[スポンサーリンク]

一般的な話題

目指せ!フェロモンでリア充生活

[スポンサーリンク]

フェロモンと聞くと真っ先に思いつくのはどんなイメージでしょうか?なんとなくいかがわしい感じとか、お色気とか一般的には少しアングラな感じで捉えられているかと思います。フェロモン(pheromone)とは、ギリシア語で運ぶという意味の’pherein’と興奮を表す’horman’から作られた造語です。

理化学事典によるとフェロモンとは、“微量で動物の特定行動を誘起する物質” として定義されていますがこれでは少し説明不足であり、“同一種の個体に作用する”という定義も忘れてはいけません。同一種の異性を惹きつけたり、仲間を呼んだりするのに用いられる物質と考えるならば、リア充生活を営むための必須アイテムであると言えます。

 

さてフェロモンを使ってリア充生活を始める前に、少しフェロモンについて概観しておきたいと思います。焦ることなくお付き合い下さい。

ファーブル昆虫記にも蛾の雄と雌が交信するという観察の記述が見られることからも分かるように(ただしファーブルは物質による交信とは明言していない)、古くから昆虫同士の交信に人々は興味を持っていました。現在では昆虫の交信は主に物質が媒介することが分かっており、その主役となる信号物質としてフェロモンの研究が盛んです。昆虫の信号物質として世界で最初に同定されたフェロモンはカイコガから得られたボンビコール(bombykol)です。

 

 

bombykol.png

 

発見者のButenandt(1939年ノーベル化学賞)らは1939年から1961年の長きにわたり、50万匹ものカイコガの雌から抽出、精製を重ね、フェロモンを結晶性誘導体に変換したものを約12 mg(純品換算6 mg)得ることに成功しました。当時は機器分析が発達していなかったので、元素分析や、分解反応などを駆使する事により構造決定が行われました。最終的には4種の可能な幾何異性体を合成し、フェロモン活性を調べることで立体化学を含めた構造決定に至っています。当時はまだフェロモンという用語ができる前でした。

その後、次々に昆虫のフェロモンの単離、同定が進み、現在ではほんの数100匹も昆虫を集めれば、GC-MSを用いることによりフェロモンの同定は可能になってきています。また、ボンビコールについては結合タンパク質と複合体のX-線結晶構造解析も報告されており、フェロモン分子とタンパク質とが水素結合と二つの二重結合(図中青丸部)が二つのフェニルアラニン残基にπ-π相互作用によってサンドイッチされた巧みな結合の様子が観察されています[1]。

PBP

論文[1]掲載図を加筆の上転載

さて、一大分野を築き上げるに至った昆虫のフェロモンですが、他の動物もフェロモンを使っているのでしょうか?答えはyesで、様々な動物からフェロモンが単離されてきています。今回Vences、Schulzらによって両生類であるカエルから揮発性フェロモンの単離がAngew. Chem. Int. Ed. 誌に報告されましたので紹介します。

 

Volatile Amphibian Pheromones: Macrolides of Mantellid Frogs From Madagascar

Poth, D.; Wollenberg, K. C.; Vences, M.; Schulz, S.; Angew. Chem. Int. Ed. 51, 2187 (2012). DOI: 10.1002/anie.201106592

 

彼らはマダガスカルに生息する体長数cmの小型のカエル数種を研究対象に選びました。カエルは皆さんお馴染みのようにゲコゲコ鳴いて通信できます。それとは別にフェロモンによるコミュニケーションも以前から知られていましたが、ペプチドなどいずれも水溶性もしくは水面に広がるフェロモンでした。Schulzらの発見した化合物は昆虫フェロモンでもよく見られるような単純なアルコールやラクトンで揮発性があり、空気中を伝わって雌を魅了します。両生類でも昆虫と同じような生存戦略があるんだなあと感心させられます。また種によって異なる化合物、もしくは異なる成分比をフェロモンとして用いている点も昆虫と同じです。Butenandtが50万匹のカイコガを用いているのに対し、この報告ではわずか5匹の雄から抽出を行っており、時代の流れを感じます。

 

frogpheromone.png

単離されたカエルの揮発性フェロモン

一方、同じ両生類に属するサンショウウオ科の生物Hynobius leechiiはなんとプロスタグランジンFをフェロモンとして用いているという報告があります[2]。ほ乳類で平滑筋収縮作用が認められるプロスタグランジンをフェロモンに使うとは驚きです。

 

PGF

驚きついでに魚類に属するクサフグは、なんとふぐ毒として有名なテトロドトキシンを雄を誘因するフェロモンとして用いているというのではないかという説があります[3]。ただし、このテトロドトキシンはフグが自分で生合成しているわけではないので、厳密な意味でフェロモンなのかは議論の余地が残されます。多くの生物に対しては毒となる化合物をフェロモンとして用いるなんてフグの恋は激しいですね。その他、本来の意味での魚類のフェロモンはいくつか知られていて、例えばマスのフェロモンとしてはL-キヌレニン(kynurenine)が性フェロモンとして同定されています[4]。

 

TTX.png

 

変わり種としては毛ガニのフェロモン[5]や、微生物のフェロモン、など様々な生物が異性を惹きつけたり、仲間を呼んだりとフェロモンを利用しています。

 

crabpheromone.png

毛ガニのフェロモン(上)と酵母菌(Saccharomyces cerevisiae)のフェロモン(下)

さてそれでは、我々人類はフェロモンを使って異性や仲間を引き寄せることができるのでしょうか?少し長くなってきましたのでそのあたりについては次回に紹介させていただきたいと思います。乞うご期待です!

 

参考文献

  1. Sandler, H. B.; Nikonove, L.; Leal, W. S.; Clardy, J. Chem.Biol. 2000, 7, 143. doi:10.1016/S1074-5521(00)00078-8
  2. Eom, J.; Jung, Y. R.; Park, D.; Comp. Biochem. Phys. A 2009, 154, 61. doi:10.1016/j.cbpa.2009.05.006
  3. 大宮茂 ファルマシア 1996, 32, 961.
  4. Yambe, H. et al. Proc. Nat. Acad. Sci. 2006, 103, 15370. doi:10.1073/pnas.0604340103
  5. Asai, N.; Fusetani, N.; Matsunaga, S.; Sasaki, J. Tetrahedron 2000, 56, 9895. doi:10.1016/S0040-4020(00)00959-5

関連書籍

[amazonjs asin=”4591098826″ locale=”JP” title=”フェロモン”][amazonjs asin=”4081319014″ locale=”JP” title=”完訳ファーブル昆虫記 第1期 1-5巻 全10冊セット(化粧ケース入り)”][amazonjs asin=”4540043595″ locale=”JP” title=”フェロモン利用の害虫防除―基礎から失敗しない使い方まで”]

 

Avatar photo

ペリプラノン

投稿者の記事一覧

有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

関連記事

  1. 【山口代表も登壇!!】10/19-11/18ケミカルマテリアルJ…
  2. サイエンスアゴラの魅力を聞く-「iCeMS」水町先生
  3. 有機合成化学協会誌2019年12月号:サルコフィトノライド・アミ…
  4. ケムステV年末ライブ2024を開催します!
  5. 複数酵素活性の同時検出を可能とするactivatable型ラマン…
  6. 日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン P…
  7. ウレエートを強塩基性官能基として利用したキラルブレンステッド塩基…
  8. 世界初!ラジカル1,2-リン転位

注目情報

ピックアップ記事

  1. 最強の文献管理ソフトはこれだ!
  2. 第24回ケムステVシンポ「次世代有機触媒」を開催します!
  3. 室内照明で部屋をきれいに 汚れ防ぐ物質「光触媒」を高度化
  4. Chemistry Reference Resolverをさらに便利に!
  5. Carl Boschの人生 その1
  6. 第81回―「均一系高分子重合触媒と生分解性ポリマーの開発」奥田 純 教授
  7. 東レ科学技術賞:東京大学大学院理学系研究科奈良坂教授受賞
  8. 第8回XAFS討論会
  9. 日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 2
  10. 第46回ケムステVシンポ「メゾヒエラルキーの物質科学」を開催します!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年1月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

解毒薬のはなし その1 イントロダクション

Tshozoです。最近、配偶者に対し市販されている自動車用化学品を長期に飲ませて半死半生の目に合…

ビル・モランディ Bill Morandi

ビル・モランディ (Bill Morandi、1983年XX月XX日–)はスイスの有機化学者である。…

《マイナビ主催》第2弾!研究者向け研究シーズの事業化を学べるプログラムの応募を受付中 ★交通費・宿泊費補助あり

2025年10月にマイナビ主催で、研究シーズの事業化を学べるプログラムを開催いたします!将来…

化粧品用マイクロプラスチックビーズ代替素材の市場について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、化粧品…

分子の形がもたらす”柔軟性”を利用した分子配列制御

第666回のスポットライトリサーチは、東北大学多元物質科学研究所(芥川研究室)笠原遥太郎 助教にお願…

柔粘性結晶相の特異な分子運動が、多段階の電気応答を実現する!

第665回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院工学研究科(芥川研究室)修士2年の小野寺 希望 …

マーク・レビン Mark D. Levin

マーク D. レビン (Mark D. Levin、–年10月14日)は米国の有機化学者である。米国…

もう一歩先へ進みたい人の化学でつかえる線形代数

概要化学分野の諸問題に潜む線形代数の要素を,化学専攻の目線から解体・解説する。(引用:コロナ…

ノーベル賞受賞者と語り合う5日間!「第17回HOPEミーティング」参加者募集!

今年もHOPEミーティングの参加者募集の時期がやって来ました。HOPEミーティングは、博士課…

熱前駆体法を利用した水素結合性有機薄膜の作製とトランジスタへの応用

第664回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(化学研究所・山田研究室)博士後期課程…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP