[スポンサーリンク]

一般的な話題

化学者のためのエレクトロニクス講座~次世代の通信技術編~

[スポンサーリンク]

このシリーズでは、化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。

今回は次世代の無線通信の可能性を探ります。

ポスト5Gはミリ波・サブミリ波帯?(画像:Wikipedia

直観にも反しないかとは思いますが、一般に通信に用いる電波の周波数が高いほど、特殊な変調方式を用いずとも高速・大容量での通信が可能となります。

無線通信は長波(LF 30-300 kHz)から中波(MF 0.3-3 MHz)、短波(HF 3-30 MHz)、超短波(VHF 30-300 MHz)と時代を下るごとに高周波化してきましたが、2020年現在開発されている5Gまでの通信に利用される目途が立っているのはマイクロ波のうち極超短波(UHF 0.3-3 GHzセンチメートル波(SHF 3-30 GHzです。

ミリ波・サブミリ波とその特性

これらよりも高い周波数の帯域には、ミリ波(EHF 30-300 GHzサブミリ波(0.3-3 THzがあり、これよりも短波長になると遠赤外線に分類されるようになります。

この領域においては、波長が短くなるにつれて回折しにくくなり直進性が増すとともに、大気中の水蒸気などによる吸収も無視できなくなります。

マイクロ波帯の大気透過率(画像:Wikipedia

なお、電磁波のうち大気による吸収を受けない波長域を大気の窓と呼びます。地球大気は電波と可視光線以外に対しては透明ではないため、これら以外の波長(赤外線・紫外線の大半、X線、ガンマ線)は長距離の通信には不向きとされています(赤外領域になると再び透過率の高い波長域が現れます)。そのため、やみくもに高周波帯域を利用すればよいというわけでもありません。

赤外領域における大気の窓(画像:Wikipedia

このため、5G通信に用いる28 GHz帯程度のマイクロ波の領域においても、直進性が大きく吸収減衰が大きいために、無数の送受信機器を設置することが必要となります。今後さらに短波長の帯域が用いられるようになれば、この傾向は一層顕著となります。とはいえ、IoT化の進展によりそこかしこに送受信機能を備えた端末が配備されるのであれば深刻な問題にはならないかもしれません。電波の送受信に必要なアンテナは、短波長ほど小型化できることから、装置全体の小型化に利することもミリ波・サブミリ波帯無線通信の長所です。

IoT化を担う合成石英ガラスアンテナ(画像提供:AGC

ミリ波・サブミリ波の発振

これらの帯域の利用にあたってもう一点課題となるのが、いかに小型な装置で簡便に発信・検出を行うかという問題です。従来はこれらの帯域の発振と検出には超伝導素子を用いるほかありませんでしたが、これは大型で極低温を要するため実用的ではありませんでした。そこでミリ波とサブミリ波の半導体発振器が長年求められており、近年では窒化ガリウムGaNのような化合物半導体の発展により実用化の目途が立ちつつあります。

代表的な素子としては、共鳴トンネルダイオード真空チャネルトランジスタが有力視されています。前者は複数の薄い化合物半導体を層状に積み上げたもので、特定の印加電圧の範囲で負性抵抗を示すことから発振に用いることができます[1]。

一方後者はソース・ドレイン間に150 nmほどの真空ギャップを設けることで物理的な接触なしにゲート間に電子が流れるもので、真空管を微細化したような構造です。高速応答が可能であるため高周波用途への応用が嘱望されます。

また、有機合成化学における脱酸素化フッ素化剤として名高い三フッ化N,N-ジエチルアミノ硫黄(DASTによる非線形光学効果による室温での発振も報告されているなど、有機材料の応用も期待されます(有機合成におけるDASTの利用については過去記事をご参照ください)。

三フッ化N,N-ジエチルアミノ硫黄(DAST)

世間ではようやく5G通信の商用化が本格的に始まったばかりであり、技術的問題をようやくクリアできても普及には忌避感が強い[2]など、その前途は多難といっても過言ではありません。

しかしながら、これらの技術革新は将来的には需要が極めて高く、いずれは人類が直面するものです。その実現には物理系・電子系の技術者のみならず、優れた特性を示す材料を提供する化学系研究者の存在が不可欠であります。

昨今の有機材料研究はOLED(有機EL)向けのTADF材料やOFET向けの有機半導体材料にやや傾斜している感もありますが、幅広い用途を見据えて多角的に研究が進展し、遠からず「ポスト5G」の時代が訪れることを願います。

関連リンク

[1] 高精度半導体結晶成長制御技術による 共鳴トンネルダイオードテラヘルツ発振器の実現 NTT技術ジャーナル, 2011, 7, 12-15.

[2] 欧州5G基地局破壊、影の犯人は「コロナ拡散」のデマ(日本経済新聞 2020 4/25)

特集:移動体通信用部品技術 テラヘルツ帯無線通信の技術(ローム社)

関連書籍

gaming voltammetry

berg

投稿者の記事一覧

化学メーカー勤務。学生時代は有機をかじってました⌬
電気化学、表面処理、エレクトロニクスなど、勉強しながら執筆していく予定です

関連記事

  1. ルーブ・ゴールドバーグ反応 その2
  2. セルロース由来バイオ燃料にイオン液体が救世主!?
  3. タミフルをどう作る?~インフルエンザ治療薬の合成~
  4. 日本入国プロトコル(2022年6月末現在)
  5. 【9月開催】第十一回 マツモトファインケミカル技術セミナー   …
  6. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり④:「ブギーボ…
  7. 死刑囚によるVXガスに関する論文が掲載される
  8. 第98回日本化学会春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Pa…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 2つの異なるホウ素置換基が導入された非共役ジエンの触媒的合成と細胞死制御分子の形式合成に成功
  2. 第2回エクソソーム学術セミナー 主催:同仁化学研究所
  3. “結び目”をストッパーに使ったロタキサンの形成
  4. 岩澤 伸治 Nobuharu Iwasawa
  5. フェティゾン試薬 Fetizon’s Reagent
  6. 奇妙奇天烈!植物共生菌から「8の字」型の環を持つ謎の糖が発見
  7. 来年は世界化学年:2011年は”化学の年”!
  8. 分子機械を組み合わせてアメーバ型分子ロボットを作製
  9. 1,2-/1,3-ジオールの保護 Protection of 1,2-/1,3-diol
  10. UV-Visスペクトルの楽しみ方

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年11月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

期待度⭘!サンドイッチ化合物の新顔「シクロセン」

π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換…

塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応

ニッケル触媒を用いたシクロヘキセンの位置および立体選択的なカルボホウ素化反応が開発された。用いる塩基…

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 …

\脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケミカルリサイクル・金属製錬プロセスのご紹介

※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。脱炭素化と省エネに貢献するモノづくり技術の一つと…

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP