[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

化学合成で「クモの糸」を作り出す

[スポンサーリンク]

第79回のスポットライトリサーチは、理化学研究所 環境資源科学研究センター 酵素研究チーム(沼田研究室)・土屋康佑 上級研究員にお願い致しました。

土屋さんの所属する沼田研究室は、機能性高分子材料としての「ポリアミノ酸」の合成法開発と機能開拓研究に精力的に取り組んでおられます。今回紹介する研究はその流れの中で、「クモの糸」の構造を模した高分子材料を酵素合成によって作り上げた成果です。プレスリリース・原著論文として公開されていました。

“Chemical Synthesis of Multiblock Copolypeptides Inspired by Spider Dragline Silk Proteins”
Tsuchiya, K.; Numata, K. ACS Macro Lett. 2017, 6, 103. DOI: 10.1021/acsmacrolett.7b00006

研究室を主宰される沼田圭司チームリーダーは、土屋さんを以下の様に評しておられます。

土屋さんは、非常に温厚かつ平等で、ラボメンバーとも上手く仕事を進めています。最近、土屋さんの特殊な能力として強く感じる点は、異分野の研究内容を理解する速度が他のメンバーと比べて格段に速いという点です。うちの研究室では、高分子科学と植物科学の融合をテーマに研究を進めていますが、両方を理解しているメンバーはいません。しかしながら、土屋さんは両方に寄与することができる最初の人材になるかもしれません。今回の研究では、東工大上田先生の研究室で習得された重縮合の知見を利用して、当研究室の酵素重合を拡張してくれました。今後は、高分子合成技術を利用して、植物科学や構造タンパク質の分野にブレイクスルーを起こすライジングスターになるでしょう。

Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

クモの牽引糸は鋼鉄に匹敵する高い強度を持ちながら延伸性の良い生体由来の高タフネス材料です。しかし、天然由来のクモ糸を家畜化して集めるのは至難の業です。実際に当研究室でもジョロウグモを飼育していますが、すぐに共食いをしてしまいます。そこで、化学合成的な手法を使って、低コストで人工的にクモ糸様の高分子材料を合成することができれば面白いと考えました。

クモ牽引糸が高強度を示す理由はクモ糸タンパク質の持つユニークなアミノ酸配列にあります。ポリアラニン配列とグリシンを多く含む配列が交互に繰り返される部分が多くを占め、これがポリアラニン由来の硬いβシート構造を基とした高次構造を作り上げます。本研究では、この一次構造をマルチブロックポリペプチドとして捉え、二段階の合成手法によりクモ糸タンパク質に類似した構造を持つ高分子を合成した結果、クモ糸と似た二次構造を形成することを見出しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究で用いている酵素重合法はアミノ酸エステルをモノマーとしてポリペプチドを合成する手法です。NCAの開環重合のように高重合体を得ることは難しいですが、タンパク質の部分構造であるペプチドモチーフ程度の分子を合成するのに好都合でした。水系で反応が進行する非常にクリーンな合成法で、今後の持続可能社会に向けた高分子産業において非常に魅力的な手法だと思っています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

ポリペプチドは二次構造をはじめとした様々な高次構造を形成するため、側鎖や末端部位での化学反応へ大きく影響を及ぼすことがあります。今回の高分子合成でも、βシートを形成しやすいポリアラニンの溶解性の悪さもあり、フラグメント間の縮合反応がなかなかうまくいきませんでした。様々な縮合剤や重合条件など試行錯誤の結果、分子量はまだまだ天然のクモ糸に比するに至りませんがマルチブロックコポリマーを合成することができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

実はポリペプチドなどのバイオ高分子を研究対象とするようになったのは理研に来てからで、以前は電子デバイスへの応用に向けた高分子合成に携わっていました。今は応用分野に特にこだわりはなく、ワクワクするような高分子材料を合成することで様々な分野で社会貢献できればと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私はこれまでいくつかの大学に所属し、その先々で全く異なる研究テーマに従事してきました。その中でいろいろと浮き沈みがありましたが、今思うのはこれまでに経験してきた事は決して無駄にはならず、必ず何かの局面で武器になりうるということです。現在所属している理研の研究室はクモ糸だけでなく様々な植物を扱う研究も行っており、非常に学際的な研究環境にいます。高分子化学を専門としている身としてよい刺激を受けつつ、自分の持ち味を研究に生かせていると感じています。皆さんも、研究生活の中でうまくいかない事も多いと思いますが、必ず次につながると信じて頑張ってください。

関連リンク

研究者の略歴

土屋 康佑(つちや こうすけ)

理化学研究所 環境資源科学研究センター 酵素研究チーム・上級研究員

現在のテーマ:酵素反応を利用した人工構造タンパク材料の開発

略歴:2007年3月に学位取得(東京工業大学大学院有機・高分子物質専攻 上田充研究室)。その後東京農工大学助教、近畿大学分子工学研究所助教などを経て現職。

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 銅触媒によるアニリン類からの直接的芳香族アゾ化合物生成反応
  2. C-CN結合活性化を介したオレフィンへの触媒的不斉付加
  3. 激レア!?アジドを含む医薬品 〜世界初の抗HIV薬を中心に〜
  4. エナンチオ選択的Heck反応で三級アルキルフルオリドを合成する
  5. 第100回有機合成シンポジウム記念特別講演会に行ってきました
  6. 三次元アクアナノシートの創製! 〜ジャイロイド構造が生み出す高速…
  7. 第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで2 |第7回「有機合…
  8. タミフルの新規合成法・その4

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 有機ELディスプレイ材料市場について調査結果を発表
  2. ジェレマイア・ジョンソン Jeremiah A. Johnson
  3. ワサビ辛み成分受容体を活性化する新規化合物
  4. 分子びっくり箱
  5. パーデュー大、10秒で爆薬を検知する新システムを開発
  6. 中国へ講演旅行へいってきました②
  7. ミヤコシンA (miyakosyne A)
  8. 新日石、地下資源開発に3年で2000億円投資
  9. 山元公寿 Kimihisa Yamamoto
  10. リボフラビンを活用した光触媒製品の開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年2月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728  

注目情報

最新記事

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP