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18万匹のトコジラミ大行進 ~誘因フェロモンを求めて②~

Tshozoです。①の続き、さっそく行きます。

読んでるだけで体が痒くなりそうなトコジラミの生態と外観は①でよくお分かりになったと思います。ちなみに猫とか犬とかのペットにも寄ってきます。あとカメムシの仲間なんで潰すと臭いです。動きも早いです。要は最悪です。

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しつこいようですがもう一度ベッド下のトコジラミコロニーの「Extreme Case」
参考文献”Bed Bugs Presentation” より、BedbugfoundationのDr. Naylor氏による写真

今回論文の要旨

(以下、当該論文、Physorg.com 殿、及びsurreyleader.com殿の記事内容を参考にしました)

 まず研究者の紹介から。今回の論文はカナダの著名大学であるSimon Fraser大学生命科学研究科のProf. G. Gries夫妻を中心とする研究室Robert Britton氏の研究室、及び同国ビクトリア州の企業Contech Enterprises社によるチームによるものです。Simon Fraser大学はその研究レベルの高さはもちろん、数々の映画のロケ地として利用されていることで有名です。

 もともと昆虫由来化学物質でパイオニアでもあったGries教授は8年前に本研究をプランニングし、研究開始から2年後の2008年の時点で既に候補となる誘引ホルモン成分の絞り込みを完了させていました(論文はこちら)。ところが、「Aggregation」つまり集合(誘引)フェロモンは概ねわかったものの、実地テストではあんまり効果はなかったようで、2008年に上述の1報が出て以来、全く関係論文は出ていません。相当に苦戦していたのだろうと推測されます。

 そこで誘引するだけではアカンと考え、同教授が注目したのが、「Arrestment」つまり足止めフェロモン。論文中では”A missing “contact” phormone component”として表現していますが、これが不明のキーパーツとして残っていました。ネコに例えると、おびき寄せる「魚の臭い」はわかったものの、夢中でじゃれつくような「マタタビの臭い」は わからない状態だったわけです。このフェロモンを抽出するため、同教授はトコジラミの生態をよく観察し、上記のコロニーに存在する「脱皮殻(exuviae)」に目をつけました。写真をよーく見てもらうとわかるのですが、大量の抜け殻と血糞が存在することがわかります。

 そして18,000個(!!!)の脱皮殻から有機溶媒(メタノール)で成分を抽出、その成分の大部分をしめたヒスタミンが足止めフェロモンのキーであることを見出します。このヒスタミンは揮発しにくい、つまり「その場に留まりやすい」ことが重要であると記載してあります。

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 しかし、このヒスタミンと、従来研究から探し出した複数の誘引剤を合わせただけでは効果は不十分でした。その誘引性が不足していたのです。チームはさらに研究を続け、コロニーにある「血便」すらも分析の対象とします。そしてこの血便内に存在した揮発性の有機物を3種特定し、ようやく実地テスト(Field experiments)で極めて高い効果を示す疑似餌(集合+足止め)が完成したことになります。なお下図の集合成分を見てもらうと、揮発しやすい材料で出来ており、足止めフェロモンとは対照的ですね。

bedbug_21

イオンクロマトでのデータを見ると
ケトン・アルデヒド系の
後者の3つが微量で相当検出しにくかった模様

 これらの8年以上にわたる研究の結果調合された集合・足止めフェロモンの効果はばつぐんで、トコジラミの成虫も幼虫も、しかも雄雌の区別なく非常に効果的に誘引・留置きできる素晴らしい効果を発揮することがわかっています。しかも疑似餌1個あたりのお値段たったの12円(10 cents)! 現在、1軒まるごとでの駆除費が相当額(少なくともン十万円/回、年間フル管理にすると6000万円レベル)かかっていることを考えると、なんという経済的な疑似餌でしょうか。

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代表的な実地テストの結果 本論文及びS.I.より編集して引用(簡単のため統計値は省略)
ミックスすることで偽薬はもちろん、足止めフェロモン単独に比して大きな集合・足止め性能を発揮

 なお、不思議なことに上記の成分のうちどっちが/どれが欠けても有効性を発揮できず、また後者のうちアルデヒド・ケトン系は高濃度すぎるとアカン(トコジラミにとって「不快」(repellent」)臭いとなるようです。おそらく最適値があるのでしょうが、最適でない配合でも実地テストで20匹以上誘き寄せる(目視で1匹程度の存在が確認された住居での話です)その効果は大きなポテンシャルを示すものと考えられます。

 以上が本論文の成果でした。

本論文が仕上がった裏話

・・・というように書くと結構単純な天然物抽出系のお話の気がしますが、何せ相手は小さな小さな昆虫。上記の分子構造を特定するのに一体どれだけの数のトコジラミを育てておく必要があったやら、と考えるとゾッとしますが、参考文献(physorg.com殿)にはキッチリ書いてました。虫の数ではなく、刺された回数ですが。その数なんと

180,000回/1人

/1人と書きましたが、実際にはたった1人がこの回数咬まれたからです。それがGries教授の奥さん、Regiene Griesさん(下写真)です。

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ちょっとドヤ顔な気がしますが18万回なら仕方ありません
写真はsurreyleader.com殿より引用

 なんでこんな回数咬まれて大丈夫だったかと言うと、大丈夫だったからです。

・・・何を言っているかというと、一般の方が咬まれて酷く痒くなるのに対し、この方、トコジラミに咬まれてもほとんど痒くならないという体質を持っていたのでした。

確かに、蚊に刺されるだけでブワッと刺された箇所が腫れ上がる人と小さく腫れる人がいますね。今回のRegieneさんの場合、特に痒みの原因となるトコジラミの唾液に対して、ほとんど反応性が無かったことが幸いしたとのことです。そしてその方が一般家庭の主婦としてではなく、同研究室に、研究スタッフとして居た。何たる幸運でしょう。

また、参考サイトのphysorgの一番最後に書いてある同女史のコメントがまた素晴らしいものです(日本語は筆者が意訳)。

“I’m not too thrilled about this,” admits Regine, “but knowing how much this technology will benefit so many people, it’s all worth it.”

「(飼育のためトコジラミに血を吸わせ続けるのは)あまり気分の良いものではないけど、この技術が多くの人に貢献するに違いないと思ってるから、それが全てよ」

こうした理解ある「痒くならない」協力者、そしてスタッフのレベルの高い観察力と分析力に支えられてトコジラミを育てること30ヵ月、今回の成果につながったわけです。

・・・唐突ですが、筆者はG. Whitesides教授を心底尊敬しており、研究成果は論文としてきちんとスジが通った、「研究者が読みやすい」Articleとして発表すべきだと当然ながら思っております。

しかし、年齢を重ねるごとに、その成果に至った「本当の核心」が何だったか、も論文に加えて何らかの形で示してもらう必要があるのではないかと考えるようになりました。

例えば今回のケースにおいては論文上ではポイントはヒスタミンを見つけるところだった、という流れになっていますが、実際に一番苦労したのはアルデヒド・ケトン系の成分を見つけることだったようです(Physorg.comでのインタビューによる)。ある意味無味乾燥な論文からはどうしても見つけられない「核心」を、今回のようにインタビューとして提示してくれることは、成果が「人の物語」となるのに重要なのではないでしょうか。

ただ一歩間違えると例のくだんの件のようになってしまうので、それには必ず「裏取り」が必要なことも重々、肝に銘じておかねばならんとも思いました。加えて今回これを読んでて、くだん( )の「200回以上成功しました」という200回がどれだけちっぽけな数字か、アホくさくなったのは内緒です。

最後に本論文のメインスタッフの写真を貼って、本件を閉めたいと思います。同研究室ではContech Enterprises社と協力して製品化への仕上げを行っているとのこと。是非とも、廉価で効果的なトコジラミ駆除剤へとつなげて頂きたいと願います。

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左上段がRobert Britton博士, 右上段がGerhard Gries 教授、
下段の女性が我らがRegiene Gries 女史 写真はPhysorg.comより引用

 それでは今回はこんなところで。

 

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Tshozo

Tshozo

メーカ開発経験者(電気)。54歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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