[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ラウリマライドの全合成

[スポンサーリンク]

 

Evaluating Transition-Metal-Catalyzed Transformations for the Synthesis of Laulimalide
Trost, B. M.; Amans, D.; Seganish, W. M.; Chung, C. K. J. Am. Chem. Soc. 2009, ASAP doi:10.1021/ja907924j

Barry Trostらのグループ発、またもや大物全合成の報告です。

毎度のごとく独自開発した反応が盛りだくさんで、独自のこだわりが伺える合成に仕上がっています。


Trostグループから報告される全合成には、ルテニウム触媒を用いるアルケン-アルキン間のカップリング反応[1]が頻用されています。今回はこの反応にスポットをあてて紹介してみます。

laulimalide_3.gif
これは末端二重結合・三重結合という、ユビキタスな(どこにでもある)官能基同士で進行する反応です。また、極めて高い化学選択性・官能基受容性を持つため、全合成後半ですら普通に用いることが可能です。しかも交差反応形式でもあるがゆえ、ある面でオレフィンメタセシス以上のポテンシャルをもつ反応と言っても差し支えありません。

今回のラウリマライド合成においては、以下に示すような大環状合成に効果的に用いられており、もっとも目を引くステップとなっています。

laulimalide_2.gif
このアルケン-アルキンカップリングには、アルケンの二重結合が一つ内側へと移動した、決まった位置に内部オレフィンが得られる、というユニークな特性があります。

Trost教授はいずれの例においても、この特性を大変に上手く使って合成ルートを組んでいます。

たとえば今回の例では、大環状合成後にアリルアルコール(黄色で示した部分)ができるよう、アルコール官能基を隣接位置させた基質でカップリング反応を行っています。これによって反応後、多数存在する他の2重結合からこの部分だけを区別できるように設計してあるわけです。

実際このアリルアルコールは、最終段階の化学変換の足がかりとして、最大限に活用されています。すなわち、Osborn触媒[2]によるアリルアルコール転位、立体反転、引き続くSharpless不斉エポキシ化によって、最後のエポキシドを直接的に導入しています。

laulimalide_4.gif
他のステップでも金属触媒を用いる変換が各所で用いられています。それぞれ詳しく調べると、かなり勉強になって良いと思えます。

laulimalide_5.gif遷移金属を使う変換は、取り扱い・残留金属除去の難点、反応機構の難しさ、価格などの理由から、合成化学者からは実のところ敬遠されがちにも思います。

しかしこのように、他の方法では実現できない優れた変換を可能にする一つの手法でもあります。見かける機会があるたびに、少しずつでも勉強しておくのは悪くないことと思えます。

Trostグループから報告される全合成は、自前で開発した触媒を無理矢理組み入れているわけではなく、金属触媒の特性を十分理解し、かつ芯のある哲学に則ってそれを使っているように感じられます。

そういう「全合成の裏に透けて見える思想」こそが、学びがいのある味わい深いポイント、でしょうかね。

 

関連文献

[1] (a) Trost, B. M.; Frederiksen, M. U.; Rudd, M. T.  Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 6630. doi: 10.1002/anie.200500136  (b) Trost, B. M.; Toste, F. D.; Pinkerton, A. B. Chem. Rev. 2001, 101, 2067. DOI:10.1021/cr000666b

[2] Bellemin-Laponnaz, S.; Gisie, H.; Le Ny, J.-P.; Osborn, J. A. Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1997, 36, 976. doi:10.1002/anie.199709761

 

関連書籍

 

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで2 |第7回「有機合…
  2. 口頭発表での緊張しない6つのヒント
  3. 第5回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ
  4. リンダウ会議に行ってきた③
  5. 「イカ」 と合成高分子の複合により耐破壊性ハイドロゲルを開発!
  6. 人工DNAを複製可能な生物ができた!
  7. 特許の基礎知識(3) 方法特許に注意! カリクレイン事件の紹介…
  8. ジェフ・ボーディ Jeffrey W. Bode

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 最終面接で内定をもらう人の共通点について考えてみた
  2. 1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド : 1-(3-Dimethylaminopropyl)-3-ethylcarbodiimide
  3. 天然の日焼け止め?
  4. ガボール・ソモライ Gabor A. Somorjai
  5. Mestre NovaでNMRを解析してみよう
  6. アンモニアを用いた環境調和型2級アミド合成
  7. ユーコミン酸 (eucomic acid)
  8. 第130回―「無機薄膜成長法を指向した有機金属化学」Lisa McElwee-White教授
  9. パリック・デーリング酸化 Parikh-Doering Oxidation
  10. 染色体分裂で活躍するタンパク質“コンデンシン”の正体は分子モーターだった!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年11月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP