[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

プラナーボラン - 有機エレクトロニクス界に期待の新化合物

[スポンサーリンク]

 

ホウ素の化学に関する記事はケムステでもよく投稿されており、求核性のあるホウ素化合物の記事(その1)(その2)フラストレイテッドルイスペア(FLP)(その1)(その2)、あるいはユニークな反応性のあるトリスペンタフルオロボラン(FLPでよく使われていますが)など、私がパッと思いつくだけでも記憶に残っている記事とその出典元の仕事はたくさんあります。今回は上記の化学に負けず劣らず「化学の発明は素晴らしい!」と思わせてくれる化学をご紹介します。それはズバリ、平面構造を固定化したホウ素、平たく言えば、平たいホウ素化合物です。以下、古代ローマ市民の顔のように平たくない解説をいたします。

以前、研究者へのへのインタビューにもお答えいただいた若宮淳志 准教授(京大化研)および山口茂弘 教授(名大院理学研究科)らにより、ホウ素-炭素共有結合を通じてホウ素周りを平面に固定した化合物、Planarized Triarylboranes(図1)が先日JACSに掲載されました[1] これらの化合物はいずれも通常のトリアリールボランと比べて異様に安定で(酸素、水、強酸条件下においても、極めて安定とのこと!)、つまり従来は周囲を立体的に嵩高い官能基で保護するしか無かったところを、ホウ素の立体を平面固定化することで安定なホウ素化合物が得られることを実際に作って証明してみせたという、今後この分野に携わる化学者のみならず、何か特異な反応性/安定性のある化合物を合成してやろうという化学者全体にとって重要な教義(キリッもとい設計指針(かつその手法)を示した仕事なわけです。

twoplanarboranes.png

図1. ホウ素原子を含む平面型化合物 [1]

ちょっと基本をおさらいします。そもそもボラン(類、以下略)のホウ素周りは平面で、その面に対して垂直に飛び出た空のp軌道によりルイス酸性を示します。この空のp軌道をルイス酸と見るか、電子輸送性材料のためのドーパントに使えると見るかは研究の方向性による目の付け所の違いの面白いところです。そんなボランはルイス塩基や求核種の存在下では配位もしくは求核攻撃を受けてボレートを形成するのですが、その際にホウ素中心の立体が変形して四面体構造を取ります(図2)。

stabilizingtrivalentboranes.png

図2. 平面でいることを強いられているんだ!

逆に言えば、安定なボレートを得るための四面体構造を取れないことには、ルイス塩基も求核種もどこ吹く風、なわけです。これはホウ素周りの平面構造がきっちり固定化されてさえいれば、ルイス塩基性/求核性に関わらず様々な官能基を分子内に持つホウ素化合物を合成できる可能性が広がったとも言えますね。

さて、ここまで書いておいて何ですが、この研究に関しては既にこちら(京大)やこちら(JST)、こちら(日経プレスリリース、どれも同一内容です)を目にされた方も多いようです?正直なところ、リンク先の解説が素晴らしく(これは若宮先生ご本人が書かれたのでしょうか)私も感心しながら読んでいた一方、これ以上何を書いたら良いのかと悩んでしまいました。というわけで上記リンク先も後で(先に?)参照されることを猛烈にオススメしつつ、こちらは化合物の合成に注目いたしましょう(図3)。

2015-09-27_21-21-37

 

図3. ホウ素原子を一つ含む平たいホウ素化合物の合成

ハイライトはやはりフリーデルクラフツによる環化のステップですが、じっくり最初から見て行きましょう。カルガリー大学化学科のウォーレン・ピアーズらによるボラアントラセンの合成に関する論文[2]を参考に合成した、2,2’-ビスブロモフェニルメタンを出発物質とし、ハロゲン-リチウム交換を用いてまずシリル化しつつ環を閉じます。この生成物をカラムで単離後、三臭化ホウ素(スケールによってはtBuLi同様に注意の必要な化合物ですね)とニートで反応させるとジヒドロボラアントラセン骨格が完成します。このホウ素導入の流れは、類似のシーケンスとしてケイ素の代わりにスズ、続いて三塩化ホウ素でも可能なようです[2]。この化合物はまだ臭化ホウ素部位が一つ残っているので湿気に不安定であり、論文のSIによると過剰量の三臭化ホウ素を減圧溜去の後、(クーゲルロールなどを用いた?)高減圧下180から185℃での蒸溜で精製し、アルゴン下で保存しています。(最初のリチオ化でそのままホウ素を導入することは困難なのでしょうね。多量体の混合物でも出来てしまうのでしょうか。)

別途合成したジビニルベンゼン部位をリチウム試薬を用いて導入した次が、この仕事の鍵となる複数同時分子内フリーデル・クラフツ環化反応(Multi-fold intramolecular Friedel-Crafts cyclization)です。この環化が終わればゴールは目前なのですが、類似の反応(後述)が報告されているにも関わらず上手く行かず、大抵のルイス酸を試しつくした後に金属トリフラート類を試すことにしたそうです。その中で何故かスカンジウムトリフラート(Sc(OTf)3)だけが生成物を与えたと。これは実際に反応を回していた人はめちゃくちゃ嬉しかったですよね!どこぞのSNSなら「イイネ!」を押しまくりですね。続いて比較的脆弱なベンジル位のメチレンをジョーンズ試薬でケトンとし、ジメチル亜鉛と四塩化チタンを過剰量用いてこのケトンをジメチル化することで三回対称の平面固定化ホウ素化合物1が得られます。化合物2もやはりポイントはフリーデル・クラフツで、(収率は下がってしまいますが)こちらは四つの炭素-炭素結合を同時に生成するという、ややもすればスクリプスのアノ人の仕事かと思うようなステップとなっています(図4)。

fourccbondsatonce.png

図4. これは爽快にして壮観な反応。

ここで言えることは、同様の環化ならどんな系でもスカンジウムトリフラートがいい!というわけではなく、「諦めない!」の一言に尽きると思います。この環化反応については、ハイデルベルク大学有機化学研究所のディーター・ヘルヴィンケルらによってプロトンをプロモーターとした類似基質の環化反応が報告されており、1ホウ素がリンおよびヒ素に置き換わった化合物が合成されています[3]

さて、出来上がった平たいホウ素化合物ですが、安定と言えどもフッ化物イオン、およびシアン化物イオンとは反応するようです。すなわち、超硬派だと思われていたこの平たい顔族ヒラタ・イ・ボラン(2011?)さんも「あなたもやっぱりルイス酸だったのねっ!」という感じで自分の骨格をねじ曲げてまで電子を求めてボレートを形成します(図5)。

reversibleplanetobowlconversion.png

図5. しかし一途というわけでもなく、リバーシブルなこの反応

このボウル型のボレートは、「イプソ位(ホウ素が結合している)の炭素-ホウ素-同様に隣の芳香族のipso炭素」の3つの角度の合計が326.7°、つまり一つのC-B-Cの角度はおよそ109°ということで、歪みねぇ四面体構造(tetrahedral geometry)を採っています。しかし、三フッ化水素などの他のルイス酸で触ってやるとフッ化物イオンが抜けて元の平面上分子に戻ります。つまり、特定のルイス塩基との組み合わせで可逆的に形状を変化させられる分子なのです。形状が変化する分子と言えば特定波長のUV照射によるアゾベンゼンやスチルベンのcis/transスイッチングが有名ですが、物理的な力を用いずに「平面型」-「ボウル型」の制御ができる分子という報告は、筆者の能力でWeb of scienceで調べた限りでは他に見つかりません。例えば上述のヘルヴィンケルらによるプラナーホスフィンを、過酸化水素水で酸化してホスフィンオキシドにすればお椀状になり、これをトリクロロシランで還元すれば…一応リバーシブル…と言えなくは…。

若宮先生は上記のインタビューでも有機太陽電池、その先にある太陽光をエネルギー源とした反応開発という目標について熱く語っていただいています。共著者である(以前、若宮先生が助教をされていた)山口茂弘先生のグループ、あるいはカルガリー大学のトーマス・ボームガートナー研なども、新規機能性材料の素子となる典型元素化合物の開発で名高いですが、いずれも優れた有機合成の文化を持っているグループの仕事と感じます。何をやるにも合成力は基本!とはよく言われますが(?)、そもそも高い合成力を持つ研究グループの材料科学分野への進出は大変頼もしいものであり、今まで想像もしなかった機能を持つ人工分子がこれからもたくさん生まれてくることでしょう。夢の技術実現に向けて、作りたい分子を設計、合成し、ターゲットとなる元素への理解を深めながら反応開発もしつつ着実に前進していく姿は、研究者として一つの理想形であると思います。果たして、インタビューで語られているような雨どいからメタノールが垂れてくる家はいつ頃実現されるのか、私はぜひ増炭反応までしてもらって、エタノールが垂れてくる家に住みたいです。

 

参考文献

  1. Zhou, Z.; Wakamiya, A.; Kushida, T.; Yamaguchi, S. J. Am. Chem. Soc. 2012, ASAP (doi: 10.1021/ja211944q)
  2. Wood, T. K.; Piers, W. E.; Keay, B. A.; Parvez, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 4009. (doi: 10.1002/anie.200901217)
  3. Hellwinkel, D.; Wiel, A.; Sattler, G.; Nuber, B. Angew. Chem. Int. Ed. 1990, 29, 689. (doi: 10.1002/anie.199006891)

 

関連リンク

 

関連記事

研究者へのインタビュー

化学者のつぶやき

Avatar photo

せきとも

投稿者の記事一覧

他人のお金で海外旅行もとい留学を重ね、現在カナダの某五大湖畔で院生。かつては専ら有機化学がテーマであったが、現在は有機無機ハイブリッドのシリカ材料を扱いつつ、高分子化学に

関連記事

  1. SHIPS uniform worksとのコラボ!話題の白衣「W…
  2. 研究費総額100万円!30年後のミライをつくる若手研究者を募集し…
  3. E-mail Alertを活用しよう!
  4. 原子のシート間にはたらく相互作用の観測に成功
  5. 消せるボールペンのひみつ ~30年の苦闘~
  6. ヒドリド転位型C(sp3)-H結合官能基化を駆使する炭素中員環合…
  7. 健康的なPC作業環境のすすめ
  8. 多検体パラレルエバポレーションを使ってみた:ビュッヒ Multi…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 森謙治 Kenji Mori
  2. 2007年文化勲章・文化功労者決定
  3. 日本薬学会第144年会付設展示会ケムステキャンペーン
  4. 2012年ノーベル化学賞は誰の手に?
  5. 有機ケイ素化合物から触媒的に発生したフィッシャーカルベン錯体を同定!医薬品に欠かせないβ-ラクタム合成を安全かつ簡便に
  6. 2019年ケムステ人気記事ランキング
  7. 有機合成化学協会誌2020年9月号:キラルナフタレン多量体・PNNP四座配位子・π共役系有機分子・フェンタニル混入ヘロイン・プロオリゴ型核酸医薬
  8. 異なる“かたち”が共存するキメラ型超分子コポリマーを造る
  9. ヒスチジン近傍選択的なタンパク質主鎖修飾法
  10. 第98回日本化学会春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part II

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年3月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

「骨格編集」×「ナノカーボン合成」〜ナノカーボン合成の新戦略を実証〜

第719回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(忍久保研究室)博士後期課程2年の平…

【書評】立体化学 はじめの一歩

立体化学は,分子の三次元構造を理解するための重要な分野であり,有機化学や…

水のシミュレーション入門 — 水分子を計算機の中でどう”描く”か —

身近なのに、計算機にとって手強い"水"。本記事では、点電荷モデルから機械学習まで、その"描き方"の進…

◆◇◆◇ 第36回フォーラム・イン・ドージン開催のご案内 ◆◇◆◇

同仁化学研究所が熊本から世界へ情報発信するフォーラム・イン・ドージンの開催ご案内です。今年は『な…

『力』による円偏光発光のon/off制御を単一分子レベルで実現

第718回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 物質理工学院(相良研究室)博士後期課程2年の野中…

数日かかっていた反応機構解析を、わずか数分に!

機械学習ポテンシャルが変える計算化学の現在近年、DFT計算による反応機構解析は広く行われるよ…

海外ポスドクのオファーをもらう【アメリカで Ph.D. を取る: 進路編】

ポスドクとして海外に留学する場合、希望する研究室の教授に直接連絡を取り、面接などを通して適性を判断さ…

MDで観るトライボロジー 〜原子が擦れるその場をシミュレーション〜

軽くて強いのに摩耗に弱いチタン合金は、航空機や人工関節に広く使われています。原子が擦れ合うその場を分…

酸素を過酸化水素へ!可視光で駆動する有機高分子光カソード

第717回のスポットライトリサーチは、新潟大学大学院自然科学研究科(無機ナノ材料研究室)博士前期課程…

ペプチド合成におけるアスパルチミド化/Aspartimide Formation in Peptide Synthesis

⏱ 30秒サマリー 何をする反応か — Fmoc-SPPS のピペリジン…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP