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化学者のつぶやき

ジアゾニウム塩が開始剤と捕捉剤を“兼務”する

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アリールジアゾニウム塩を用いたプレニルカルバマート/ウレアのシクロアミノジアゾ化反応が開発された。入手容易で長期保存可能なジアゾニウム塩が、反応の開始剤およびラジカル捕捉剤の双方の働きを担っている。

カルバマート/ウレアの環化反応

アリルアルコールやアリルアミンがもつオレフィンのアミノ化は、原料が入手容易かつ豊富に存在するという点から、多官能基性脂肪族化合物の合成において汎用される手法である。中でも、アリル基をもつカルバマートやウレアの分子内環化によるC–N結合形成反応は数多くの報告例がある。例えば、ハロニウム中間体を経由するアミノハロゲン化やパラジウム触媒を用いたカルボアミノ化などが知られている[1]。近年では、ラジカル捕捉剤を変えることで自在な官能基導入が可能になることから、カルバマート/ウレアより生じるアミジルラジカル中間体を経る反応開発が注目を集めている(1A)

2000年にNicolaouらは、2-ヨードキシ安息香酸(IBX)を用いたヒドロアミノ化反応を報告している[2]。また、2013年にLiらは、銀触媒およびセレクトフルオル®を用いてシクロアミノフッ素化反応を開発した[3]。しかし、これらのアミジルラジカルの生成を駆動力とする環化反応で用いる試薬はいずれも高価である上に、別途合成に手間がかかることが問題として挙げられる。これらの問題を解決する手法として、Knowlesらは2015年に、可視光レドックス触媒と弱塩基を用いたプロトン共役型電子移動(PCET)によってアミジルラジカルを発生させ、環化反応を行うことに成功している[4]

 今回、ブリストル大学のClayden教授らは、プレニルカルバマート/ウレアに対し、アリールジアゾニウム塩をラジカル捕捉剤に用いることで、アミジルラジカル中間体を経るシクロアミノジアゾ化反応の開発に成功したので紹介する(1B)。電子豊富なカルバマート/ウレアと電子不足なジアゾニウム塩を用いることで、光触媒条件下でなくとも反応が進行する。

図1. カルバマートおよびウレアの分子内環化反応

 

Transition Metal-Free Cycloamination of Prenyl Carbamates and Ureas Promoted by Aryldiazonium Salts

Abrams, R.; Lefebvre, Q.; Clayden, J. Angew. Chem., Int. Ed. 2018,57, 13587.

DOI: 10.1002/anie.201809323

論文著者の紹介

研究者:Jonathan Clayden

研究者の経歴:
1986-1989 B.A., Churchill College, University of Cambridge
1989-1992 Ph.D., University of Cambridge (Prof. Stuart Warren)
1992-1994 Posdoc, École Normale Supérieure (Prof. Marc Julia)
1994-2000 Lecturer in Chemistry, University of Manchester
2000-2001 Reader in Chemistry, University of Manchester
2001-2015 Professor in Organic Chemistry, University of Manchester
2015- Professor of Chemistry, University of Bristol

研究内容:新規アトロプ異性体の合成、反応開発、生理活性物質の合成

論文の概要

本反応では、DMSO溶媒中NaPO2(OBu)2存在下、OプレニルカルバマートもしくはNプレニルウレア1に対し、pトリフルオロメチルフェニルジアゾニウム塩(2)を室温で30分間反応させることで、目的の環化体が高収率で得られる。ウレアの窒素原子上にアルキル基や、種々の置換ベンゼンをもつ基質に対して本反応は適用できる(2Aa)

また、プレニル部位に種々のアルキル基をもつ基質を用いても反応は進行する(2Ab)。各種対照実験やサイクリックボルタンメトリーを用いた機構解明研究の結果、塩基であるNaPO2(OBu)2により短時間で22*に分解されることが反応開始段階となっていることが明らかとなった。本反応は、1) 2の分解によるアリールラジカル2*の生成、2) 塩基存在下、カルバマート/ウレア1からアミジルラジカル4の生成、3) オレフィンへのラジカル環化付加、4) 2によるラジカルの捕捉、5) 塩基存在下もう一分子の1による3の生成および4の再生、という機構で進行すると推定されている(2B)

 以上、ジアゾニウム塩を用いたプレニルカルバマート/ウレアのシクロアミノジアゾ化反応が開発された。金属触媒を用いずとも進行する”redox-neutral”な反応が発見されたことは興味深い。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) 推定反応機構

 

参考文献

  1. (a)Balko, T. W.; Brinkmeyer, R. S.; Terando, N. H. Tetrahedron Lett.1989, 30, DOI: 10.1016/S0040-4039(01)93707-4 (b) Tamaru, Y.; Hojo, M.; Higashimura, H.; Yoshida, Z.-I. J. Am. Chem. Soc. 1988,110, 3994. DOI: 10.1021/ja00220a044
  2. Nicolaou, K. C.; Zhong, Y.-L.; Baran, P. S. Angew. Chem., Int. Ed. 2000, 39, 625. DOI: 10.1002/(SICI)1521-3773(20000204)39:3<625::AID-ANIE625>3.0.CO;2-#
  3. Li, Z.; Song, L.; Li, C. J. Am. Chem. Soc.2013, 135, 4640. DOI: 10.1021/ja400124t
  4. Choi, G. J.; Knowles, R. R. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 9226. DOI: 10.1021/jacs.5b05377

山口 研究室

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