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化学者のつぶやき

含ケイ素四員環-その2-

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「優れた置換基の開発が典型元素化学の発展をもたらす!」


これは次世代の基礎有機・典型元素化学を切り開く、最もシンプルかつ効果的なアプローチの一つだと思います。ただアプローチ方法がシンプルだからと言って、置換基の精密なデザイン・合成や実際の利用が簡単というわけではありません!他の研究同様にものすごく労力・忍耐力と情熱を要する研究の一つであり、だからこそ、始めの一歩を踏み出す研究者を筆者はとても尊敬します。

これまで日本では多くのユニークな置換基・配位子が合成され、それらを用いて数々の新規化合物が合成されてきました。日本の研究者が得意とし、世界をリードしている分野の一つだと思います。
それでも、まだ合成できていない結合や基礎化合物ってのは数多く存在するんですよね~(筆者にとっては悔しさと期待の入り交った分野です)。

さて、最近日本で開発された縮環型立体保護基「Rind: (R-substituted)-s-hydrindacen-4-yl」と言う置換基があります。 Rind基は、合成が容易かつ多様な構造修飾が可能で、嵩高さ・溶解性・結晶性を制御できる点がポイント。

03112011rk1

実際に、Rind基の特徴を活かすことで、これまでに以下のような化合物が報告されています。

・高周期π共役系化合物 A [1] ・ホウ素化合物 [2] ・銅錯体 C [3] (他にもいろいろありますが、論文未発表のものの紹介はここでは控えたいと思います)

03112011rk2

 

 かなり汎用性の高い立体保護基だということが解りますね。
このRind基、以前のつぶやきで紹介された名古屋大・山口茂弘研究室の深澤助教によって、院生時代に開発されたのものです。

さて、上記化合物に加え最近新たに合成されたのがRind基を持つ「テトラシラシクロブタジエン」です。このたび、理化学研究所の玉尾先生らのグループによって合成され、Science誌に発表されたので紹介したいと思います。

Katsunori Suzuki, Tsukasa Matsuo, Daisuke Hashizume, Hiroyuki Fueno,Kazuyoshi Tanaka, Kohei Tamao, Science 331, 1306, 2011. doi:10.1126/science.1199906

 シクロブタジエン骨格には、いくつかの構造異性体を書くことができます(下図)。
パッと見で、R基間の立体反発が小さく、ケイ素がsp3混成をとるテトラへドラン型が最も安定そうですよね(ひずみはありますが)。実際、実験的にも、以下のテトラへドラン(Td)しか合成されておらず[4]、よっぽど特殊な立体制御ができない限り、ケイ素シクロブタジエンの合成は困難だと考えられ、数々の挑戦はそれぞれ別のゴールへとたどり着いてきました。

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ここでRind基の登場です!Rind基をもつSi4 異性体では、特異な立体的性質のため平面四員環構造を保持するほうが安定なようです。合成方法は至ってシンプルで、Rind基を持つケイ素ハロゲン体 1をLi-Naphで還元するのみ。ただし、単離収率9%!!努力が伺えますね。

03112011rk4

興味深いことに、炭素シクロブタジエンで報告されているような結合交替構造ではなく、双極性イオン構造をしています。骨格ケイ素が交互にsp2とsp3混成をした立体であることが、X線結晶構造解析(下図)・固体ケイ素NMR及び計算により、実験・理論双方から明らかにされています。

03112011rk5

           (図はScience誌より引用)

また面白いことに、溶液中のNMRではRind基一つ分のシグナルしか観測されません。これ、溶液中(NMRタイムスケール)では骨格のプラスマイナスチャージが交互に動いているってことですよね。勿論反芳香族化合物ですが、4つの電子(分極)が骨格の捻じれを伴いながら移動しているのは、ケイ素のπ結合の本質に迫る興味深い現象です。

炭素とは異なる性質を示すケイ素シクロブタジエン。ケイ素のπ結合が炭素と比較して弱い、ってことも要因の一つだそうです。(反応から察するに、当初はジシリンを狙っていたのではないかと思われますが、)置換基の特性を最大限に活かし、元素の持つ基礎的性質を反映した新規化合物の創生という素晴らしい成果だと思います

 

蛇足ですがRind」には英語で表皮という意味があります不安定元素部位を覆い保護するRind基、まさに活性分子の表皮ですね

 

参考資料

[1] (a) Aiko Fukazawa, Yongming Li, Shigehiro Yamaguchi, Hayato Tsuji, Kohei Tamao, J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 14164-14165, doi10.1021/ja0764207; (b) Baolin Li, Tsukasa Matsuo, Daisuke Hashizume, Hiroyuki Fueno, Kazuyoshi Tanaka, Kohei Tamao, J. Am. Chem. Sos. 2009, 131, 13222-13223, doi10.1021/ja9051153.
[2] Yoshiaki Shoji, Tsukasa Matsuo, Daisuke Hashizume, Hiroyuki Fueno, Kazuyoshi Tanaka, Kohei Tamao, J. Am. Chem. Sos. 2010, 132, 8258-8260, doi10.1021/ja102913g.
[3] Mikinao Ito, Daisuke Hashizume, Takeo Fukunaga, Tsukasa Matsuo, Kohei Tamao, J. Am. Chem. Sos. 2009, 131, 18024-18025, doi10.1021/ja9071964.
[4] (a) N. Wiberg, C. M. M. Finger, K. Polborn, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1993, 32, 1054, doi. 10.1002/anie.199310541 (b) M. Ichinohe, M. Toyoshima, R. Kinjo, A. Sekiguchi, J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 13328, doi.10.1021/ja0305050.
[5]  理化学研究所機能性有機元素化学ユニット(Link
[6] 理化学研究所プレスリリース
[7] その他

 

参考文献

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