[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

高分解能顕微鏡の進展:化学結合・電子軌道の観測から、元素種の特定まで

[スポンサーリンク]

atomic_microscopy_0.jpg

(画像は論文[2]より)

 「分子のカタチ」は普通の顕微鏡では到底見えないほど小さいものです。しかし2009年にIBMの研究者が化学結合に至るまで鮮明に観測[1]して以来、「分子を目で見る」ことが夢物語ではなくなりました。(参考:「顕微鏡で有機分子の形が見えた!」「顕微鏡で有機化合物のカタチを決める!」)。

その研究指揮者であるLeo Gross氏が執筆したPerspective記事[2]が2011年に公開され、サブアトミックスケールにおける顕微鏡測定の進歩が包括的に紹介されています。これによれば、最近ではフロンティア軌道の可視化や、元素種の特定までが可能になっているようです。実際にペンタセンのフロンティア軌道を顕微鏡で観測したものが、冒頭の画像a,bです。計算結果c,dと見事に一致しています。

現在サブアトミックスケールの分解能を実現できている顕微鏡は、非接触型原子間力顕微鏡(NC-AFM)と、走査型トンネル顕微鏡(STM)の二種類。

どちらも走査型プローブ顕微鏡と呼ばれるタイプに属し、「試料表面を探針でなぞって得られる信号を、画像に変換する」というのが大まかな原理になっています。一般的には使われる探針が細ければ細いほど、分解能が上がるとされています。分解能をサブアトミックスケールにまで向上させた鍵は、どちらも単分子探針を用いたことにあります。すなわち、AFMでは一酸化炭素分子(CO)、STMでは水素分子(H2)[3]を先端につけた探針を用いることで、分子の化学結合に至るまで観測が可能になったのです。

測定信号の違いに由来して、それぞれやや異なる画像が得られてきます。違いを簡単にまとめておきます。

STM

・試料に電気を流す必要がある=導電体にしか使えない
・探針-試料間の誘起力を記述する理論がなく、シミュレーションが難しい
・分子間相互作用も解析可能
・電子軌道(HOMO/LUMO)が観測可能

NC-AFM

・試料に電気を流す必要がない=絶縁体にも使える
・DFT計算でシミュレーションできる
・原子間力を測るため、コントラストの鈍いぼけた画像になる
・C-H結合が観測可能

以下のSTM画像とAFM画像(冒頭図e)を比較してみると、違いがはっきりすると思います。

atomic_microscopy_1.jpg

H2探針STMによる顕微鏡像(論文[2]より)

 特にSTMでは、分子の電気的特性を見ることができるため、電子軌道(=電子局在の様子)を観測することができます。印加電圧の正負を逆転させれば、HOMO/LUMOを区別して見ることもできます。冒頭図a,bの撮影においてはSTMが用いられていますが、これぐらいならばそれほど高い分解能を必要としないらしく、単分子短針を使わずとも済むそうです。

また特定距離で元素種ごとに原子間力の絶対値が異なることを利用し、AFMで元素種を区別することまでもが可能になっています[4]。例えば下図はある半導体表面をNC-AFMで観測したものですが、それぞれ赤=ケイ素、青=スズ、緑=鉛と特定できています。合金の元素分布状態や、不純物の混入度合いなどが原子レベルでわかるということです。しかし現状では重原子を含まず、非平面構造をもつ有機分子に適用するのはまだ難しいようです。

atomic_microscopy_2.jpg

(論文[2]より)

古くはレーウェンフックの顕微鏡から、最近ではカミオカンデに至るまで―「見えないものを見えるようにする」分析技術は、世界を見る目を変えてしまうほどのインパクトがあります。つまり技術の進歩こそは、我々に新たな世界観をもたらしてくれる合理的アプローチの一つなのです。

  • 関連論文
[1] (a) Gross, L. et al. Science 2009, 325, 5944. DOI: 10.1126/science.1176210 (b) Gross, L. et al. Nature Chem. 2010, 2, 821. DOI: 10.1038/NCHEM.765
[2] Gross, L. Nature Chem. 2011, 3, 273. DOI: 10.1038/NCHEM.1008
[3] (a) Tiemirov, R. et al. New. J. Phys. 2008, 10, 053012. (b) Weiss, C. et al. Phys. Rev. Lett. 2010, 105, 086103 (c) Weiss, C. et al. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 11864. DOI: 10.1021/ja104332t
[4] Sugimoto, T. et al. Nature 2007, 446, 64. doi:10.1038/nature05530

  • 関連リンク

見よ、核の周りを回る電子軌道を捉えた世界初の画像を!(GIZMODO)

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. デルゴシチニブ(Delgocitinib)のはなし 日本発の非ス…
  2. 光C-Hザンチル化を起点とするLate-Stage変換法
  3. お前はもう死んでいる:不安定な試薬たち|第4回「有機合成実験テク…
  4. 実験条件検討・最適化特化サービス miHubのメジャーアップデー…
  5. ユシロってどんな会社?
  6. エルゼビアからケムステ読者に特別特典!
  7. パーソナル有機合成装置 EasyMax 402 をデモしてみた
  8. ケムステイブニングミキサー 2025 報告

注目情報

ピックアップ記事

  1. 科学を伝える-サイエンスコミュニケーターのお仕事-梅村綾子さん
  2. Altmetric Score Top 100をふりかえる ~2018年版~
  3. Essential Reagents for Organic Synthesis
  4. はしか流行?
  5. 周期表の形はこれでいいのか? –上下逆転した周期表が提案される–
  6. 超高速レーザー分光を用いた有機EL発光材料の分子構造変化の実測
  7. 自己組織化ねじれ双極マイクロ球体から円偏光発光の角度異方性に切り込む
  8. 化学コミュニケーション賞2025、候補者募集開始!
  9. 中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①
  10. DNAナノ構造体が誘起・制御する液-液相分離

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2011年9月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP