[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

多置換ケトンエノラートを立体選択的につくる

[スポンサーリンク]

 

α位に異なる二つの置換基をもつエノラートは、カルボニル化合物やイミン等の求電子剤への付加や、O-アリル化に続くClaisen転位反応によって不斉四級炭素を構築できるため、合成的価値が高い合成反応です(図 1)。

2016-07-27_18-12-21

図1. α,α-二置換エノラートからの四級炭素の構築法

 

これらの反応は四級炭素の不斉点構築の際、エノラートの立体化学 (E体/Z体)が生成物の立体化学に反映されます。そのため、エノラートの立体化学を制御できる多置換エノラートの発生方法をめぐって数多くの研究が行われてきました。現在、エステルおよびアミドエノラートの立体選択的合成はキラルな塩基、配向基を用いたエステル、アミドのα水素の立体/ジアステレオ選択的脱プロトン化によって達成されています[1]

ところが多置換ケトンエノラートの立体選択的合成は脱プロトン化によるエノラート形成の際の立体選択性に加え、位置選択性の制御も必要となるためいまだ困難な課題とされています(図2)。

2016-07-27_18-12-49

図2. ケトンの脱プロトン化を経由したケトンエノラートの合成

 

まず、これまでに報告されたケトンエノラートの立体選択的合成法について紹介します。

(a)α水素を一種類しかもたないケトンの脱プロトン化(図 3)

フェニルケトンやt-ブチルケトンはα-水素を一種類しかもたないため、エステルやアミドと同様に脱プロトン化は位置選択的に進行します。これらに対してLDAなどを作用させた場合、6員環遷移状態を経由する立体選択的な脱プロトン化によってE体/Z体を制御したケトンエノラートの調製が可能です。しかし、この手法はフェニルケトンやt-ブチルケトンなどの限られた基質しか適応できないことや生成物の立体化学は基質の置換パターンに依存するといった問題点があります。

 

2016-07-27_18-13-29

図3. LDAによる脱プロトン化を使った立体選択的なエノラートの合成法

 

(b)反応系中で発生させたケテン中間体へのアルキルリチウム試薬の付加(図 4)

1985年にSeebachらは反応系中で発生させたケテン中間体に対してアルキルリチウム試薬を付加させることによって二置換ケトンエノラートを合成可能であることを報告しています[2]。この手法ではR3の置換基としてメチル基やn-ブチル基などの一級アルキル基を有するエノラートの合成が可能です。また、アルキルリチウム試薬のケテン中間体への求核攻撃はより立体障害の小さい面から進行するため、生成するエノラートの立体化学も基質の置換パターンに依存します。

2016-07-27_18-13-52

図4. ケテン中間体を経由した立体選択的なエノラートの合成法

 

(c) 二置換エノールカルバマート誘導体を出発原料とした三置換エノラートの合成法(図5)

2016-07-27_18-14-13

図5.二置換エノールカルバマート誘導体を出発原料とした三置換エノラートの合成法

一方で、最近、イスラエル工科大学のMarek教授らは、O-アルキニルカルバマートから容易に調製可能な二置換エノールカルバマート誘導体を出発原料とすることで、様々な三置換ケトンエノラートを立体選択的かつOne-potで合成可能な新手法を報告しました(図5)。

Haimov, E.; Nairoukh, Z.; Shterenberg, A.; Berkovitz, T.; Jamison, T. F.; Marek, I.;Angew. Chem. Int. Ed.  2016, 55, 5517.

DOI: 10.1002/anie.201601883

 

今回はこの報告について、少しだけ詳細にみてみることにしましょう。

 

合成戦略

立体選択的三置換ケトンエノラートの合成戦略を以下に示します(図 6)。

  1. エノールカルバマート誘導体1のα位の脱プロトン化によりアルケニル金属種2を生成
  2. アルケニル金属種2のアルデヒドに対する求核付加反応によりアリルアルコキシド3を生成
  3. アリルアルコキシド3のカルバモイル基がアルコキシド部位へ移動し、目的の立体制御された三置換ケトンエノラート4を形成
2016-07-27_18-14-35

図6. エノラート合成戦略

 

生成する三置換ケトンエノラート4の立体化学は出発物質であるエノールカルバマート誘導体1の立体化学が反映されます。このエノールカルバマート誘導体1は適切なO-アルキニルカルバマートとアルキル銅試薬を用いることによって立体選択的に調製可能であるため(図 7)[3]、様々な三置換ケトンエノラートの立体選択的合成が可能となりました。

2016-07-27_18-15-01

図7. O-アルキニルカルバマートからのエノールカルバマートの合成

 

Marek教授らは本手法とMannich反応を組み合わせることによって四級炭素を有する化合物のジアステレオ選択的なOne-pot合成に成功しています(図 8)。本反応の特筆すべき点はジアステレオ選択的な四級炭素の構築が可能であることに加えて、カルバモイル基を配向基とすることによって、計三つの立体中心の相対立体配置を制御していることです(TS1)。簡便なOne-pot合成によって二つの炭素-炭素結合と三つの立体中心を構築できることは合成化学上大きな利点です。

2016-07-27_18-15-23

図8. マンニッヒ反応と組み合わせる

 

この三置換ケトンエノラートの立体選択的合成法で発生させたエノラートはMannich反応やシリル化に続く向山Aldol反応による不斉四級炭素の構築に適応可能であり、今後合成化学分野において幅広い応用が期待されます。

 

参考文献

  1.  (a) Stivala, C. E.; Zakarian, A. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 3774. DOI: 10.1021/ja800435j (b)Kummer, D. A.; Chain, W. J.; Morales, M. R.; Quiroga, O.; Myers, A. G. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 13231. DOI: 10.1021/ja806021y
  2. Haner, R.; Laube, T.; Seebach, D. J. Am. Chem. Soc. 1985, 107, 5403. DOI: 10.1021/ja00305a014
  3. Chechik-Lankin, H.; Marek, I. Org. Lett. 2003, 5, 5087. DOI: 10.1021/ol036154b

 

関連書籍

[amazonjs asin=”3527334521″ locale=”JP” title=”Modern Enolate Chemistry: From Preparation to Applications in Asymmetric Synthesis”]
Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 味の素グループの化学メーカー「味の素ファインテクノ社」を紹介しま…
  2. 亜鉛挿入反応へのLi塩の効果
  3. 大環状ヘテロ環の合成から抗がん剤開発へ
  4. 【イベント】「化学系学生のための企業研究セミナー」「化学系女子学…
  5. 第七回ケムステVプレミアレクチャー「触媒との『掛け算』で研究者を…
  6. 異方的成長による量子ニードルの合成を実現
  7. 研究室の大掃除マニュアル
  8. 学生に化学論文の書き方をどうやって教えるか?

注目情報

ピックアップ記事

  1. 酵素を模倣した鉄錯体触媒による水溶液中でのメタンからメタノールへの選択的な変換を達成!
  2. サリンを検出可能な有機化合物
  3. 激レア!?アジドを含む医薬品 〜世界初の抗HIV薬を中心に〜
  4. 2016年4月の注目化学書籍
  5. MI-6 / エスマット共催ウェビナー:デジタルで製造業の生産性を劇的改善する方法
  6. NMR Chemical Shifts ー溶媒のNMR論文より
  7. エーザイ、抗てんかん剤「イノベロン」、ドイツなどで発売を開始
  8. 金と炭素がつくりだす新たな動的共有結合性を利用した新たな炭素ナノリングの合成法の確立
  9. 独メルク、電子工業用薬品事業をBASFに売却
  10. 三菱化学、来年3月にナイロン原料の外販事業から撤退=事業環境悪化で

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年8月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

CIPイノベーション共創プログラム「世界を変えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第106春季年会(2026)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「世界を変え…

年会特別企画「XAFSと化学:錯体, 触媒からリュウグウまで –放射光ことはじめ」

放射光施設を利用したX線吸収分光法(XAFS)は、物質の電子状態や局所構造を元素選択的に明らかにでき…

超公聴会 2026 で発表します!!【YouTube 配信】

超公聴会は、今年度博士号を取得する大学院生が公聴会の内容を持ち寄ってオンライン上で発表する会です。主…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part II

さて、Part Iに引き続きPart II!年会をさらに盛り上げる企画として、2011年より…

凍結乾燥の常識を覆す!マイクロ波導入による乾燥時間短縮と効率化

「凍結乾燥は時間がかかるもの」と諦めていませんか?医薬品や食品、新素材開発において、品質を維…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part I

まだ寒い日が続いておりますが、あっという間に3月になりました。今年も日本化学会春季年会の季節です。…

アムホテリシンBのはなし 70年前に開発された奇跡の抗真菌薬

Tshozoです。以前から自身の体調不良を記事にしているのですが、昨今流行りのAIには産み出せな…

反応操作をしなくても、化合物は変化する【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか温度を測ること…

ジチオカーバメートラジカル触媒のデザイン〜三重項ビラジカルの新たな触媒機能を発見〜

第698回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(大井研究室)博士後期課程1年の川口…

第5回プロセス化学国際シンポジウム(ISPC 2026)でポスター発表しませんか!

詳細・申込みはこちら!日本プロセス化学会は、約5年に一度、プロセス化学国際シンポジウムを開催して…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP