[スポンサーリンク]

ケムステニュース

窒化ガリウムの低コスト結晶製造装置を開発

[スポンサーリンク]

科学技術振興機構(JST)は2019年11月15日、東京農工大学と大陽日酸と共同で進める産学共同実用化開発事業の開発課題「トリハライド気相成長法(THVPE法)による高品質バルクGaN成長用装置」の開発結果を成功と認定したと発表した。(JSTプレスリリース11月15日)

青色発光ダイオードは高品質なGaNの単結晶が必要不可欠で、それを製膜するプロセスを開発したことで赤﨑教授、天野教授、中村教授はノーベル化学賞を受賞しました。GaNにはもう一つの注目されている応用があり、それは電力をコントロールするパワーデバイスです。ノートPCを充電する時、ACアダプターを介してコンセントに接続していますが、ACアダプターの内部ではコンセントの交流からPC機器で使われる直流に変換しています。これを行っているのがパワーデバイスで、このほかにも直流から交流への変換交流の周波数変更、直流の電圧変更などを行う役割があります。この電力を変換することは電化製品やハイブリッド車、太陽光発電システム、電車など様々な所で使われています。従来のパワーデバイスには、他の半導体と同様にシリコンが使われていましたが、より高性能なパワーデバイスを開発するためにGaNをはじめとする新しい材料が研究されています。

トヨタ・プリウスの動力系システム、右上の箱がパワーコントロールユニットでバッテリーとモーターの間で電気をコントロールしている。

GaNは、パワーデバイスとして高速スイッチ動作や高耐圧大電流動作の点でシリコンよりも優れていますが、パワーデバイスに適した結晶基板を作ることが難しいことが課題となっています。シリコンの場合は、多結晶シリコンを溶かして単結晶のインゴットを作りスライスしてある程度の大きさの基板を一度にたくさん作ることができますが、GaNの場合には同様の方法では作れないため、異なる種類の基板の上に製膜し、それを一枚一枚はがす方法が主流となっています。厚く結晶を成長させて複数枚作ろうとすると品質が悪くなるため、現状よりも高効率で生産することは困難でした。そこで、GaNの結晶の品質を保ったまま膜厚を厚くできる技術の開発に成功したことが本研究のプレスリリースの内容です。

従来の方法では、液体のガリウムと塩酸を反応させてGaClを作り、そこにアンモニアを作用させてGaNを成膜していました(従来技術ハイドライド気相成長法HVPE)。

本研究では、液体のガリウムに塩素を反応させてGaCl3を作り、そこにアンモニアを作用させる機構を採用しました(新技術トリハライド気相成長法THVPE)。

その結果、成膜速度を大幅に向上させることに成功し、結晶の品質を示す転位欠陥も1×106毎立方センチメートル以下と従来法の5分の一になったそうです。

THVPE法(新技術)とHVPE法(従来法)の成長速度比較(引用:プレスリリース

従来の方法では膜を厚くすると反りが見られましたが、この方法では厚さ1.8mmでもフラットな結晶の基板を作ることに成功しました。この成功は、GaClとGaCl3の結晶表面での吸着の違いに起因し、GaCl3はGaへの立体障害が大きく、好ましくない吸着が高温条件下で阻害されるため高品質な結晶が生成していると考察されています。

新技術によって製膜したGaN基板(引用:プレスリリース

GaNの単結晶基板を効率的に製造する方法は、この方法以外にも研究されていて、アモノサーマル法と呼ばれるアンモニアの超臨界条件にしてGaNの結晶を析出させる方法や、高温高圧の溶融Na中でGaと窒素を反応させてGaNの結晶を成長させるフラックス法などが研究されています。各プロセスそれぞれ短所長所がありますが、本ニュースで取り上げている塩化物を経由した製造方法のほうが安全性の心配が少なく量産化の障壁が低いように感じました。

この反応方法は、東京農工大学 纐纈明伯教授のグループによって開発されました。その後、NexTEP:産学共同実用化開発事業として大陽日酸が量産化を見据えた装置の改良が進め、上記のような成果が得られたようです。産業用ガスの製造・販売の分野で大手である大陽日酸ですが、ガスだけでなくその関連するビジネスを行っています。例えば水筒で有名なTHERMOSは、大陽日酸が全額出資している会社で、液化ガスの貯蔵・運搬で重要な断熱技術を生かしたビジネスの一つです。半導体製造の分野では、材料ガスだけでなく製造装置も手掛けているため、この研究を行ったと考えられます。

大陽日酸が製造しているMOCVDによるGaN製膜装置(引用:製品情報

JSTNEDOでは様々な形の研究サポートが行われていますが、NexTEP:産学共同実用化開発事業では、大学等の研究成果に基づくシーズを用いた、企業等が行う開発リスクを伴う規模の大きい開発を支援することを目的としています。企業としてはできれば、開発すべてを自社の中で行い新技術の権利を独占して利益をすべて得ることが理想です。しかし開発に失敗した場合、かかった費用すべてを自社で賄うリスクが伴うため、せっかく有用な発見があっても事業化への開発が進められないことがあります。そこでNexTEPでは、企業に対して総額1億円以上、50億円以下の開発費の支援を行います。そして期間の終了後、評価委員会によって開発の成功・不成功が判定されます。成功と認定された場合には、10年以内の開発費の返済を求められますが、不成功と認定された場合には、開発費の10%のみを返済することになります。技術の開発は重要ですが、支援金の元は国民の税金ですから民間企業のビジネスに関わる過度な支出は認められません。企業としても、開発に失敗した場合には費用の返済を免れるためリスク回避ができます。課題のシーズの所有者には、売り上げの一部が配分されるため、新たな研究の原動力となります。現在8件の課題が終了し、すべての課題において成功の判定が下されています。企業からしてみれば技術開発の成功から先、量産化、新製品の販売と利益を出すまでの道のりは長いですが、ぜひ製品化までこぎつけてほしいと思います。

NexTEPのスキーム(引用:NexTEP:産学共同実用化開発事業

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4864431299″ locale=”JP” title=”はかる×わかる半導体 パワーエレクトロニクス編”] [amazonjs asin=”4789848485″ locale=”JP” title=”30MHz/10kWスイッチング!超高速GaNトランジスタの実力と応用(グリーン・エレクトロニクス No.18)”]

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. サクラの酵母で作った赤い日本酒を商品化に成功
  2. 新元素、2度目の合成成功―理研が命名権獲得
  3. 材料研究分野で挑戦、“ゆりかごから墓場まで”データフル活用の効果…
  4. 新薬と併用、高い効果
  5. 富山化学 新規メカニズムの抗インフルエンザ薬を承認申請
  6. 武田や第一三共など大手医薬、特許切れ主力薬を「延命」
  7. 分子素子の働き せっけんで確認
  8. 株式会社ユーグレナ マザーズに上場

注目情報

ピックアップ記事

  1. ウォルフガング-クローティル Wolfgang Kroutil
  2. 製薬外資、日本へ攻勢 高齢化で膨らむ市場
  3. (-)-MTPA-Cl
  4. 第110回―「動的配座を制御する化学」Jonathan Clayden教授
  5. 決め手はケイ素!身体の中を透視する「分子の千里眼」登場
  6. 光照射による有機酸/塩基の発生法:①光酸発生剤について
  7. テトラサイクリン類の全合成
  8. マラプラード グリコール酸化開裂 Malaprade Glycol Oxidative Cleavage
  9. ラリー・オーヴァーマン Larry E. Overman
  10. 【著者に聞いてみた!】なぜ川中一輝はNH2基を有する超原子価ヨウ素試薬を世界で初めて作れたのか!?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年12月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

第32回光学活性化合物シンポジウム

第32回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

熊谷 直哉 Naoya Kumagai

熊谷 直哉 (くまがいなおや、1978年1月11日–)は日本の有機化学者である。慶應義塾大学教授…

マシンラーニングを用いて光スイッチング分子をデザイン!

第657 回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点 (IC…

分子分光学の基礎

こんにちは、Spectol21です!分子分光学研究室出身の筆者としては今回の本を見逃…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP