[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

電気化学的HFIPエーテル形成を経る脱水素クロスカップリング反応

[スポンサーリンク]

第151回のスポットライトリサーチは、東京農工大学農学府・千葉一裕研究室今田泰史 (いまだ やすし)さんです。

Waldvogel研究室(マインツ大学)では電気化学を活用した複雑化合物の有機合成反応開発を主眼とした研究に取り組んでいます。今田さんはWaldvogel研に短期留学され、完結させた仕事を第一著者論文として報告。本成果はAngew. Chem. Int. Ed.のVIP (very important paper)に選ばれました。環境調和型合成などの文脈から近年改めて注目を集める電解有機合成ですが、その先端的成果をご覧いただければと存じます。

“Metal‐ and Reagent‐Free Dehydrogenative Formal Benzyl–Aryl Cross‐Coupling by Anodic Activation in 1,1,1,3,3,3‐Hexafluoropropan‐2‐ol”
Imada, Y.; Röckl, J. L.; Wiebe, A.; Gieshoff, T.; Schollmeyer, D.;  Chiba, K.; Franke, R.; Waldvogel, S. R. Angew. Chem. Int. Ed. 2018, doi:10.1002/anie.201804997

Q1. 今回達成されたのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください

電気化学的手法を用いた、4-メチルフェノール誘導体のベンジル位でのクロスカップリング反応の開発です。

第1段階目の反応として、陽極2電子酸化によって中間体(キノンメチド)を生成させ、ベンジル位選択的に1,1,1,3,3,3-hexafluoropropan-2-ol (HFIP)を付加させます。ここで、HFIP (pKa=9.3)よりもpKaの大きな塩基(DIPEAなど)を添加してHFIPを脱プロトン化するのが鍵となります。HFIPエーテル中間体は単離も可能で、ベンジルハロゲンよりも安定な中間体となっているので扱いも容易です。続く2段階目の反応として、酸触媒(ブレンステッド酸またはルイス酸)によりC-O結合を活性化し、求核剤(芳香環/複素環)をフェノール誘導体のベンジル位へ付加させることで、カップリング体を得ます。スケールアップや天然化合物などを用いたLate-stage functionalizationも実現することができました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本反応の有用性を示すべく、基質選択の段階から注意を払いました。ただ闇雲にtableの誘導体数を増やすのではなく、できる生成物の骨格を事前によく考え、天然化合物に見られる構造や生理活性物質の重要骨格など、できる限り反応の価値を訴求できるものを選択しました1)。フェノール誘導体とBenzo[b]thiopheneのベンジル位でのカップリング体は、40 mmolでのスケールでも良好な収率で得られる(収量: 6.9 g)ことがわかり、産業スケールへの応用も期待できるのではないかと考えています。また、複数の天然物を求核剤として用い、late-stage functionalizationとしての応用も可能であることを示せて終われたのも良かったです。自己満足で終わらず、誰かが使いたくなるような反応開発をしたい想いがあったので、今回のプロジェクトはやりがいとしても大きなものがありました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

1段階目の反応において、フェノール誘導体のオリゴマー/ポリマー化を抑制し、目的のベンジルHFIPエーテルの形成を選択的に行った点です。通常、陽極酸化により無保護のフェノールを活性化しようとすると、容易にポリマー化が進行してしまい、電極表面にポリマーが蓄積してしまいます。HFIPエーテルの形成は少数ながら過去にも報告がありました2)。しかし、HFIPはその求核性の低さが売りの溶媒でもあり、フェノールの高い求核性を考慮すると、HFIPの付加よりもフェノール同士の反応が支配的になるのは当然です。そこで、HFIP(pKa=9.3)よりもpKaの大きな塩基(DIPEAなど)を添加してあらかじめHFIPアニオンの濃度を高めておくことで、HFIP付加が進行し易くなると考えました。陰極還元でもHFIPアニオンは生成しますが、やはり塩基の添加が必須でした。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今後は生体分子(核酸など)なども扱い、自分が特に精通している有機電気化学の知見と技術を組み合わせて、研究領域を広げていきたいと考えています。その過程で、事業性のあるものを生み出し産業的な価値も提案していける化学者になりたいです。
また、大きな野望ではありますが、もっと先の将来(50代になる頃)には政治家となって、日本を今以上にサイエンス&テクノロジーの研究をリードしていける国にしたいと考えています。教育制度や研究機関の改革も行い、科学研究に潤沢な資金を充てられる経済システムを作り上げたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

まだまだ未熟な化学者の卵ではありますが、自分たちの研究成果が一人でも多くの化学者の関心を得られるような(そしてインスピレーションを与えられるような)研究を行っていきたいと考えています。学会などで読者の皆様とお会いする機会がございましたら、化学の話題から雑談までざっくばらんに議論させてください。今後ともよろしくお願いいたします。

参考文献

  1. T. A. Grese, S. Cho, H. U. Bryant, H. W. Cole, A. L. Glasebrook, D. E. Magee, D.L. Phillips, E. R. Rowley, L. L. Short, Bioorg. & Med. Chem. Lett. 1996, 6, 201–206.
  2. a) Gieshoff, T.; Kehl, A.; Schollmeyer, D.; Moeller, K. D.; Waldvogel, S. R. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 12317-12324. b) T. Tajima, H. Kurihara, S. Shimizu, H. Tateno, Electrochemistry 2013, 81, 353–355.

研究者の略歴

名前:今田 泰史 (いまだ やすし)
所属:東京農工大学 農学府 応用生命化学専攻 生物有機化学研究室 (指導教員: 千葉一裕 教授) 博士課程1年
日本学術振興会特別研究員 (DC1)
研究テーマ: 電気有機化学、有機合成化学

 

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. アブノーマルNHC
  2. アイルランドに行ってきた②
  3. 塩基と酸でヘテロ環サイズを”調節する”
  4. iPhoneやiPadで化学!「デジタル化学辞典」
  5. 磁性流体アートの世界
  6. NMRの測定がうまくいかないとき(2)
  7. ~祭りの後に~ アゴラ企画:有機合成化学カードゲーム【遊機王】
  8. タンパク質を華麗に模倣!新規単分子クロリドチャネル

注目情報

ピックアップ記事

  1. マテリアルズ・インフォマティクスにおける分子生成の基礎
  2. キレーション療法ってなに?
  3. 細菌ゲノム、完全合成 米チーム「人工生命」に前進
  4. ポンコツ博士の海外奮闘録XX ~博士,日本を堪能する② プレゼン編~
  5. 世界最大級のマススペクトルデータベース「Wiley Registry」
  6. 化学業界と就職活動
  7. 巨大複雑天然物ポリセオナミドBの細胞死誘導メカニズムの解明
  8. 三菱化学の4‐6月期営業利益は前年比+16.1%
  9. 高分子材料中の微小異物分析技術の実際【終了】
  10. ダイセル発、にんにく由来の機能性表示食品「S-アリルシステイン」

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年7月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

【書籍】Pythonで動かして始める量子化学計算

概要PythonとPsi4を用いて量子化学計算の基本を学べる,初学者向けの入門書。(引用:コ…

ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2024年版】

今年もノーベル賞シーズンが近づいてきました!各媒体からかき集めた情報を元に、「未…

有機合成化学協会誌2024年9月号:ホウ素媒介アグリコン転移反応・有機電解合成・ヘキサヒドロインダン骨格・MHAT/RPC機構・CDC反応

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年9月号がオンライン公開されています。…

初歩から学ぶ無機化学

概要本書は,高等学校で学ぶ化学の一歩先を扱っています。読者の皆様には,工学部や理学部,医学部…

理研の研究者が考える“実験ロボット”の未来とは?

bergです。昨今、人工知能(AI)が社会を賑わせており、関連のトピックスを耳にしない日はないといっ…

【9月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】有機金属化合物 オルガチックスを用いたゾルゲル法とプロセス制御ノウハウ①

セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチック…

2024年度 第24回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞 候補業績 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブル ケミストリー ネットワーク会議(略称: …

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

開催日時 2024.09.11 15:00-16:00 申込みはこちら開催概要持続可能な…

第18回 Student Grant Award 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブルケミストリーネットワーク会議(略称:JAC…

杉安和憲 SUGIYASU Kazunori

杉安和憲(SUGIYASU Kazunori, 1977年10月4日〜)は、超分…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP