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和製マスコミの科学報道へ不平不満が絶えないのはなぜか

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(引用:ajw.asahi.com

先日発表された歴史をひっくり返すほどの研究、STAP細胞のニュースは市井を大いに賑わせています。

開発者が学位取得わずか2年目の女性科学者だったこと、心に響く苦難話とサクセスストーリーなど異例づくめも手伝って、広く興味をひく話題だったようです。

筆者は専門外なので、科学的詳細の解説は別に譲りたいと思いますが、今回の騒動に絡むネット上の意見には、いろいろ気になる点が散見されました。

「マスメディアは科学の肝要や基礎を詳細に報道しない」
「科学と関係ない、キャラや見た目やプライバシーにフォーカスしすぎ」
「日本人科学者の時しか大々的に取りあげないよね」
「海外メディアの優れた科学記事に比べ、日本のマスメディア何なの?」

こういった意見はノーベル賞の時にも常時出てくる、特に科学者サイドから噴出する不満です。筆者自身もいち科学者ですので、そういう感想を全く持たないと言えば嘘になります。

ただ、毎度同じような不満が続出すること自体、以前から全く変化が見られないようでもあります。優れた科学の裏で交わされる非難コメントは、正直見ていて気持ちの良いものではありません。

この現実をして「マスメディアの責任100%」と断ずるのは至極簡単です。しかしこれだけあちこちで言われ続けること、流石にメディアだけに原因を限った話ではないとも思われるのです。

いろいろ考えた結果、メディアと科学者同士の無理解とギャップが諸悪の根源なのではないか? と何となく思えてきました。

ここではあえて「科学サイドの意識と姿勢」に疑問を呈してみたいと思います。

「科学の詳細」を伝える必要性はどこまであるのか?

「マスメディアは科学を詳細に報道しない」
―ならば興味を持って貰うためには、どこまで詰め込むべきですか?

マスコミの使命は情報を迅速かつなるべく正確に、またできる限り多くの人にリーチさせることにあると思います。「できる限り多くの人に」という観点がポイントです。

マスメディアはあくまで情報の一カテゴリでしかない「科学」を伝えることを、そもそも自らの第一義と据えていないのでしょう。あくまで「皆が求めている情報を広く伝えること」が第一義というわけです。この思想の前には、科学以外にもエンタメ、政治、文化、スポーツなんでもござれです。(※筆者なりの解釈なので、ズレていればご指摘ください)

慌ただしく情報が飛び交う現代、視聴者の興味を引き続けるのは本当に大変なことです。パーソナリティ誇張やプライバシー開示まで突っ込む過熱報道、ウケがよいからと歯止めを外す「悪ノリ」も、人目を引くためしばしば起こります。かかる倫理面の大問題については、マスメディア側に自省を求めたいところではあるのですが・・・。

さてこれを眺める科学者側、「科学の内容を伝えてないじゃないか」と批判をします。それはその通りでしょう。報道の優先順位としては、そもそも低く扱われている現実かもしれないわけです。

「ほとんどの視聴者は、実のところ科学の深いとこまで興味がない」というのもまた事実だと思います。科学によって生活が便利になるかどうか、自分にとって有益かどうかだけが重要です。科学的内容だけでニュースを30分見続けさせることなど、おそらく誰にもできないでしょう。

百歩譲って、科学の基礎・先端情報に一定の報道価値があるとしましょう。ではほとんどの人にとって、それは優先的に仕入れるべき情報なのでしょうか?

これもそうではありません。科学の先端知識など、なくても普通に生活できるからです。もちろんリスク・デマに絡む話なので安易に放り投げてはいけないのですが、微に入り細にわたって全員が知っておく必要性はないのです。

科学に取り組む立場にあると、ついつい「これぐらいのことは当然知っておくべきでしょう」という上から目線の感覚を他人に押しつけてしまいがちです。しかし一般市民が必要とする知識は、遥かに初歩的なもので十分だったりします。

科学者側もアタマでは分かっているのでしょうが、想像以上に巨大なギャップのある現実と言えるでしょう。こちらの過去記事にもありますが、つっこんだ話をしても普通の人には響かず引かれてしまうだけなのです。詳細を頑張って伝えたところでほとんどの人には意味が無い、むしろ避けて通られるのなら商売にとってはマイナスだ・・・これこそが、マスコミが科学を敬遠する理由の一つではないでしょうか。

筆者も一人の科学者ですから、科学に興味を持って貰えることはもちろん素晴らしいと思います。

しかし多様化した今の世の中、楽しいことなど山ほど溢れています。皆が数多の選択肢の中から科学を一本釣りしてくれる道理はとなると、一体全体どこにあるのでしょうか?

「自分たちが報道して欲しいことを、望む形で報道されなかった」事実をして、軽々しく不平を述べてはいないだろうか?――このことは常に自問しておくべきポイントでしょう。

そもそもマスメディアは「科学をちゃんと報道していなかった」のだろうか?

「科学と関係ない、キャラや見た目やプライバシーにフォーカスしすぎ」
―では科学報道そのものは、いつもよりレベルが低かったのでしょうか?

今回のSTAP細胞は、「過去何百年の細胞生物学の歴史を愚弄している」とまで専門査読者に言わしめた成果。どれだけデータを積み増しても、「そんなことはありえない、間違っているはずだ」との先入観で評価されるものです。

これが予め分かっていたからこそ、密度の濃いデータを5年間蓄積し、説得力をこれでもかと高める作業が必要とされたのです。知人の生物学者も、膨大な実験量とそれを成し遂げる信念に感嘆するばかりのようでした。これぐらいしないと信じて貰えないからこそ、歴史的な成果たりえるのです。

さて、研究に特化して過ごす専門家が5年にわたり積み上げた詳細を、つい昨日第一報を仕入れたばかりのマスメディアが、一朝一夕で充実解説できるものなのでしょうか?

少なくとも筆者には、到底無理だろうと感じられます。

専門家ならば可能なのでしょうか?

おそらくこれほどの常識外れな成果、プロであればこそ発言には慎重になるでしょう。「すこし調べたり考える時間をください」と多くの学者は言うのではないでしょうか。記名で下手なことを述べてしまうと、研究者としての矜恃に関わるからです。

こういった現実も手伝ってしまい、成果が斬新であるほどマスコミ側も誰に聞けば良いのか分からないという事態が起こるのではないでしょうか。

要するに速報に科学的詳細を期待するのが、そもそも無茶という話です。「速報だからまずはこの程度で良いよね」と受け手側も寛容な姿勢を持つべきでしょう。

そういう寛容さのもと、「元来不要なレッテル貼りの要素を完全に省いて」ニュースを冷静に眺めてみるとどうでしょう。

メディア発のSTAP細胞関連記事は、実のところ限られた準備時間の中で、できる限りの解説がなされていなかったでしょうか?筆者には少なくとも、いつもの科学報道レベルに比べ、圧倒的に劣っているとは思えませんでした。大元の秀逸な理研プレスリリースも手伝い、むしろ適切に述べられているのではとすら思えます。

「それでも毎度レベルが低いからダメだ」と貶すことは勝手ですが、騒ぎを眺めるにかまけ、ベースの仕事を見逃さないようにはしたいものです。

日本で良質な科学報道が育たないのはマスコミだけの責任か?

「海外メディアの優れた科学記事に比べ、日本のマスコミ何なの?」
「日本人科学者の時しか大々的に取りあげないよね」
―じゃあ格調高いメディアを我々の手で作ってみませんか?

今回のような報道トラブルが起こると、毎度CNNやBBCなどを引き合いに出し、「ほらほら海外のメディアのほうが全然凄いじゃないですか~」と知った顔で主張する人が必ず現れます。

グローバルに影響力を持つ「ニュース特化型メディア」自体、そもそも日本には存在しません。グローバルという単語からして最近浸透しつつある現実ですから、今のところは致し方ないでしょう。無い物ねだりをしても仕方ありません。

こんな現状でCNNやBBCクラスを持ち出されても、正直対処に困るだけだと思えます(W杯に出られない時代の日本リーグに、おまえらなんで優勝できないの?と言ってるようなものでは)。そうは言うがじゃあどうすれば良いのか?と問い返してみると、建設的な答えを返せる人は存外少ないように思えます。

言い分の大半は、

「お金貰ってるプロなんだから、マスメディア側が考えろよ」
「人材足りないならどこからでも補充しろよ」

と投げっぱなしているだけではないでしょうか。

こういった乱暴な対応から、本当に優れた科学報道の芽が育まれるのでしょうか?筆者には、到底そうは思えません。

手元に無くて本当に必要なものなら、自ら作る努力をしたり、借りてくるなり、作りたいと考える人達の支援をしていくのが建設的姿勢なのではないでしょうか?

不満をこぼすばかり、どこの誰がそんな取り組みをしているというのでしょう?

マスコミとともに成長するために、科学者側で出来ることはないのか

「元論文ちゃんと読めよ、情報間違ってるじゃん」
「科学を伝える人材足りてないんじゃね?とっとと補充しろよ」
―ウチにイイ情報ありますよ 人材居ますよ 提供しますよ、と言えるようになりましょう

「マスメディアの科学報道は昔から全く成長してない」と断ずる科学者側の言説も多く目にしますが、これにも少し引っかかるものを感じます。

サラリーマン科学者・田中耕一さんのノーベル賞報道フィーバーの時と比べても、メディア側の誇張的取材姿勢は変わり映えしない・・・この見解には確かに同意できます。

しかし一方では、科学者側のメディアへの働きかけが少なすぎることも、こういった事態を引き起こす遠因であるように思えるのです。

マスメディア側にも、現状を改善したいと考える科学記者は少なくないはずです。

日本人が画期的成果をあげたりノーベル賞を受賞することは、今後ますます増えてくるでしょう。その度に情報提供が後手後手になるとすれば、彼らのプライドはいたく傷つくはずです。出来ることなら何とかしたいと思っていることでしょう。

ただとりわけ科学者の求めるレベルは、高すぎるほど高いのです。望むようにはマスメディアもなかなか出来ないはずです。

マスコミ側も、アピールや文章が下手という訳ではなく(むしろそちらのほうが専門なはずです)、単に「高度な科学情報をうまく得てかみ砕く方法を知らない」だけだとも思えます。

事実こうした意見をもつ科学記者も、中にはいらっしゃいます。情報取得の閾値をあげてしまっている原因は、科学者サイドの意識や風土にもありはしないでしょうか。科学者は真剣に取り組もうとする科学記者たちに対し、これまで何をしてあげたというのでしょう?

高度に複雑化した社会では、多数の人間が分散的に知識を持ち、得意分野で補いあうスタイルこそが現実的です。特定事項をあげつらって「なんであなた方はこんなこともできないんだ」と文句を言うのは無茶というものです。

報道のプロといえども万能ではなく、得意不得意はあります。そもそも何でも出来る万能超人などこの世にはいません。皆さん自身、専門外にまで完成度と成長を常時求められて楽しいですか? 少なくとも筆者は辛くて辛くて仕方ありません。誰しも向き不向きはあるのです。

「できないなら、僕はそれ得意だからサポートしてあげるよ、でも僕が出来ないときは助けてね」というお互い様な応対こそが健全ではないでしょうか。

キャッチーなことを面白おかしく取りあげるメディア、しっかりした科学を伝えるメディア、それぞれが必要とされています。メディア側にも、もっと多様性が必要です。

しかし後者のような格調高いメディアを育てるには、マスコミ側の自助努力だけで不可能なことも間違いありません。科学者側の支援は必須です。

伝え方に品がない?ではどのようなことをすれば品格を伴って伝わると思いますか?マスコミに教えてあげましょう。適当なことばかりネットの海につぶやいても何も変わりません。

正確な情報が出てこない?ならば調べやすいよう、科学者側でサポートしてあげればいいのでは?彼らは科学知識の収集に不得手ですから。

科学を満足できるレベルで報道できる人材が、マスメディアに圧倒的に足りてないじゃん。ではどうして科学サイドは人材を送りこめなかったのでしょうか?

そんなことに関わるヒマはない、研究するのに忙しい?なら仕方ないですよね、現状で我慢してください。「マスコミと一緒に科学者側も成長する」貴重な機会を逃しているかも知れませんよ。

今の現実をもたらしている背景には何があったのか、科学者サイドも一旦立ち止まって考えるべきタイミングではないでしょうか。

科学者は組織戦や情報の扱いにナイーブすぎないか?

“かっぽう着の写真を撮らせ、デートやファッションというプライベートの質問を認めた、理化学研究所の広報担当はこのような騒ぎになることを想定していなかったのか、疑問が残ります。もし、メディア受けしそうなエピソードをアピールし、ニュース性を高めようとしたなら、マスメディアだけの責任というわけにもいかないでしょう…”(こちらの記事より引用)

この指摘はなかなかに核心を突いているように思います。

すなわち今回の件については、科学者側で介入しうる余地が多分にあったのではないか、もっと言うなら「この騒動は科学者側で十分予測可能だったのではないか」ということです。

またこの騒動こそが、科学とメディアの間にある大きな溝、信頼関係の欠如を象徴しているようにも思えます。

「人目を引く報道はある程度やってくれていい、市井に広める意味で効果はあるし、あなたたちにも利益はあるでしょう。しかし数日したら詳細で正確な報道を必ずして欲しい、より興味を持つ人たちへとしっかりリーチさせたいのでね」

科学とメディアの間に意思疎通と信頼関係が成立していれば、メディアにこう提言して、それを遵守して貰えばよかっただけです。行き過ぎ報道へともの申すことも出来たはずです。しかしそうはなっていない。結局は小保方博士が自ら「報道自粛してください」と申し出るハメになっているのですから。

なぜそれが機能しなかったか?これは一考の余地があると思います。

今回の報道トラブルに限らず、科学者たちは組織的な情報戦略にあまりにナイーブなのではないでしょうか。メディア側の過熱報道を、誰も未然に止められなかった。コミュニティの財産である画期的業績を上げた科学者を、報道側の「悪ノリ」から自粛要請以外の方法で守れない現状ではないか、とも思えるのです。

おわりに

研究妨害やプライバシー侵害にまで至るマスコミ側の過熱報道は、もちろん全く褒められたものではありません。

小保方博士本人が声明を出したことで、一定の沈静化を見せはするでしょう。

ただこれをもって

「やっぱり所詮は、科学を何も分かってないマスゴミのやることだったよな」

と科学者側が溜飲を下げて終了する空気を生みかねないのでは?という危惧が浮かびました。

科学者側にも非はなかったのか?反省点は本当になかったのか?

この思考と議論を放棄してよしとする空気が科学者側で出来上がりかねないことが、非常に気になったのです。

化学を広く伝える一翼を担うケムステの一員として、ここは見過ごせないと思えました。報道側への寛容と理解が科学者側で進まないのであれば、いったいどこの誰が科学を広める役を担いたがるのでしょう?

情報媒体が一定の影響力を持つまでは、本当に時間かかってしんどいものです。ケムステも10年以上活動していますが、数千人程度にリーチできる影響力しか未だ持てていません。科学を題材にしつつ広く周知させる仕組み作りの難しさは、どの団体よりも痛烈に分かっているつもりです。正直こんなの無理ゲーではないか?と思ったことも数知れません。支援・応援してくれる人は、どんな活動にも必須です。徹頭徹尾一人やる限り、大した成果にはなりません。周りを巻き込む必要があるのです。

現行メディアも最初から力を持っていたわけではなく、辛い時期を乗り越え、ブランド構築に大変なリソースと年月を割いてきています。そこを理解せず、安直にこき下ろすことは避けていただきたく思います。他でもない理系人材が、報道/広報を真っ先に進路から排除する傾向を助長するおそれがあるからです。これは科学者にとっても好ましくないでしょう。

副代表個人は、「化学者を都合良く満足させる媒体ではなく、賛否両論いろんな考え方をふまえつつ広く社会へ化学を届けるケムステでありたい」と思います。ですからあえて科学者側に警鐘を鳴らすような文を書かせていただきました。

「科学者の方々は、宣伝側を訳知り顔で小馬鹿にしすぎなんじゃないの?」とふと思えたことがきっかけですが、皆さんで共に考える契機とできれば本望です。ご批判ご意見など、広く頂ければ幸いです。

最後に一つだけ。

「科学をやってる俺は偉い、外側で解説してるだけの奴に言われたくない」って、無意識に思ってしまってないですか?

長文におつきあいいただき、有り難うございました。

 

【追記2014/12/1】

本記事を書いてから早10ヶ月が経ちました。STAP細胞事件の顛末は、皆さん既にご存じの通りです。ノーベル賞級の偉業はどこへやら、日本の科学界全体までもを揺るがす歴史的騒動となってしまい、その過程で尊い人命までもが失われる最悪の結末となってしまいました。

システムに内在している膿を経営観点から放置し続けてきた科学者たち、叩けば視聴率が取れるからと倫理度外視で個人攻撃を一切止めなかったマスメディア、その様を面白おかしくワイドショーのネタにすることを甘受してしまった国民・・・多くの方々が持つ「罪」が顕在化してしまった例だと思っています。

STAP細胞の発見自体は無かったものとされつつありますが、本記事で述べてきたことは今なお通用してしかるべきと考えます。つまり科学者とマスメディアの関係は、まだ何も変わって無いということです。

自殺者が出てだんまりを決め込んで以降、自浄的音沙汰が全くないマスメディア側を変えていくことは、正直無理なのではと筆者には思えました。しかし当事者である科学者側は、これをきっかけにいくらでも変われるはずです。研究システムの健全化、マスメディアとのつきあい方、情報マネジメントの重要性・・・いずれも長期で改善していくべきものでしょう。このような惨劇を二度と起こさないようにしなくてはなりません。

 

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関連リンク

「STAP細胞」の社会的周辺:倫理問題・理系人材など – Togetter

STAP細胞に関して、科学者とSF関係の人たちのつぶやき。- Togetter

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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