[スポンサーリンク]

一般的な話題

天然物生合成経路および酵素反応機構の解析 –有機合成から生化学への挑戦–

[スポンサーリンク]

ケムステ海外研究記の第 33 回はテキサス大学 Liu 研究室に留学されていた牛丸理一郎先生にお願いしました。

牛丸先生は名古屋大学で有機化学系の研究室にて修士課程を修了後、PhD を取得するためアメリカへ渡りました。具体的には、テキサス大学オースティン校薬学部のなかでも “創薬化学およびケミカルバイオロジー部門” に所属する Liu 研究室にて研鑽を積まれました。牛丸先生にとっての留学は、研究環境の変化だけでなく、異分野への挑戦をも意味します。牛丸先生の留学体験談は、留学をきっかけに新たな研究分野に挑戦しようと考えている方の後押しになると思います。それでは、インタビューをお楽しみください!

留学先ではどのような研究をされていましたか?

天然物生合成経路の解析とそれに関わる酵素反応の詳細な反応機構解明を行いました。特に、ヒヨスなど植物由来の非ヘム鉄α-ケトグルタル酸(αKG)依存酵素であるヒヨスチアミン 6β-ヒドロキシラーゼ (hyoscyamine 6β-hydroxylase, H6H) について研究しました。

自然界において、非ヘム鉄α-ケトグルタル酸依存酵素はヒドロキシル化、ハロゲン化、不飽和化、エピ化など多様な化学反応を触媒し、多数の天然物の構造的多様化に寄与しています。例えば、H6HはヒヨスチアミンのC6位をヒドロキシル化し、さらに中間体のアルコールをエポキシドに変換しスコポラミンを与えます (式1)。[1]しかし、なぜH6Hは中間体のC7位をヒドロキシル化せず、代わりに環化反応を触媒するかはわかっていませんでした。そこで、合成基質アナログを用いた反応解析と密度汎関数理論計算を行ったところ、ヒヨスチアミンのazabicyclo[3.2.1]octane骨格の特殊な立体配座が反応選択性に関わっていることが明らかになりました。[2,3]

式1. H6Hによるヒヨスチアミンのエポキシ化

なぜ留学しようと思ったのですか?

日本の大学院修士課程に在籍中、教員の先生方から海外の大学院に進学する選択肢があるという貴重なご助言を頂いたことが、留学を考えるきっかけとなりました。日本から海外の大学院に行く人は少数派なので、多くの人と違う経験ができるチャンスだと思い留学を決めました。当時は、アメリカが科学の中心で世界をリードしていると漠然と信じていたので、アメリカを留学先に選びました。また、海外の大学院では給料をもらいながら経済的に安定した環境で大学院の教育を受けることができるのも、非常に魅力的で、留学を決める理由の一つになりました。

留学先はどのようにして決められましたか?

日本では有機合成化学を学びましたが、留学するにあたり、別の研究分野も勉強してみたいという思いがありました。そこで、当時はほとんど知識がありませんでしたが、有機化学の知識や技術が役に立つ、生化学やケミカルバイオロジーの分野に挑戦したいと考えました。博士課程に進学するからには一流の研究活動を経験したかったので、主に研究室主催者の実績を考慮し、かつ研究内容が面白いと思える研究室への配属を希望しました。

研究留学経験を通じて、良かったこと・悪かったことをそれぞれ教えてください。

留学という観点からは、様々な文化や価値観に触れ、人生の糧になったと思います。また、日本人留学生が少ないからそこ、日本人同士での交流をもてました。特に、異なる分野で活躍している、大学院生や博士研究員の方と知り合えたことはとても刺激になりました。

特に悪かったことはありません。私の場合、日本の大学院で修士課程を修了後にアメリカの大学院博士課程に入学したので、学位取得までに時間がかかりました。このような場合、人によってはデメリットになるかもしれません。

テキサス大学や Liu 研究室の雰囲気はどうでしたか?

他の海外の大学に在籍したことがないので、比べることはできませんが、日本の大学と比べて、教職員、学生共に仲間意識がありとても一体感があったように感じました。特にフットボールなどのイベントではオースティン市全体で盛り上がるようです。

リウ先生をはじめ、研究室のメンバーは穏やかで親切な方が多く、皆が助け合える非常に良い雰囲気の中研究ができました。特に入学当初は天然物化学や酵素学に関してほとんど知識がなかったので、博士研究員や上級生からは、実験手法から研究の進め方まで細かく教えて頂きました。一方で、大学院生の多くは科学と各々の研究への強い熱意があり、平日、休日問わず夜遅くまで研究していました。切磋琢磨する環境で多くのことを学べました。

フットボールの試合 (引用: https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/26/Darrell_K_Royal-Texas_Memorial_Stadium_at_Night.jpg

渡航前に念入りに準備したこと、現地で困ったことを教えてください

入学審査のための書類の作成と英語の試験勉強に時間をかけました。また、引越しの際の高額な出費に備えるため、できるだけ日本にいる間にアルバイトなどをしました。留学のための様々な奨学金があるので、渡航前に申請しておくべきでしょう。

普段の生活で困ることはそれほどありませんでしたが、事故やトラブルなどに巻き込まれ、警察、保険会社、弁護士などとのやりとりが必要になることが何度かありました。トラブル時に、不当な不利益を被らないためにも、自分の意見を正当に主張することが重要であることを実感しました。

海外経験を、将来どのように活かしていきたいですか?

留学中の経験は、かけがえのない財産になりました。今後の、研究活動に生かしていきたいと思います。

最後に、日本の読者の方々にメッセージをお願いします

日本以外のアジアからの留学生は非常に多く、大学院留学は当たり前にある選択肢の一つです。興味がある方は、是非挑戦して頂きたいと思います。

関連論文・参考資料

[1] Hashimoto, T.; Yamada, Y. Eur. J. Biochem. 1987, 164 (2), 277−285. DOI: 10.1111/j.1432-1033.1987.tb11055.x.

[2] Ushimaru, R.; Ruszczycky, M. W.; Chang, W.-c.; Yan, F.; Liu, Y.-n.; Liu, H.-w. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140 (24), 7433−7436. DOI:10.1021/jacs.8b03729.

[3] Ushimaru, R.; Ruszczycky, M. W.; Liu, H.-w. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141 (2), 1062−1066. DOI: 10.1021/jacs.8b11585.

研究者のご略歴

名前:牛丸 理一郎

所属:東京大学大学院薬学系研究科 天然物化学教室(阿部研究室

研究テーマ:新規生合成酵素の同定と反応機構解明

海外留学歴:7年

関連記事

関連書籍

[amazonjs asin=”4320044231″ locale=”JP” title=”基礎から学ぶケミカルバイオロジー (化学の要点シリーズ)”] [amazonjs asin=”4759813799″ locale=”JP” title=”生物活性分子のケミカルバイオロジー :標的同定と作用機構 (CSJ Current Review)”]
Avatar photo

やぶ

投稿者の記事一覧

PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

関連記事

  1. リボフラビンを活用した光触媒製品の開発
  2. 【速報】2017年ノーベル化学賞は「クライオ電子顕微鏡の開発」に…
  3. 触媒的芳香族求核置換反応
  4. 不斉Corey-Chaykovskyエポキシド合成を鍵としたキニ…
  5. シクロデキストリンの「穴の中」で光るセンサー
  6. オゾンと光だけでアジピン酸をつくる
  7. 第三回ケムステVシンポ「若手化学者、海外経験を語る」開催報告
  8. 決め手はケイ素!身体の中を透視する「分子の千里眼」登場

注目情報

ピックアップ記事

  1. 日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part 1
  2. 小6、危険物取扱者乙種全類に合格 「中学で理科実験楽しみ」
  3. 【読者特典】第92回日本化学会付設展示会を楽しもう!
  4. 創薬・医療系ベンチャー支援プログラム”BlockbusterTOKYO”選抜プログラムへの参加チーム募集中!
  5. リード指向型合成 / Lead-Oriented Synthesis
  6. ランシラクトンCの全合成と構造改訂-ペリ環状反応を駆使して-
  7. ピラーアレーン
  8. パッションフルーツに「体内時計」遅らせる働き?
  9. 毒劇アップデート
  10. 【10月開催】マイクロ波化学ウェブセミナー

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年4月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP