[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

触媒的C-H活性化型ホウ素化反応

[スポンサーリンク]

 

先日、John F. Hartwig教授(イリノイ大学ウルバーナ・シャンペーン)の講演を聴いてきました。

Hartwig教授は金属触媒を用いる斬新な有機合成反応開発をテーマとする、世界的に著名な研究者です。

Buchwald-Hartwigクロスカップリングの開発により一躍有名になりました。彼の名を冠するこの人名反応は、材料・医薬など分野を選ばず、世界中で広く使われる反応の一つとなっています。Hartwigラボのプロダクティビティは極めて高く、オリジナリティ高い触媒・反応が続々と報告され続けています。

今回の講演では、ロジウム・イリジウム触媒を用いるC-H結合活性化型ホウ素化反応[1]をメインに話しておられました。

ロジウム触媒

hatwig_lect_1.gif何の官能基も存在しない直鎖アルカンにおいて、末端位選択的にC-Hホウ素化が起こせる大変斬新な反応です。Science掲載の栄誉[2]を獲得したのも全く不思議ではありません。

メカニズムはまだ明確になってない箇所が多く、現在でもその機構解析研究は続けられているようです。それに関する論文が近年公表[3]されており、講演ではそれについてしゃべっておられました。金属触媒のメカニズムを解説しようとすると、得てして話が複雑になりがちなのですが、彼の説明は大変上手く、クリアで分かりやすいプレゼンでした。

詳細は論文を読んでいただくとして、要点だけ解説します。
Cp*ロジウム錯体とジボランが反応することで、まずはロジウムヒドリドボリル錯体が生成します。これからピナコールボランが脱離し、配位不飽和16電子錯体が生成してきます。これがσ-bond metathesis型経路でC-H結合活性化に関与します。(2010.2.20訂正)

hatwig_lect_2.gif
なぜ末端アルキルだけに選択的に進行するのか、ということに関しても謎が多い模様。H/D同位体交換実験などによれば、一級C-H・二級C-Hどちらも可逆的活性化されるようですが、一級のほうがより反応性が高い。またC-B結合生成過程は二級アルキルの方が圧倒的に遅く、計算からも二級C-Hのほうがより高エネルギー経路をとるそうで、それゆえ一級選択的に進むのではないか、とのこと。

hatwig_lect_3.gif

イリジウム触媒

hatwig_lect_4.gif

北大の宮浦・石山らと共同開発によるイリジウム触媒を用いるC-Hボリル化[4a]。この反応も大変実用的であり、数々の基礎研究へと応用されている知る人ぞ知る触媒です。

立体要因の影響を強く受ける反応であり、他の方法では難しいメタ位選択的な官能基化が可能です。最近ではヒドロシランがDirecting Groupとして働き、オルト位ホウ素化を起こせること[4b]も示されています。ちなみに触媒サイクルは以下のような感じになってます。複雑ですね~。

hatwig_lect_6.gifこのあたりまでは筆者もフォローしてたのですが、最近ではさらに進展が見られるようです。

電子供与性のより高い配位子を使うことで、ボリル化の反応性を飛躍的に上げられるようです。特にフェナントロリン系のリガンドを使う事で、C-H活性化型シリル化までもが行くようになったとか。preliminaryなデータながら、sp3炭素上のC-H結合活性化もOKとなっている事実を示していました。
hatwig_lect_5.gifunpublished resultを多めに話してたので詳しくは述べませんが、近く報告されるだろう論文を楽しみにしていてください。

 

おわりに

単に「試薬を混ぜて上手くいくコンビネーションを見つけて論文にしました、おしまい!」といった仕事は、世界中に実は数多く存在します。もちろんオリジナルな発見のためにそうせざるを得ない現実は、仕方ないところです。一方でそんな仕事の進め方ばかりしている化学者は、「混ぜ屋」と呼ばれてしまい、サイエンティストとしては高い評価を受けなくなりますす。

Hartwigラボでは複数のプロジェクトが走っていますが、いずれも息の長いケミストリーに仕上がっています。
「混ぜ屋」達と一線を画する点は、やはり反応機構解析を相当な厚みで行っている点にあるのでしょう。中間体結晶構造解析・速度解析・NMR実験・計算化学などを多角的に詰め、得られた基礎的知見に基づき、次の触媒開発へとつなげていく・・・一見して地味なプロセスですが徹底されています。こういったスタイルこそ、Hartwigケミストリーの真骨頂なのでしょう。
それでいてアピール・プレゼンするときには、細かい点をそぎ落とし、分かりやすく解説する・・・この姿勢は見習うべきでしょう。

彼の仕事が各方面から高く評価される研究に仕上がってるのは、このような基礎研究を丁寧にやってるからこそ、なのでしょうね。
余談ですが彼のプレゼンは、スライド毎にそれぞれ違ったJACSScience論文がreferenceとしてついていることも珍しくない・・・まったくとんでもないですな。

 

関連文献

[1] Hartwig, J. F. et al. Chem. Rev. 2010, 110, 890. doi:10.1021/cr900206p

[2] Chen, H.; Schlecht, S.; Semple, T. C.; Hartwig, J. F. Science 2000, 287, 1995. doi:10.1126/science.287.5460.199

[3] (a) Hartwig, J. F.; Cook, K. S.; Hapke, M.; Incarvito, C. D.; Fan, Y. B.; Webster, C. E.; Hall, M. B. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 2538. doi:10.1021/ja045090c (b) Wei, C. S.; Jimenez-Hoyos, C. A.; Videa, M. F.; Hartwig, J. F.; Hall, M. B. J. Am. Chem. Soc. 2010, ASAP. doi:10.1021/ja909453g

[4] (a) Ishiyama, T.; Takagi, J.; Ishida, K.; Miyaura, N.; Anastasi, N. R.; Hartwig, J. F. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 390. DOI: 10.1021/ja0173019 (b) Boebel, T. A.; Hartwig, J. F. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 7534. DOI: 10.1021/ja8015878

 

関連書籍

関連リンク

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 求電子的インドール:極性転換を利用したインドールの新たな反応性!…
  2. Reaxys PhD Prize 2016ファイナリスト発表!
  3. CRISPRの謎
  4. 米国版・歯痛の応急薬
  5. 第五回ケムステVプレミアレクチャー「キラルブレンステッド酸触媒の…
  6. 健康的なPC作業環境のすすめ
  7. 「ELEMENT GIRLS 元素周期 ~聴いて萌えちゃう化学の…
  8. 酵素発現領域を染め分ける高感度ラマンプローブの開発

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. セールスコピー大全: 見て、読んで、買ってもらえるコトバの作り方
  2. 危険物データベース:第3類(自然発火性物質および禁水性物質)
  3. ゼロから始める!量子化学計算~遷移状態を求める~
  4. シンポジウム・向山先生の思い出を語る会
  5. ビナミジニウム塩 Vinamidinium Salt
  6. 果たして作ったモデルはどのくらいよいのだろうか【化学徒の機械学習】
  7. 「人工知能時代」と人間の仕事
  8. アジリジンが拓く短工程有機合成
  9. 高分子と高分子の反応も冷やして加速する
  10. 第21回 バイオインフォ-マティクスによる創薬 – Heather Carlson

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728

注目情報

最新記事

超塩基に匹敵する強塩基性をもつチタン酸バリウム酸窒化物の合成

第604回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの宮﨑 雅義(みやざぎ…

ニキビ治療薬の成分が発がん性物質に変化?検査会社が注意喚起

2024年3月7日、ブルームバーグ・ニュース及び Yahoo! ニュースに以下の…

ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―

第603回のスポットライトリサーチは、ティエムファクトリ株式会社の上岡 良太(うえおか りょうた)さ…

有機合成化学協会誌2024年3月号:遠隔位電子チューニング・含窒素芳香族化合物・ジベンゾクリセン・ロタキサン・近赤外光材料

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年3月号がオンライン公開されています。…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。第一弾・第二弾につづいて…

ペロブスカイト太陽電池の学理と技術: カーボンニュートラルを担う国産グリーンテクノロジー (CSJカレントレビュー: 48)

(さらに…)…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回の第一弾に続いて第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業との…

CIPイノベーション共創プログラム「世界に躍進する創薬・バイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第104春季年会(2024)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「世界に躍進…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

今年も始まりました日本化学会春季年会。対面で復活して2年めですね。今年は…

マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は最短でMI推進を成功させたのか?-

開催日:2024/03/21 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP