよく使われます。化学者であっても、名前ぐらい聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。

これが現在どれぐらいの普及度にあるのか、ということを象徴する一例を取りあげておきます。

2011年現在、素粒子物理学(高エネルギー物理学)の論文の 97% は arXiv 上にあり、ほとんどの研究者はここで論文を読み、学術誌に出版された論文を読む研究者は10%以下しかいない。だから、この分野では学術誌は、もはや情報発信の役割を果たしていない(こちらより引用)

生命科学領域にも、bioRxiv(バイオアーカイブ)と呼ばれるプレプリントサーバがあります。こちらは2013年に立ち上がり、現在までに利用数は増加の一途を見せています。そして2016年、いよいよ化学分野でもプレプリントサーバChemRxivの立ち上げが決定したというわけです。

画像はNature News[1]より引用

画像はNature News[1]より引用

プレプリント投稿のメリットって何?

分野横断型の研究が盛んになり、かつ論文数が激増している中、従来型査読システムの弊害が各所で顕在化しつつあります。これは研究者側の問題では無く、出版プロセスの問題であり、科学的進歩の足を引っ張る事例も少なくありません。

こういった状況下にあって、プレプリント投稿を一旦挟む成果公開には、以下のような利点があるとされています。

●素早い情報交換が行える

時間のかかる査読プロセスをスキップして研究情報が交換できるのが最大のメリットです。

最近ではカスケード査読の導入により、幾分スピーディになったかも知れません。ただ、激重リバイズは相も変わらず存在し、論文の最終公開までにとても長い時間を要するケースも多くあります。特に生物寄りのテーマだと、リバイズに1年以上かかることはザラです。ここまでリソースを注ぎ込んでリジェクトを食らえば一から出直し・・・こうなった日には、全く目も当てられません。せっかくの新鮮な知見でも、公開が出版過程で遅れてしまったせいで新味が無くなってしまう・・・そんなことも少なくないのではないでしょうか。

もちろん査読前なので、専門家視点からのお墨付きを受けたものではありません。ゆえに内容の信憑性は、原則としてプレプリントの利用者自身が判断しなくてはなりません

ただこの点については査読論文であっても、事実上同じ解釈姿勢が研究者自身に求められています。専門査読といってもあくまで少数意見であり、偏っていることも普通にあるのです。だったらプレプリント投稿を自己判断でいいんじゃないの?時間の方が貴重だよ、となる人が増えてきても、さほどおかしくはないでしょう。

●先取権争いの問題が起こりにくい

先の話とも関係しますが、リジェクト後に再投稿すると、論文の投稿履歴(received date)は刷新されます。しかし「誰がいち早くゴールを切ったか」を読者が判断するための公式情報は、received dateしかありません。リジェクトを繰り返してしまうと、received dateはどんどん後ろにずれ込んでいきます。これを別の見方で捉えると、出版システムに起因して先取権認定時刻が意図せず遅められてしまうリスクがあることになります。

また、査読過程でライバルに論文が回ってしまうと、アイデアを盗まれてしまう懸念もあります。実にそういう事例は枚挙に暇がありません。

一方のプレプリント投稿では、投稿時に文献番号が付与され、投稿日時も記録されます。プレプリントは本質として未完成品ですから、完成に向けてアップデートされる必要があります。このリビジョン過程も、タイムスタンプとして全て記録されます。

このデータを一元管理することで、誰がどのタイミングでキー成果を発表したかが明確になり、先取権がクリアになるとされています。

筆者も某出版社の雑誌に投稿した際、複数の編集部間で論文がたらい回しにされる経験をしました。フォーマットの書き直しなども含めると、最初の査読に回るだけで数ヶ月もの時間が経ってしまってました。この間に他のグループから似た仕事出されたら一体どうなるんだよ!!・・・とする心理は、研究者ならご理解いただけるのではないでしょうか。こんな不安が低減されるだけでも、有難いことだと感じます。

●編集・出版・購読コストを抑えられる

学術誌の運営には、編集・校正のための人件費、紙への印刷費などがかかります。さらに現代ではその購読費用が高騰しており、契約を断念する研究機関も増えています。一つの解決法として期待されるオープンアクセス(OA)モデルも普及してきました。しかし中には大変高額な掲載料(例えばNature Communicationsはおよそ60万円!を請求されるケースもあり、費用面での改善はさほど感じられません。加えてたちの悪いことに、カスケード査読でたらい回しにされた結果の受け皿が高額なOA誌になっている「アリ地獄戦略」も出版社によって既に敷かれていたりと、なんとも笑えない話になっております。

一方のプレプリント投稿に必要とされるのは、究極的にはサーバの維持費だけです。サーバは寄付金やボランティアによって運営・管理される仕組みが採られています。学術的価値・クオリティのあまりに低いプレプリントは、運営スタッフによって除外され、質もある程度担保される仕組みになっています。

プレプリント投稿された論文はオープンアクセスとなり、世界の誰でもアクセス出来るようになります。購読料を払う読者しか情報にアクセス出来ない現行モデルに比べ、知の普及という側面でもメリットがあります。

日本の化学者もプレプリント投稿の準備をしておこう

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数物系・バイオ系での取り組み例を眺めても、プレプリント投稿が今後の化学者にとって対応必須のスタイルになることは間違いないことと思えます。査読・リバイズが長引く「生命科学寄りの化学」の増加が、ChemRxiv設立の背景にあると筆者は捉えています。研究潮流と成果発表スタイル(研究者間コミュニケーション)は、切っても切れない密接な関係があり、研究潮流がバイオ寄りになっていけば、その成果発表スタイルもバイオのそれに近づくことは必然だろう、と感じます。

不確か情報の氾濫は確かに懸念されますが、読まれることがない低IFジャーナル・ろくに査読されないハゲタカOAジャーナルの増加も、結局は同じ問題をはらんでいます。現行よりもコストパフォーマンスに優れ、各種問題解決に寄与するのであれば、プレプリント投稿が化学コミュニティで受け入れられない理由はないだろうと思われます。

しかしながらほとんどの化学者は、「プレプリントサーバって何じゃらホイ?」なレベルの現状理解では無いでしょうか。普及して上手く回り始めるまでには、しばらくのを要することでしょう。是非今のうちから理解を深め、準備を進めておきたいですね。

 

関連文献

  1. “Biologists urged to hug a preprint” Callaway, E.; Powerll, K. Nature 2016, doi: 10.1038/530265a
  2. “Chemists to get their own preprint server” Cressey, D. Nature 2016, doi:10.1038/nature.2016.20409

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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