[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

タングトリンの触媒的不斉全合成

[スポンサーリンク]

tangutorine_1.gif

Catalytic Asymmetric Total Synthesis of Tangutorine
Nemoto, T.; Yamamoto, E.; Franzen, R.; Fukuyama, T.; Wu, R.; Fukamichi, T.; Kobayashi, H.; Hamada, Y. Org. Lett. 2010 ASAP.  doi:10.1021/ol902929a

千葉大薬学部の濱田康正教授らによる合成です。タングトリンは中国産薬用植物・白刺(ハクシ、Nitraria tangutorum)  の葉から単離される細胞毒性・抗癌活性を示すアルカロイドです。

ラセミ体での全合成は報告されているものの不斉全合成は未達成であり、今回の報告では彼らが独自開発した不斉触媒反応を武器に、初の不斉全合成へとアプローチし、見事達成しています。


この多環性骨格にどうアプローチして行くか――トリプタミンが入手容易であること、C-N結合がC-C結合に比べて切りやすいことを考えると、おそらくPictet-Spengler環化を鍵とする、下記のような収束的逆合成を、即座に思いつくことでしょう。このルート設定をすれば、どのように右パートの不斉点を制御するか、ということが一つキーポイントになります。

tangutorine_2.gifこの点で彼らは、独自開発したPd-DIAPHOX触媒系[1]を用いる、Baylis-Hilmann付加体への不斉アリル位アミノ化反応[2]を武器としています。
tangutorine_3.gifDIAPHOXはアスパラギン酸から容易に大量合成される不斉配位子です。これはマスクされた形のリン配位子とみなすことができます。シリル化剤(BSA)を加えることで異性化が起こり、キラルホスフィンが系中生成してくる設計になっています。

tangutorine_4.gifリン化合物は得てして酸素に弱く、取扱い困難なものも少なくありません。一方でDIAPHOXのようなホスフィンオキシド型化合物は安定であり、特別なケアを必要とせず合成・保存可能です。もちろんメリットがある一方で、BSAなど本来なくても良いはずの試薬を過剰量加えねばなりません。試薬間干渉
によって適用範囲が狭まってしまう可能性も考慮が必要です。

ともあれ、アミン部根元の立体は、Pd-DIAPHOX触媒による不斉アミノ化反応にて制御可能です。その後すこしばかりの変換を得て、Sharpless酸化→ヒドリドによるエポキシド開環によってとなりの炭素不斉点を構築しています。

tangutorine_5.gifPictet-Spengler環化では、残念ながら立体制御に難があったようです。undesiredな異性体も迂回ルートで最終物に持っていけるとのことですが・・・ここが綺麗に決まっていれば・・・惜しいところですね。

tangutorine_6.gif全体的にトリッキーな変換は多くありませんが、基本が間違いなく押さえられたルートと見受けられました。

ところどころ官能基変換が冗長ですが、これは得てして不斉触媒適用型の全合成に見られがちなこととも思えます。
仮にですが、上記逆合成スキーム中央で示したようなものに類する化合物に対して、不斉アミノ化反応が適用できるならば、官能基変換は最小限に抑えられるように思います。

つまりは“適用基質の制限”がその根源的理由として考えうるわけですね。

この事実と合成ルートを眺めて、「ルートが汚くなりがちだから不斉触媒は使えない」とネガティブに見なしてしまうか、「このポイントを改善すればとても斬新なルートに出来る」とポジティブに捉えるか・・・このあたりは「何を目指しての全合成なのか」という、研究者のヴィジョン次第と言えそうです。

いずれにせよ、「不斉触媒にすり寄った基質デザイン」を考えなくて良いほど一般性ある実用的触媒反応というのは、今後とも開発が望まれるものの一つといえそうですね。

  • 関連文献
[1] (a) Nemoto, T.; Matsumoto, T.; Masuda, T.; Hitomi, T.; Hatano, K.; Hamada, Y. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 3690. DOI: 10.1021/ja031792a (b) Nemoto, T.; Masuda, T.; Matsumoto, T.; Hamada, Y. J. Org. Chem. 2005, 70, 7172. DOI: 10.1021/jo050800y

[2] Nemoto, T.; Fukuyama, T.; Yamamoto, E.; Tamura, S.; Fukuda,
T.; Matsumoto, T.; Akimoto, Y.; Hamada, Y. Org. Lett. 2007, 9, 927. DOI: 10.1021/ol0700207

  • 関連リンク

千葉大薬学部・濱田康正研究室

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. SNS予想で盛り上がれ!2022年ノーベル化学賞は誰の手に?
  2. お”カネ”持ちな会社たちー2
  3. 新しい太陽電池ーペロブスカイト太陽電池とは
  4. ご注文は海外大学院ですか?〜準備編〜
  5. 【日産化学 23卒/Zoomウェビナー配信!】START you…
  6. カブトガニの血液が人類を救う
  7. 創薬に求められる構造~sp3炭素の重要性~
  8. Nature主催の動画コンペ「Science in Shorts…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ポンコツ博士の海外奮闘録XVII~博士,おうちを去る~
  2. 3Mとはどんな会社? 2021年版
  3. 医薬品の合成戦略ー医薬品中間体から原薬まで
  4. 米国の化学系ベンチャー企業について調査結果を発表
  5. 【22卒就活スタートイベント】Chemical Live(ケミカルライブ)10/31(土)・11/1(日) YouTubeライブ配信!
  6. 薬が足りない!?ジェネリック医薬品の今
  7. 研究室の大掃除マニュアル
  8. 製薬産業の最前線バイオベンチャーを訪ねてみよう! ?シリコンバレーバイオ合宿?
  9. 光誘導アシルラジカルのミニスキ型ヒドロキシアルキル化反応
  10. Density Functional Theory in Quantum Chemistry

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728

注目情報

最新記事

十全化学株式会社ってどんな会社?

私たち十全化学は、医薬品の有効成分である原薬及び重要中間体の製造受託を担っている…

化学者と不妊治療

これは理系の夫視点で書いた、私たち夫婦の不妊治療の体験談です。ケムステ読者で不妊に悩まれている方の参…

リボフラビンを活用した光触媒製品の開発

ビタミン系光触媒ジェンタミン®は、リボフラビン(ビタミンB2)を活用した光触媒で…

紅麹を含むサプリメントで重篤な健康被害、原因物質の特定急ぐ

健康食品 (機能性表示食品) に関する重大ニュースが報じられました。血中コレステ…

ユシロ化学工業ってどんな会社?

1944年の創業から培った技術力と信頼で、こっそりセカイを変える化学屋さん。ユシロ化学の事業内容…

日本薬学会第144年会付設展示会ケムステキャンペーン

日本化学会の年会も終わりましたね。付設展示会キャンペーンもケムステイブニングミキ…

ペプチドのN末端でのピンポイント二重修飾反応を開発!

第 605回のスポットライトリサーチは、中央大学大学院 理工学研究科 応用化学専…

材料・製品開発組織における科学的考察の風土のつくりかた ー マテリアルズ・インフォマティクスを活用し最大限の成果を得るための筋の良いテーマとは ー

開催日:2024/03/27 申込みはこちら■開催概要材料開発を取り巻く競争や環境が激し…

石谷教授最終講義「人工光合成を目指して」を聴講してみた

bergです。この度は2024年3月9日(土)に東京工業大学 大岡山キャンパスにて開催された石谷教授…

リガンド効率 Ligand Efficiency

リガンド効率 (Ligand Efficacy: LE) またはリガンド効率指数…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP