[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

無水酢酸は麻薬の原料?

[スポンサーリンク]

ヘロイン原料2トン、横浜港で押収 アフガン向け貨物
麻薬のヘロインの原料となる無水酢酸約2トンが、横浜市の横浜港からアフガニスタン向けに輸出される貨物の中から見つかっていたことが横浜税関への取材でわかった。同税関は関税法違反(無許可輸出)容疑で調べている。   税関によると、無水酢酸はタンクに入れられ、ほかの輸出品と一緒にコンテナに隠されていた。無水酢酸は今月12日にも、愛知県の名古屋港でアフガニスタン向けの自動車の中から約1トンが見つかり、24日には約1.4トンが押収された。   無水酢酸は麻薬のヘロインを製造する際、化学反応の過程で使われる(引用:朝日新聞)。

 

はじめはケムステニュースに書こうと思いましたが、何だかあまりにも化学がマイナスイメージになるのでやめました。確かに事実は間違ってはいないですが、情報を正しく「伝える」点においては腹立たしいほど事実と異なっています


「麻薬のヘロインの原料となる」
「無水酢酸は麻薬のヘロインを製造する際、化学反応の過程で使われる」

 

ヘロイン(heroin)はモルヒネ(morphine)を無水酢酸でアセチル化することによって得られます。それは間違いないです。大学の学生実験でも素人でもできるとても簡単な実験です。実際に学生実験でも大量の無水酢酸を使用しました。さらに、さっきまで筆者自身アセチル化の為に無水酢酸を使用していました。ただし、確かに”原料”ですがアフガニスタンに輸出するからというところから推測して麻薬の原料としか書かないのは誤解を招きます。麻薬の原料=持っている、使っているだけで危険、違法、さらには使っている人は危ない人とされかねません。無水酢酸自体は名前の通り酢酸(お酢)から水を脱水した化合物で、極めて安全な化合物です

 

morphine.gif
heroin.gif

 

何より、アセチル基(赤い部分)を導入するよい試薬であって、皆さんが必ず飲んだことがある鎮痛剤であるアスピリン(アセチルサリチル酸)の原料でもあり、アセチル化されている化学製品ならば、材料でも、医薬品でも、食物でも半数はこれをつかってアセチル化していると思います。

というわけで、ヘロインの原料という限定的な言い方は誤解を招く一因となり、書くなら、「医薬品や食物、化学工業製品の原料となる」などが適当だと思われます。

つまり無水酢酸が悪い訳ではなくて、それを許可無しに所有していて、なおかつ輸出しようとしたことが問題なのです。なぜ関係のないところを2度も強調するのでしょうか。強調するならば、法律違反であるところと、利用法は◯◯の可能性があるぐらいの書き方でよいはずです。書き方次第で悪になるような表現はやめて欲しいものです。

さらに、ここからは推測と意見ですが無水酢酸ぐらいなら万が一ヘロインの原料としての用途だとしても日本から輸出するメリットは全くないと思います。無水酢酸の原料がたくさんとれるという国でもないですし。それならば優秀な合成化学者を輸出すれば事足ります。おおよそマスコミが無水酢酸が特定麻薬向精神薬原料であるということをWikipediaなどで確認して勝手に書いたのでしょう。そんなこといったら研究室内は麻薬向精神薬原料だらけですし、試薬メーカーはブローカーみたいなものです(苦笑)。

ここまで書きましたが、通常はわからなくて当然だと思います。筆者だって経済や文学のことがニュースになっても、ああそうなのかと思うのみです。こんな時やはり優秀なサイエンスライター、もっといえばケミストリーライターがいれば、世の中の化学物質の関連した事件やニュースに関して的確に報道できるのにと思います。専門家に聞けばわかることですが、最低限その位は必要です。正直、研究よりも現在の複雑化された学問にはそれが一番重要なのではないかと考えさせられます。

 

関連リンク

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. Fmoc-N-アルキルグリシンって何ができるの?―いろいろできま…
  2. 日本語で得る学術情報 -CiNiiのご紹介-
  3. 水が促進するエポキシド開環カスケード
  4. ワイリーからキャンペーンのご案内 – 化学会・薬学会…
  5. メソリティック開裂を経由するカルボカチオンの触媒的生成法
  6. 実験を加速する最新機器たち|第9回「有機合成実験テクニック」(リ…
  7. シリカゲルはメタノールに溶けるのか?
  8. 尿から薬?! ~意外な由来の医薬品~ あとがき

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. クゥイリン・ディン Kui-Ling Ding
  2. 「アジア発メジャー」狙う大陽日酸、欧州市場に参入
  3. シリリウムカルボラン触媒を用いる脱フッ素水素化
  4. スポットライトリサーチ まとめ【初回〜第200回まで】
  5. オンライン会議に最適なオーディオ機器比較~最も聞き取りやすい機器決定戦~
  6. 水分解 water-splitting
  7. 化学探偵Mr.キュリー9
  8. PACIFICHEM2010に参加してきました!①
  9. 【ケムステSlackに訊いて見た④】化学系学生の意外な就職先?
  10. つり革に つかまりアセる ワキ汗の夏

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年2月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
232425262728  

注目情報

最新記事

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP