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化学者のつぶやき

ホウ素ーホウ素三重結合を評価する

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炭素間に三重結合をもつアセチレンの発見は1836年、今から200年近く前にさかのぼります。一方で、ホウ素間に三重結合をもつ化合物(ジボリン)の歴史は浅く、2012年に本論文の著者でもあるBraunshweigらにより初めて合成が報告されました。[1]

その際、X線結晶構造解析と理論計算を駆使して、ジボリンの構造を議論しています。しかしながら、ホウ素間の結合次数を直接的に評価する測定法は確立されていませんでした。最近、Braunshweigによりホウ素–ホウ素三重結合の強さの実験的評価法に関する研究が報告されていました。

 

“Experimental Assessment of the Strengths of B–B Triple Bonds”

Böhnke, J.; Braunschweig, H.; Constantinidis, P.; Dellermann, T.; Ewing, W. C.; Fischer, I.; Hammond, K.; Hupp, F.; Mies, J.; Schmitt, H.-C.; Vargas, A. J. Am. Chem. Soc.2015, 137, 1766.

DOI: 10.1021/ja5116293

 

本記事は、同元素間における三重結合に関する研究の背景について概観したのち、上記の論文を紹介したいと思います。

 

ホウ素–ホウ素三重結合の合成

炭素–炭素結合をもつ化合物にはアルカン、アルケン、アルキンがあることは、有機化学において初学的な内容であり、よく知られています。中でも三重結合を持つアルキンは結合に6電子が使われており、単結合、二重結合と比べ大きな結合エネルギーを有しています。周期表で炭素の隣にある窒素も、同元素間で三重結合を有する窒素分子が知られています。

しかしながら、このように同じ元素同士で三重結合を形成する分子は一般的ではありません。例えば、周期表で炭素の下であるケイ素に着目すると、ケイ素–ケイ素三重結合をもつ化合物の登場は最近の話であり、2004年に関口らによって初めて合成が達成されました。[2]

また、2006年には時任らがゲルマニウム–ゲルマニウムの三重結合を持つ化合物の合成を達成しています。[3] 興味深いことに、高周期典型元素の三重結合は直線構造を取らず、トランス方向に折れ曲がった構造をとることが知られています。このような新規結合の初めての合成による発見は、化学者として興味がそそられる1つの基礎研究です。

 

近年研究されている新規結合の一つに、ホウ素–ホウ素多重結合があります。ホウ素は炭素と比べ価電子の数が一つ少なくオクテットを満たせないため、安定なホウ素–ホウ素多重結合の化合物は少ない。上述したジボリンの合成を下に示します(図1)。下図に示すように、彼らはテトラブロモジボロンを出発物質とし、N-ヘテロ環状カルベンを配位させたのち、還元を行うことで目的物を得ています。ホウ素同士の結合距離は1.449 Åと、従来のホウ素–ホウ素結合化合物よりもかなり短いことがわかります。また、ホウ素の場合はアセチレンのようにカルベン炭素とホウ素がほぼ直線の構造を取ることがわかりました。

 

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図1. ジボリンの合成

 

 

ホウ素–ホウ素三重結合の強さ

これまでは安定なジボリンが存在しなかったため、その結合の状態は計算で予測するにとどまっていました。そこで今回筆者らは自身で合成した安定なジボリンを用い、その結合の強さを初めて実験的に評価し、実測と計算がどの程度一致するのかを確かめました。結合の強さを調べる代表的な方法は赤外分光法による振動数の測定です。しかしホウ素–ホウ素結合は赤外不活性であるため、彼らはラマン分光法により三重結合の振動数を求めることにしました。

 

図2に示すように、ジボリン1のラマンスペクトルは計算値と良い一致を示し、ホウ素–ホウ素結合の振動に対応するスペクトルが帰属されました。調和振動子近似による振動数と力の定数kとの関係は式(1)で表されます。この式に基づいてkを概算すると、k〜850 N/mという値が得られ、窒素分子 (~2250 N/m)やアセチレン (~1600 N/m)の三重結合と比較して小さいことがわかりました。結合の強さがB<C<Nの順になることが実験的に示されました。

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式(1)

 

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図2 ジボリン1のラマンスペクトル(実測値と計算値)

 

筆者らはジボリン2についても調べています(図3)。ジボリン2の結合長はジボリン1と同程度の1.446 Åであり、ラマンスペクトルも同じ領域に観測されました。また、12に関して、筆者らはホウ素–ホウ素結合のπ軌道からNHC配位子への逆供与は起こっていないと考察しています。

 

 

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図3 ジボリン2のラマンスペクトル(実測値と計算値)

 

一方で、ホウ素–ホウ素結合のπ電子がNHC配位子に逆供与を起こす分子も筆者らにより合成されています。化合物3に用いられている配位子はカルベン炭素の隣に窒素原子を一つしか持たないため、カルベン炭素のπ酸性はより高くなります。そのためホウ素のπ軌道から配位子に逆供与が起こり、ホウ素–ホウ素結合の距離は1.489 Åとなります。興味深いことにジボリン12と比べて結合は伸長しているものの、ラマンスペクトルではジボリン12と同様の1600~1700 cm–1付近にホウ素–ホウ素結合に由来するピークが得られています。これは、ホウ素–ホウ素二重結合を持つB2IDep2Br2と比べてかなり大きい波数である。この結果に関して筆者らは、化合物3がクムレンと同じ電子構造しており、この化合物は三重結合性を持たないからであると述べています。

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筆者らはこの論文中でもう一つの力の定数fRについても述べています。fRは式(1)から算出されるkとは異なり、周囲の力の影響が無い状態での目的の結合のみの強さを独立に評価する手法です。この結果からも、化合物3のホウ素–ホウ素結合はジボリン1,2と比べて弱く、B2IDip2Br2より強いという結果が出ており、クムレン型の電子構造をしていることが示されています。

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まとめ

今回の論文では、ホウ素–ホウ素結合に関して計算とラマンスペクトルの観測による評価を行いました。計算と実測のスペクトルには大きな違いはなく、これまでに予測されてきた性質を裏付けた形となりました。今後もこのような基礎研究により、典型元素の新規多重結合が生まれることに期待したいと思います。

 

関連文献

  1. Braunschweig, H.; Dewhurst, R. D.; Hammond, K.; Mies, J.; Radacki, K.; Vargas, A. Science 2012, 336, 1420. DOI: 10.1126/science.1221138
  2. Sekiguchi, A.; Kinjo, R.; Ichinohe, M. Science 2004, 305, 1755. DOI: 10.1126/science.1102209
  3. Sugiyama, Y.; Sasamori, T.; Hosoi, Y.; Furukawa, Y.; Takagi, N.; Nagase, S.; Tokitoh, N. J Am Chem Soc 2006, 128, 1023. DOI: 10.1021/ja057205y

 

bona

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