[スポンサーリンク]

odos 有機反応データベース

パール・クノール チオフェン合成/Paal-Knorr Thiophene Synthesis

[スポンサーリンク]

概要

パール・クノール チオフェン合成(Paal-Knorr Thiophene Synthesis)とは、1,4-ジカルボニル化合物(1,4-ジケトン等)に硫黄導入剤を作用させて2,5-二置換チオフェンを与える環化反応。1884〜1885年にC. PaalとL. Knorrがそれぞれフラン・ピロール・チオフェン誘導体の合成として報告した一連の反応のうち、硫黄を導入してチオフェン環を構築する変法にあたる。[1] 硫黄源としては十硫化四リン(P4S10)や、ローソン試薬(Lawesson’s reagent)が一般的に用いられる。[1][2] これらの試薬はカルボニル酸素を硫黄へ置き換える「チオ化(thionation)」剤であると同時に、環化・脱水を促す脱水剤としてもはたらくと考えられている。[2][5]

対応するジカルボニル前駆体の置換基に応じて、2位・5位(さらに3位・4位)に置換基をもつチオフェンを組み立てられる点が特徴で、フラン(Paal-Knorrフラン合成)・ピロール(Paal-Knorrピロール合成)と共通の1,4-ジカルボニル骨格から、酸素・窒素・硫黄いずれの五員複素環へも展開できる。

反応中に猛毒の硫化水素(H2S)ガスが発生するため、ドラフト内での操作など十分な安全対策が必須である。

反応機構

一般的な理解では、(1) 硫黄導入剤が1,4-ジカルボニルのカルボニル酸素を硫黄へ置換してチオケトン(またはエンチオール互変異性体)を生成し、(2) 生じた硫黄求核種がもう一方のカルボニル炭素へ分子内攻撃して五員環を形成し、(3) 脱水・芳香族化を経てチオフェン環が完成する、と考えられている。[2][5] この過程で系中から硫化水素が放出される。ただし、チオ化がモノ体で進むかビス体(1,4-ビスチオケトン)を経るか、環化と脱水の順序など細部については議論が残るとされる。

特徴・適用範囲・類似反応との比較

強み: 入手容易な1,4-ジケトンから一段階でチオフェン環を構築でき、2,5-二置換(およびさらに置換された)チオフェンを比較的直截に得られる。フラン・ピロール合成と前駆体を共有するため、同一のジカルボニル骨格から複素環を作り分けられる汎用性がある。[3]

弱み・注意点: 猛毒の硫化水素が発生する。P4S10やローソン試薬は反応性が高く、他の求電子的官能基・敏感な官能基との共存に注意を要する。前駆体である1,4-ジケトンの入手性が基質適用範囲を規定する場合がある。反応機構が完全には解明されていないため、収率・選択性の予測は経験に依存する面がある。

以下の比較は代表的な傾向を示すものであり、最適な手法は目的とするチオフェンの置換様式・入手できる前駆体によって異なる。使い分けの最終判断は実験的検討を要する。

反応 主な前駆体 生成物の型 長所 短所・注意 使いどころ
Paal-Knorr チオフェン合成 1,4-ジカルボニル(1,4-ジケトン) 2,5-(〜3,4-)置換チオフェン 一段階・前駆体からの置換制御が明快 H2S発生・強い硫黄化試薬 1,4-ジケトンが得やすい2,5-置換チオフェン
Gewald チオフェン合成 ケトン/アルデヒド+活性ニトリル+硫黄(S8) 2-アミノチオフェン(3位にEWG) 2-アミノ基を直接導入、多置換に強い 生成物型が2-アミノチオフェンに限定的 2-アミノ-3-置換チオフェン骨格
Hinsberg チオフェン合成 1,2-ジカルボニル+チオジグリコール酸エステル チオフェン-2,5-ジカルボン酸誘導体 ジエステル型チオフェンを構築 生成物型が限定的 2,5-ジカルボキシル型チオフェン
Fiesselmann チオフェン合成 α,β-不飽和エステル/ニトリル+チオグリコール酸 3-ヒドロキシ/3-アミノチオフェン 3位官能基化に有用 適用範囲が特定型に限定 3-置換チオフェン

反応例

標準的な実施例

ヘキサン-2,5-ジオン(アセトニルアセトン)は、硫黄導入剤との反応で2,5-ジメチルチオフェンを与える。

多置換チオフェンへの展開

芳香族・脂肪族の置換基をもつ各種1,4-ジケトンから、対応する2,5-二置換チオフェンや、3,4位にも置換基をもつ多置換チオフェンが合成できる。マイクロ波を利用した位置制御的な多置換フラン・ピロール・チオフェンの3段階合成も報告されている。[3]

実験手順

1,4-ジケトン(1 equiv)を無水トルエンやTHF等の溶媒に溶かし、硫黄導入剤(ローソン試薬の場合は概ね0.5〜1.1 equiv、P4S10の場合は過剰量が用いられることが多い)を加えて加熱還流し、環化・チオフェン化を進める。反応の進行はTLC等で追跡し、完了後に後処理・精製する。マイクロ波照射により反応時間を大幅に短縮できる例も報告されている。[3]

実験のコツ・テクニック

  • 硫化水素(H2S)対策を最優先に: 反応中に猛毒のH2Sが発生する。必ずドラフト内で操作し、排気系にH2Sトラップ(次亜塩素酸ナトリウム水溶液等の吸収液)を設けるなど、除害を前提に設計する。
  • 硫黄導入剤の選択: 古典的にはP4S10が用いられるが、より扱いやすく副生成物の分離が容易なローソン試薬が近年は広く使われる。ローソン試薬はチオ化と脱水を穏和に進める。[2][5]
  • マイクロ波の活用: マイクロ波照射により、1,4-ジケトンからのチオフェン環化を短時間・良好な収率で行える例が報告されている。多置換体の位置制御合成にも応用されている。[3]
  • フッ素タグ付きローソン試薬(フルオラス化): フルオラス相分離を利用して試薬・副生成物の除去を容易にした「フルオラス・ローソン試薬」によるチオ化が報告されており、後処理の簡便化に有用とされる。
  • 前駆体1,4-ジケトンの調製: 目的チオフェンの置換様式は前駆ジケトンで決まるため、Stetter反応Michael付加など1,4-ジケトンの合成法と組み合わせて設計するとよい。

参考文献

  1. Paal, C. “Synthese von Thiophen- und Pyrrolderivaten.” Ber. Dtsch. Chem. Ges. 1885, 18, 367. DOI: https://doi.org/10.1002/cber.18850180175 (原著。チオフェン・ピロール誘導体の合成)
  2. Scheibye, S.; Pedersen, B. S.; Lawesson, S.-O. “Studies on Organophosphorus Compounds XXI. The Dimer of p-Methoxyphenylthionophosphine Sulfide as Thiation Reagent. A New Route to Thiocarboxamides.” Bull. Soc. Chim. Belg. 1978, 87, 229–238. DOI: https://doi.org/10.1002/bscb.19780870311 (ローソン試薬の原著)
  3. Minetto, G.; Raveglia, L. F.; Sega, A.; Taddei, M. “Microwave-Assisted Paal–Knorr Reaction – Three-Step Regiocontrolled Synthesis of Polysubstituted Furans, Pyrroles and Thiophenes.” Eur. J. Org. Chem. 2005, 5277–5288. DOI: https://doi.org/10.1002/ejoc.200500387 (マイクロ波・多置換体の位置制御合成)
  4. Kaleta, Z.; Makowski, B. T.; Soós, T.; Dembinski, R. “Thionation Using Fluorous Lawesson’s Reagent.” Org. Lett. 2006, 8, 1625–1628. DOI: https://doi.org/10.1021/ol060208a (フルオラス・ローソン試薬)
  5. Khatoon, H.; Abdulmalek, E. “A Focused Review of Synthetic Applications of Lawesson’s Reagent in Organic Synthesis.” Molecules 2021, 26, 6937. DOI: https://doi.org/10.3390/molecules26226937 (ローソン試薬の総説)

関連反応

関連書籍

外部リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. メルドラム酸 Meldrum’s Acid
  2. ロビンソン・ガブリエルオキサゾール合成 Robinson-Gab…
  3. ヒドロシリル化反応 Hydrosilylation
  4. 福山クロスカップリング Fukuyama Cross Coupl…
  5. パッセリーニ反応 Passerini Reaction
  6. ベンジル酸転位 Benzilic Acid Rearrangem…
  7. ヒンスバーグ オキシインドール合成 Hinsberg Oxind…
  8. バナジル(アセチルアセトナト) Vanadyl(IV) acet…

注目情報

ピックアップ記事

  1. アルファリポ酸 /α-lipoic acid
  2. 環状ペプチドの効率的な化学-酵素ハイブリッド合成法の開発
  3. 世界⼀包括的な代謝物測定法の開発に成功〜ワンショットで親⽔性代謝物を⾼感度かつ網羅的に測定!〜
  4. 【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る
  5. フローケミストリーーChemical Times特集より
  6. Host-Guest相互作用を利用した世界初の自己修復材料”WIZARDシリーズ”
  7. 力を加えると変色するプラスチック
  8. 研究費総額100万円!2050年のミライをつくる若手研究者を募集します【academist】
  9. 抗リーシュマニア活性を有するセスキテルペンShagene AおよびBの全合成研究
  10. プラテンシマイシン /platensimycin

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年8月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

<無料試薬サンプル進呈>バイオ試薬トライアルキャンペーン2026【東京化成工業】

東京化成工業では、日々の研究活動をサポートするバイオロジー研究用試薬を対象に、「バイオ試薬トライアル…

タリンにいってきました BOS2026 前編

みなさんこんにちは。ケムステ代表です。久々にまともに記事を書きます。さて、表題の通り、6月後…

第6回鈴木章賞授賞式&第10回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ

計算科学、情報科学、実験科学の3分野融合による新たな化学反応開発に興味のある方はぜひご参加ください!…

条件の「前後」も実験条件である【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

そのpH、“本当にその場所”の値ですか?ニードル式pHセンサーを使ってみた!

突然ですが、「培養の再現性がなんか悪い」「同じ条件のはずなのに結果がズレる」といった経験はあ…

「骨格編集」×「ナノカーボン合成」〜ナノカーボン合成の新戦略を実証〜

第719回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(忍久保研究室)博士後期課程2年の平…

【書評】立体化学 はじめの一歩

立体化学は,分子の三次元構造を理解するための重要な分野であり,有機化学や…

水のシミュレーション入門 — 水分子を計算機の中でどう”描く”か —

身近なのに、計算機にとって手強い"水"。本記事では、点電荷モデルから機械学習まで、その"描き方"の進…

◆◇◆◇ 第36回フォーラム・イン・ドージン開催のご案内 ◆◇◆◇

同仁化学研究所が熊本から世界へ情報発信するフォーラム・イン・ドージンの開催ご案内です。今年は『な…

『力』による円偏光発光のon/off制御を単一分子レベルで実現

第718回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 物質理工学院(相良研究室)博士後期課程2年の野中…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP