[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

高分子のらせん構造を自在にあやつる -溶媒が支配する右巻き/左巻き構造形成の仕組みを解明-

[スポンサーリンク]

第143回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科杉野目研究室長田 裕也 (ながた ゆうや)助教を紹介します。

京大杉野目研究室では、らせん高分子に代表される巨大分子の自在合成や、典型元素の性質を活かした反応開発など多彩な研究が行われています。

今回紹介させていただく長田助教は、らせん高分子に関わる研究を広く行われています。杉野目研究室で以前開発された、らせん高分子のもつ溶媒依存性らせん反転の反転機構について長く探求され、この度その解明に成功されました。成果はJACS誌に掲載され、プレスリリースとして発表されています。

Yuuya Nagata, Tsuyoshi Nishikawa, Michinori Suginome, Sota Sato, Masaaki Sugiyama, Lionel Porcar, Anne Martel, Rintaro Inoue, and Nobuhiro Sato

”Elucidating the Solvent Effect on the Switch of the Helicity of Poly(quinoxaline-2,3-diyl)s: A Conformational Analysis by Small-Angle Neutron Scattering”

J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 2722.  doi: 10.1021/jacs.7b11626

余談ですが、筆者は長田先生と学会で知り合いました。行われている研究がとてもユニークなこともありますが、お人柄も研究に対する姿勢も、先輩研究者としてとても尊敬できる先生です。ぜひ原著論文と合わせて、インタビューをお楽しみください。

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

我々のグループでは10年ほど前(2009年頃)に、らせん高分子ポリ(キノキサリン-2,3-ジイル)(以降PQXと略します)の溶媒依存性らせん反転を見出しました。例えば、(R)-2-オクチルオキシメチル基を側鎖に有するPQXは、テトラヒドロフラン中では完全な右巻き構造をとり、1,1,2-トリクロロエタン/テトラヒドロフラン混合溶媒中では完全な左巻き構造をとります。

一方でそのメカニズムについては明確な解答を出すことができず、長らくもどかしい思いをしてきました。今回のプレスリリース対象となった研究では、小角中性子散乱実験と計算科学的手法を組み合わせることで、溶液中でのPQXの構造を明らかにすることで溶媒依存性らせん反転の原理解明を行いました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

「溶液中の高分子の構造を精度良く決める」というのは、極めてチャレンジングな試みです。例えば、高分子であっても結晶化してしまえば、そのX線回折パターンから構造決定が可能ですが、今回の研究では溶液中の構造決定が目的ですのでこの手法は用いることができません。さらに、溶液中状態での小角X線散乱についても検討しましたが、ハロゲンを含む溶媒を用いた場合には小角散乱に用いる波長領域のX線が全く透過せず、これもまた良い結果を与えないことが分かりました。この様な状況の中、最後の切り札として登場したのが小角中性子線散乱法です。この手法と理論計算を組み合わせることで溶液中での構造を推定することが可能となりました。すなわち、溶液中でPQXが周囲との相互作用を持たないときには側鎖がコンパクトに縮まり左巻き構造をとり、一方で適切な溶媒を用いることで側鎖が外側に引き出された場合には右巻き構造をとることが明らかになりました。この成果はらせん反転の機構に溶媒と高分子の側鎖との相互作用が、深く関わっていることをはっきりと示した初めての結果です。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

私のバックグラウンドは高分子化学/有機合成化学ですので、本研究プロジェクトの開始当初は毎日が勉強という状態でしたが、京都大学複合原子力化学研究所の 杉山正明 教授、東京大学 大学院理学系研究科・JST, ERATOの 佐藤宗太 特任准教授の大きなお力添えを得て、さらにフランス国 ラウエ・ランジュバン研究所のLionel Porcar 博士、Anne Martel 博士の協力の元に中性子散乱実験を行うことで、極めて高い精度で実験データを取得することができ、ついに溶媒依存性らせん反転の原理解明に繋げることができました。共同研究者の皆さまには深く感謝しております。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今回のような、「学術領域にとらわれない共同研究」を通じて新しいサイエンスを展開したいと思っています。可能ならば、学生さんにもそのような体験を通じて広い視野を身に着けて欲しいと願っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

Chem-Stationの読者の皆さんは、合成化学にバックグラウンドがある方が多いのではないでしょうか(僕もその一人です)。合成化学者は、新たな化合物を自在に創り出すことができますので、異分野との共同研究に向く素地が十分に備わっていると思います。自分の能力を信じて、分野の境界を恐れずに真っ直ぐに取り組むことで、新しい道が開けてくると考えています。(CERST分子技術新学術領域「動的秩序と機能」の会合は、最先端の異分野融合の場として非常に大きな影響を受けました。関係の皆さまには心より感謝しております。)また杉野目道紀教授には、長年に渡る丁寧なご指導に感謝するとともに、(未だ掌の上だとは思うのですが)僕をこんなに自由に泳がせて頂いていることについても深く感謝致します。

最後に、解析結果の可視化には CueMolのスクリプト機能を活用させて頂きました。また、プレスリリース用イラストの作成においては、いらすとや様「HG創英角ポップ体」の黄金コンビに大変お世話になりました。ここに感謝を申し上げます。

研究者の略歴

名前:長田裕也

所属:京都大学工学研究科 合成・生物化学専攻
有機設計学講座有機設計学分野 杉野目道紀研究室(助教)

研究テーマ:らせん高分子の合成と新機能の開拓

めぐ

投稿者の記事一覧

博士(理学)。大学教員。娘の育児に奮闘しつつも、分子の世界に思いを馳せる日々。

関連記事

  1. 化学者のためのエレクトロニクス講座~次世代配線技術編
  2. アザジラクチンの全合成
  3. 機械的力で Cu(I) 錯体の発光強度を制御する
  4. 化学者のためのエレクトロニクス講座~電解ニッケルめっき編~
  5. メチレン炭素での触媒的不斉C(sp3)-H活性化反応
  6. 変わったガラス器具達
  7. 不溶性アリールハライドの固体クロスカップリング反応
  8. 日本化学会 第103春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン P…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. もし炭素原子の手が6本あったら
  2. 含ケイ素四員環-その2-
  3. ダルツェンス縮合反応 Darzens Condensation
  4. 第46回「趣味が高じて化学者に」谷野圭持教授
  5. 化学大手2014年4–9月期決算:概して増収増益
  6. スイス・ロシュの1―6月期、純利益4%増
  7. 走り出すグリーンイノベーション基金事業~採択テーマと実施企業が次々に発表される~
  8. 製薬大手のロシュ、「タミフル」効果で05年売上高20%増
  9. 金城 玲 Rei Kinjo
  10. この窒素、まるでホウ素~ルイス酸性窒素化合物~

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年5月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

【12月開催】第十四回 マツモトファインケミカル技術セミナー   有機金属化合物 オルガチックスの性状、反応性とその用途

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

保護基の使用を最小限に抑えたペプチド伸長反応の開発

第584回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

【ナード研究所】新卒採用情報(2025年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代……

書類選考は3分で決まる!面接に進める人、進めない人

人事担当者は面接に進む人、進まない人をどう判断しているのか?転職活動中の方から、…

期待度⭘!サンドイッチ化合物の新顔「シクロセン」

π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換…

塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応

ニッケル触媒を用いたシクロヘキセンの位置および立体選択的なカルボホウ素化反応が開発された。用いる塩基…

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP