[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

理想のフェノール合成を目指して~ベンゼンからフェノールへの直接変換

[スポンサーリンク]

 

Direct Oxygenation of Benzene to Phenol Using Quinolinium Ions as Homogeneous Photocatalysts
Ohkubo, K.; Kobayashi, T.; Fukuzumi, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2011, Early View. DOI: 10.1002/anie.201102931

フェノールは樹脂や化成品の原料として広く用いられるポピュラーな化合物の一つです。その多くはクメン法とよばれる工業プロセスに則って作られています。これはベンゼンから得られるクメンを酸素酸化し、フェノールとアセトンへと変換するプロセスになります。しかし以下のとおり3工程の化学変換と高エネルギーを要し、また総収率(約5%)という面でも改善の余地を残しています。

cumene_phenol.gif

クメン法

光エネルギーを使ってベンゼンを直接酸化することが出来れば、紙の上ではもっとも理想的なフェノールの製法になります。近年では不均一系触媒を用い、関連する有望な報告が徐々になされつつあります。しかし均一系触媒ではこのような変換は難しく、現在まで報告例はありませんでした。

このたび大阪大学の福住らは、3-シアノ1-メチルキノリニウムイオン(QuCN+)という化合物を均一系光触媒として用いることで、メタルフリーでの、ベンゼンからフェノールへの酸素酸化を実現しました。

QuCN+は光照射下の一重項励起状態において、ベンゼンを酸化するのに十分な酸化力を持つことがすでに明らかにされています[1]。これに加えて詳細な知見を得るべく、福住らはフェムト秒オーダーのレーザーフラッシュフォトリシス法で、高速化学過程を追跡しています。

これにより、反応系中でベンゼンから一電子がQuCN+に移動したQuCNラジカルおよびベンゼンラジカルカチオンのπダイマーの生成が検出されました。水の存在下では、ベンゼンラジカルカチオンの消費は1次速度式に従い、また水の量を増やすと速度が増すことなどから、ラジカルカチオンに(分子状酸素ではなく)水が付加することでフェノールが生成していると考えられます。一方のQuCNラジカルは、分子状酸素と反応して消費されていきます。

面白いことにこの触媒系では、フェノールの過剰酸化がかなり抑制されています。これについては、フェノール→QuCN+*への電子移動が起きたとしても、その逆過程がきわめて速く、水の付加が起こる前に逆電子移動が進行してしまうためと説明されています。一方でベンゼン→QuCN+*の場合には、電子移動過程が極めて吸エルゴン的であり、Marcus理論で言うところのinverted regionに属し逆電子移動過程の速度が遅くなっている、そのため反応が良好に進行すると考えられています。

まとめて、以下のような触媒サイクルが提唱されています。

benzene_phenol_2.gif均一系触媒にて金属を使わず困難な変換を達成した点、および過剰反応の抑制に関する重要な知見を与えている点で、本報告は非常に価値あるものの一つと思えます。

次世代型のフェノール合成法に向けた一歩となるか?今後も期待していきたいと思います。

 

関連文献

  1.  Ohkubo, K.; Suga, K.; Morikawa, K.; Fukuzumi, S. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 12850. DOI: 10.1021/ja036645r

関連リンク

大阪大学 福住研究室

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 化学の力で複雑なタンパク質メチル化反応を制御する
  2. 研究室でDIY!~エバポ用真空制御装置をつくろう~ ④
  3. HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:Dir…
  4. BO triple bond
  5. ご注文は海外大学院ですか?〜渡航編〜
  6. 合成化学発・企業とアカデミアの新たな共同研究モデル
  7. シリコンバレーへようこそ! ~JBCシリコンバレーバイオ合宿~
  8. 1と2の中間のハナシ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 石テレ賞、山下さんら3人
  2. TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに
  3. 高機能・高性能シリコーン材料創製の鍵となるシロキサン結合のワンポット形成
  4. 呉羽化学に課徴金2億6000万円・価格カルテルで公取委
  5. 無機物のハロゲンと有機物を組み合わせて触媒を創り出すことに成功
  6. トリ(2-フリル)ホスフィン:Tri(2-furyl)phosphine
  7. 第24回ACSグリーンケミストリー&エンジニアリング会議 (GC&EC2020)に参加しました
  8. メソポーラスシリカ(1)
  9. Nature Catalysis創刊!
  10. 第110回―「動的配座を制御する化学」Jonathan Clayden教授

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2011年8月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP