[スポンサーリンク]

日本人化学者インタビュー

第17回 研究者は最高の実験者であるー早稲田大学 竜田邦明教授

[スポンサーリンク]

前回の野崎京子先生からかなり時間が空いてしまいましたが、大好評の日本人研究者へのインタビュー。第17回は早稲田大学 栄誉フェロー・名誉教授竜田邦明先生にお答えいただきました。竜田先生の専門は有機合成化学。主に糖質から抗生物質など様々な有用な生物活性物質を人工合成(全合成)する、その過程で新たな合成方法論や反応を開発するというご研究をされていました。匠ともいわれる合成研究の結果、国際会議等では度々「Dr. Total Synthesis (全合成博士)」と紹介されるようです。出身は医学部で途中から転部して有機化学の道に入り合成化学の楽しさに心を奪われたという竜田先生、どんな話が聞けるでしょうか。ぜひご覧ください!

 

Q. あなたが化学者になった理由は?

1953年、中学1年生の時に、WatsonとCrickによってDNAの構造が解明され、世界中が、DNAだ、遺伝子だ、これからは分子生物学だと一大ブームになっていた。子供の頃から昆虫や魚とりに夢中で、生命のなぞ解きに興味のあった私も、もちろん影響を受け、高校3年生の時に、分子生物学で有名な教授がいた慶応大学医学部を受験するようにすすめられた。

b9_DNA

 

無事、慶大医学部に進学したが、その教授から、今は遺伝子研究などの研究環境も、研究資金も、適当な指導者もいないので、日本では、あと数十年は無理だと言われた。化学も好きなら、有機化学を勉強しておくと、いずれ分子生物学に役立つと言われ、抗生物質で有名な梅澤純夫先生がいる工学部に転部することになった。その研究室を約25年後に継ぐことになろうとは夢にも思わなかったが。

4年生になる頃には、「化学で生命現象を語りたい」と思うようになり、梅澤研究室に進み、抗生物質の合成研究を始めた。結局、修士の時に、カナマイシンの絶対構造を明らかにし、博士課程で、その全合成も完成させた。化学者になる運命だったような気がする。

 

Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

上述の通り、はじめは遺伝子研究のための分子生物学を究めたかったので、生化学者になりたいと思うが、もう一度、有機合成化学者になって、やり残した研究をやってみたいとも思う。

 

Q.概して化学者はどのように世界に貢献する事ができますか?

現在、生活に関連するモノは、ほとんどが化学によって作られている。たとえば、ケイタイ電話の部品は、すべて化学製品である。それだけに、製造過程において、化学が環境に悪影響を与えてきたことも事実である。しかし、だからといった方がいいかもしれないが、この現状を改善、改良できるのも、化学の力である。化学の有効な利用法を世界の化学者が真剣に考え直す必要がある。

また、化学者(科学者)の使命は、広く一般に、化学(科学)の有用性と重要性を粘り強く、わかり易く伝えることである。化学者(科学者)の努力が理解してもらえていないために、化学(科学)が一般の人の認識と乖離してきていることが大問題である。

 

Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

1902年にノーベル化学賞を受賞したエミール・フィッシャーに会いたい。

フィッシャー投影式やフェニルヒドラジンの発見でも有名だが、何よりも、グルコース、マンノースなどの糖質の立体構造を解明したことが最大の功績である。私は糖質を不斉炭素源にして60種以上の天然生理活性物質の全合成を完成してきたが、現在でも、糖質の取り扱いは難しい。カラムクロマトもTLCもない時代に、糖質をいかにして精製し、単離したのか、なぜ糖質の研究を始めたのか、フェニルヒドラジンを反応させてヒドラゾンとして単離したと聞いてはいるが、その苦労話と自慢話を聞いてみたい。

Hermann Emil Fischer

Hermann Emil Fischer

 

Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

自分で手を動かして実験をした最後は、1975年7月に、Harvard大学でR.B.WoodwardのPosDoc(博士研究員)として、エリスロマイシンの全合成研究をしていた時に行ったニトリルオキシドと二重結合との[3+2]付加環化反応です。また、同時に行っていたカンファニルエステルの再結晶を10回も繰り返し、完全に光学活性な標品を合成したのも思い出す。

1_3_dipolar_1

しかし、昨年2011年3月に定年退職するまで、白衣を着て毎日研究室に最低2回は行って研究指導を続けた。現場第一主義なので、自分の目でTLCもNMRも確認しなければ納得できなかった。

研究者は、最高の実験者でなければならないと信じている。

 

Q. 次にインタビューをして欲しい人を紹介してください。

以前にもリクエストがあるようですが、東大名誉教授で現在南洋理工科大学教授である奈良坂紘一先生です。

 

竜田邦明教授の略歴

kuniaki_tatuta_photo竜田 邦明

早稲田大学 栄誉フェロー・名誉教授

1968年慶応義塾大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)後、1969年同大工学部助手となる。専任講師、助教授をへて1985年同大理工学部教授へと昇任。その間米国ハーバード大学留学(R.B. Woodward研究室)。

1993年早稲田大学大学院理工学研究科教授(現在の理工学術院)となり、現在に至る。

早稲田大学大学院理工学研究科長、早稲田大学高等研究所所長、日本化学会筆頭副会長などの要職を歴任。

主な受賞は有機合成化学協会賞(1998年)、日本化学会賞(2002年)、紫綬褒章(2002年)、藤原賞(2008年)、日本学士院賞(2009年)、有機合成化学特別賞(2013年)など多数。最近、米国化学会賞(The Ernest Guenther Award)の受賞が決まっている。

Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 第30回 弱い相互作用を活用した高分子材料創製―Marcus W…
  2. 第77回―「エネルギーと生物学に役立つ無機ナノ材料の創成」Cat…
  3. 第21回 バイオインフォ-マティクスによる創薬 – …
  4. 第160回―「触媒的ウィッティヒ反応の開発」Christophe…
  5. 第167回―「バイオ原料の活用を目指した重合法の開発」John …
  6. 第86回―「化学実験データのオープン化を目指す」Jean-Cla…
  7. 第31回「植物生物活性天然物のケミカルバイオロジー」 上田 実 …
  8. 第四回 分子エレクトロニクスへの展開 – AP de…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 亜鉛クロロフィル zinc chlorophyll
  2. 菅沢反応 Sugasawa Reaction
  3. ポール・ウェンダー Paul A. Wender
  4. 有機・高分子合成における脱”レアメタル”触媒の開発動向
  5. 【速報】2010年ノーベル物理学賞に英の大学教授2人
  6. 光で2-AGの量を制御する
  7. 官能基「プロパルギル基」導入の道
  8. 第29回「安全・簡便・短工程を実現する」眞鍋敬教授
  9. 2017年(第33回)日本国際賞受賞者 講演会
  10. MIT、空気中から低濃度の二酸化炭素を除去できる新手法を開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年10月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP