[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ケイ素半導体加工に使えるイガイな接着剤

[スポンサーリンク]

GREEN2013mussel1.png

そこに本物になろうという意志があるだけ偽物の方が本物より本物だ 

海辺の岩場にびっしりとへばりついたイガイの集団。海水で常に洗われ、濡れた岩場にどうやってくっついているのでしょうか。この疑問に潜むイガイの秘技を真似した先に、湿気の影響を受けない新たな接着材料が開発されました[5]。半導体素子を含めケイ素材料の加工に特化した、自然のシステムを超越する工夫とはいかに?

イガイを真似た接着物質を半導体素子などケイ素材料の加工に

  • そもそもイガイはどうやってからだを岩場に固定するのか

イガイ(Mytilus sp.)は二枚貝のなかまで、とくにヨーロッパのものはパエリアの材料としてなじみであるようにムール貝とも呼ばれます。海と陸が接する潮間帯の岩場でよく見られ、岩礁に固着したイガイは海水中の動物プランクトンを濾過して食べています。

からだを岩場に固定するため、イガイは足糸腺という場所から、特殊な接着物質を分泌しています。海水で濡れた岩場であっても、荒波にはがされないほどがっちりと、からだを固定しているのだから、この天然接着剤には驚きです。その正体はというと、ドーパという特別なアミノ酸に富んだ短いペプチドであることが判明し[1]、その構造も解明されています[2]。

GREEN2013mussel2.png

どーんとドーパの構造式

 

このドーパは、ペプチドの設計図を記録した遺伝子が転写・翻訳された後、標準アミノ酸のチロシンに由来した箇所が修飾されてできるとされます[2]。ドーパ単独ならばわたしたちの脳では神経調節物質として知られていますが、ペプチドに組み込まれるとカテコール構造を起点にして接着を仲介するようになるのです。実際、原子間力顕微鏡と同じ要領(図を参照)で、探針の先にカテコールを結合させると、岩石の構成成分と強く相互作用することが確認されています[3]。からだの外に分泌されるまで固まらないようにと、実際には精密な制御の分子機構がある[4]のですが、とにもかくにもイガイ接着ペプチドの決め手はこのカテコール構造にあるわけです。

GREEN2013mussel3.png

カテコールと標的材料の相互作用を検出する実験 / 論文[3]より

 

  • 湿気の影響を受けにくい接着剤を目指した生体模倣材料

接着剤にもいろいろと種類があって、表面が乾いていれば乾いているほどよいもの、ほんの少しだけの水分が必要なものなど、それぞれ違います。しかし、デンプンのりにせよ、スティックのりにせよ、木工ボンドにせよ、多くの接着剤は海辺の波打際のように濡れた表面では使えません。また、木材でもガラスでも金属でもプラスチックでも、何でも接着剤がくっつけられるかというと、それは難しいことです。

天然に産するイガイ接着ペプチドは、そういった課題を克服するインスピレーションに富んでいます。部分的にしか構造が分からなかった1900年代[1]には、まだ全容が解明[2]されてないというのに、盛んに類縁体が合成され、応用に向けた研究[6a-6f]がされていました。

2012年になって報告されたカテコール誘導体[5]もそのひとつ。こちらは半導体などケイ素材料に特化した改良が施されています。

GREEN2013mussel4.png

チオールとアルケンは紫外線照射下に反応してスルフィドを生成する

接着したいときに、接着したいところだけで、どう機能させるかが、分子設計の上で工夫のしどころです。そこかしこにくっつくベタベタな糊のままでは上手く塗れない上に、やがて変性してしまうので、まずは接着の決め手となるカテコールを、トリエチルシリル基(-Si(C2H5)3, triethylsilyl; TES)で保護。ケイ素材料の表面を誘導体化しておき、クリックケミストリーの要領でチオールアルケンをカチッと反応させ、紫外線照射パターンにあわせて共有結合を形成。光制御下に糊の原料を塗り分けたところで、脱保護してトリエチルシリル基を外したのち、ここにシリカ微粒子を接触。軽く洗い流してみても、このとおり、見事にイボイボのテッペンにだけシリカ微粒子が接着されています[5]。

GREEN2013mussel5.png

トリエチルシリル基の脱保護産物もいっしょに洗浄 / 論文[5]より

保護脱保護に、クリックケミストリーにと、ひとひねり・ふたひねりの工夫が光る合成品。高機能であろうという意志さえあれば、きっと人工材料にこそ天然材料以上の価値が生まれていくことでしょう。こういったユニークな研究が、いつか活躍する日が来たら、素敵ですね。

 

  • 参考論文 

[1] イガイ接着ペプチドのアミノ酸組成はドーパに富む

"Polyphenolic substance of Mytilus edulis: Novel adhesive containing L-dopa and hydroxyproline." Waite JH et al. Science 1981 DOI:10.1126/science.212.4498.1038

[2] イガイ接着ペプチドの同定による構造解明

"Probing the adhesive footprints of Mytilus californianus Byssus." Zhao H et al. J. Biol. Chem. 2006 DOI: 10.1074/jbc.m510792200

[3] イガイ接着の力学基盤を原子間顕微鏡の原理で解明

"Single-molecule mechanics of mussel adhesion." Lee H et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2006 DOI: 10.1073/pnas.0605552103

[4] イガイ接着ペプチドの酸化還元状態制御の分子機構を解明

"Mussel protein adhesion depends on interprotein thiol-mediated redox modulation." Yu J et al. Nature Chemical Biology 2011 DOI: 10.1038/nchembio.630

[5] イガイを模倣した新規材料への改良

"Improved performance of protected catecholic polysiloxanes for bioinspired wet adhesion to surface oxides." Heo J et al. J. Am. Chem. Soc. 2012 DOI: 10.1021/ja309044z

[6] (a) "Synthetic polypeptide mimics of marine adhesives." Yu M et al. Maclomolecules 1998 DOI: 10.1021/ma980268z / (b) "Role of L-3,4-Dihydroxyphenylalanine in Mussel Adhesive Proteins." Yu M et al. J. Am. Chem. Soc. 1999 DOI: 10.1021/ja990469y / (c) "Mussel adhesive protein mimetic polymers for the preparation of nonfouling surfaces." Dalsin JL et al. J. Am. Chem. Soc. 2003 DOI: 10.1021/ja0284963 / (d) "New peptidomimetic polymers for antifouling surfaces." Statz AR et al. J. Am. Chem. Soc. 2005 DOI: 10.1021/ja0522534 / (e) "Mussel-inspired surface chemistry for multifunctional coatings." Lee H et al. Science 2007 DOI: 10.1126/science.1147241 / (f) "A reversible wet/dry adhesive inspired by mussels and geckos." Lee H et al. Nature 2007 DOI: 10.1038/nature05968

Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. Rice cooker
  2. ジンチョウゲ科アオガンピ属植物からの抗HIV活性ジテルペノイドの…
  3. 生命由来の有機分子を見分ける新手法を開発
  4. 含『鉛』芳香族化合物ジリチオプルンボールの合成に成功!①
  5. 今年も出ます!!サイエンスアゴラ2015
  6. 窒素固定をめぐって-2
  7. 芳香環メタ位を触媒のチカラで狙い撃ち
  8. 祝100周年!ー同位体ー

注目情報

ピックアップ記事

  1. 香りで女性のイライラ解消 長崎大が発見、製品化も
  2. メチオニン選択的タンパク質修飾反応 Met-Selective Protein Modification
  3. マッテソン増炭反応 Matteson Homologation
  4. コーリー・ニコラウ マクロラクトン化/Corey–Nicolaou Macrolactonization
  5. パッションフルーツに「体内時計」遅らせる働き?
  6. 「幻のイオン」、テトラフェニルアンモニウムの合成を達成!
  7. アラン・マクダイアミッド氏死去
  8. マイヤース・斉藤環化 Myers-Saito Cyclization
  9. 有機合成化学協会誌2019年9月号:炭素–水素結合ケイ素化・脱フッ素ホウ素化・Chemically engineered extracts・クロロアルケン・ニトレン
  10. ソープ・インゴールド効果 Thorpe-Ingold Effect

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年1月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

「骨格編集」×「ナノカーボン合成」〜ナノカーボン合成の新戦略を実証〜

第719回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(忍久保研究室)博士後期課程2年の平…

【書評】立体化学 はじめの一歩

立体化学は,分子の三次元構造を理解するための重要な分野であり,有機化学や…

水のシミュレーション入門 — 水分子を計算機の中でどう”描く”か —

身近なのに、計算機にとって手強い"水"。本記事では、点電荷モデルから機械学習まで、その"描き方"の進…

◆◇◆◇ 第36回フォーラム・イン・ドージン開催のご案内 ◆◇◆◇

同仁化学研究所が熊本から世界へ情報発信するフォーラム・イン・ドージンの開催ご案内です。今年は『な…

『力』による円偏光発光のon/off制御を単一分子レベルで実現

第718回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 物質理工学院(相良研究室)博士後期課程2年の野中…

数日かかっていた反応機構解析を、わずか数分に!

機械学習ポテンシャルが変える計算化学の現在近年、DFT計算による反応機構解析は広く行われるよ…

海外ポスドクのオファーをもらう【アメリカで Ph.D. を取る: 進路編】

ポスドクとして海外に留学する場合、希望する研究室の教授に直接連絡を取り、面接などを通して適性を判断さ…

MDで観るトライボロジー 〜原子が擦れるその場をシミュレーション〜

軽くて強いのに摩耗に弱いチタン合金は、航空機や人工関節に広く使われています。原子が擦れ合うその場を分…

酸素を過酸化水素へ!可視光で駆動する有機高分子光カソード

第717回のスポットライトリサーチは、新潟大学大学院自然科学研究科(無機ナノ材料研究室)博士前期課程…

ペプチド合成におけるアスパルチミド化/Aspartimide Formation in Peptide Synthesis

⏱ 30秒サマリー 何をする反応か — Fmoc-SPPS のピペリジン…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP