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化学者のつぶやき

「人工金属酵素によるSystems Catalysisと細胞内触媒反応」University of Basel, T. R. Ward研より

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海外留学記第23回目は、前回22回目の研究記を掲載させていただいた小嶋良輔さんからの紹介で、Basel大学化学科でArtificial metalloenyzmeの研究をされている岡本泰典さんにお願いしました。岡本さんは2014年に博士課程を修了後、現在はWard研究室で博士研究員(2017年から海外特別研究員)として働いておられます。実は、筆者の研究室がZurichに移動する前は研究室が隣だったということもあり、Baselにいた頃はいろいろとお世話になりました。岡本さんは持ち前の軽いフットワークで在籍する研究室を超え、他の研究室を巻き込んでArtificial metalloenyzme独自の応用展開を示すべく精力的に研究に取り組んでおられます

Q1. 現在、どんな研究をしていますか?

Wardグループではタンパク質の内部空間に有機金属錯体を導入した人工有機金属酵素を開発しています1,2。タンパク質のアミノ酸残基によって、有機金属錯体に第二配位圏を付与し、反応性および反応選択性の向上を狙った研究を進めてきました。現在は、大腸菌内部で人工金属酵素を構築し、その人工進化を狙う研究に重点を置いています3

私自身はと言えば、人工有機金属酵素ならではの「利用法」に着目し、研究を進めています。特に複数の触媒との協同的な利用法、あるいは細胞夾雑環境下での利用法を検討しています。具体的には、(A) 天然酵素の補完をめざした非天然補酵素の再生系の構築4、(B) 天然補酵素によって駆動する人工金属酵素を組み込んだ酵素カスケードによる光学活性アミンの合成 5などの人工/天然酵素カスケードや、(C) 触媒能の一時活性化 (programmed temporal activation) を可能とする人工/天然酵素ネットワーク6など、systems catalysisの研究をしています。 また、人工金属酵素だけではなく、molecular photoredox catalystとwhole cell catalystを組み合わせた反応系の構築も行っています7

これまでに筆者がWardグループから報告してきた研究の一部概要

さらに直近では、(D)人工金属酵素による細胞内触媒反応を合成生物学的に設計されたDesigner mammalian cell内の機能につなげることに成功し、Nature Communicationに報告しました8。私はWardグループに参画したときから、細胞機能の非天然化学反応による制御を目標としており、そこに到達するための第一歩になる報告です。本研究は細胞内へと人工金属酵素を導入する方法論を開拓すべく、細胞透過性ジスルフィドポリマーを開発していたGeneva大学のStefan Matile教授のグループとの共同研究としてスタートしました。(Matile研究室に関する記事はこちら)これまでの細胞内触媒反応はそのアウトプットがbio-orthogonal (蛍光分子のturn-on) やloss-of-cellular function (細胞死) であることが多いのですが、gain-of-cellular function (細胞機能のproductiveなcontrol) の例は多くありませんでした。そこで、哺乳類細胞の合成生物学の研究をしているETH ZurichのFussenegger 教授のグループに在籍していらっしゃった小嶋さんとタッグを組む事によって、哺乳類細胞へとgeneticallyにencodableな機能とunencodableな機能の両方を細胞内に導入・統合するという研究に挑みました。先週本コーナー、海外研究者留学記で紹介された小嶋さんとは同時期にバーゼルに移ってすぐにお会いしましたが、その2年後にまさか一緒に研究することになるとは思いませんでした。(highlighted in C&N news

Q2. なぜ日本ではなく、海外で研究を行う(続ける)選択をしたのですか?

博士課程在学中は、林高史先生(阪大院工,Websiteはこちら)のグループで多核金属タンパク質のrepurposingの研究していました9。ただ、いつも学会で「それ、将来的に使えるの?既存の合成触媒をreplaceできるの?」という質問をよく受けました。実際、人工金属酵素の草創期の論文で10、かのWhitesidesもこのように述べています。“the catalytic system (…) is not a practical asymmetric catalyst.”だからと言って「だって面白いじゃん!」と開き直るわけにもいきません (生物無機化学おける学術意義はあるのですが、practicalな他分野の方には動機付けが弱い、あるいは最善手ではないように感じられることが多々…)。さてどうしたものか?と考えていた時、WardグループからNature Chemistry誌にChemoenzymatic Synthesisに関する報告が掲載されました11。その論文では生体分子への機能付与だけにとどまらず、独自の応用展開までを示しており、「コレだ!」と感銘を受けました。そんな中、D3の秋の夜長に実験データをまとめていると海外出張中の林先生から電話がかかってきました。その内容がWard先生のところでポスドクはどうだ?というものでした。これは渡りに船だとお世話になることになりました。というところから、お分かり頂けるかと思いますが、海外ありきの選択ではありません。自身の今後の方向性を模索する中、そこにたどり着けそうだと感じた研究室が、たまたまスイスにあって、たまたま運良く林先生のお知り合いで、たまたま空きがあったということです。

ライン川の朝焼け (10月頃の朝8時。秋冬は日照時間が短いです。逆に夏は21時過ぎまで明るい)

Q3. 研究留学経験を通じて、良かったこと・悪かったことをそれぞれ教えてください。滞在先の研究環境・制度で、日本と最も大きく異なるところを教えてください。

“留学してよかった”ことというか、“留学中に”もっとも良かったことはボスに恵まれたことです。私のテーマはWardグループの本流3ではないです。少し残念なところもありますが、Ward先生は「サポートは最大限するから、Yasuの興味のあることを好きなようにやってみなさい。」「ポスドクとPIいはなんだと思う?与えられたもので果を出すのがポスドク、そこから独自色を出せるかどうかがPIへのだよ」とおっしゃって下さったこともあり、いろいろなテーマに手を出させてもらっています。また、こういった技術を取り込みたいと相談すれば、相手先に連絡をとって下さり、共同研究を始めさせてもらえます。

もう一点は、その共同研究です。日本で県をまたぐ感覚で国をまたげるヨーロッパに独特なのかもしれませんが、共同研究に対するハードルが低いです。私自身、スイス国内外の大学と共同研究しており、ネットワークが広がったと感じています。今回の小嶋さんとの共同研究でもそうですが、ラボの技術を囲い込むというよりは、それぞれが深化させたものを持ち寄って、新しいものをつくり出すことが(少なくとも私の周りでは)多く、これこそが学際的な研究なんだと思い知らされます。また、他のグループの技術だけでなく研究観に触れることが出来るのも大きな学びかもしれません。一般的に一つのグループに長く留まることはあまり良しとはされないと思いますが、こういった環境もあり、長い間、Wardグループにお世話になっています。しかし、テーマごとに基軸を変えること、新たな学びがあることの2点については常に意識するようにしています。また、博士課程在学中からスイス渡航までお世話になっていた青野重利先生(分子研, Web siteはこちら) から「ポスドクの間に将来の研究の核になるものを見つけなさい」とアドバイスを頂いたこともあり、各テーマの根底には将来的に統合させられるエッセンスを入れる事も意識するようにしています。

研究に関するマテリアルな点でいうと、コアファシリティの充実です。 専属の技官さんがおり、学生あるいはポスドクがそのメンテナンスに時間をとられません。また、若手のPIにとっても高額な機器、汎用な機器を自前で買いそろえる必要がない点は大きいと思います。

悪かったことは日本の公募への応募ですね。そんなに応募している訳ではないのですが、郵送しかないところがほとんどで、安くても一件あたり5,6000円かかるのが地味に痛いところです。

研究室での日帰りスノーハイク (上りは相当タフで、真冬で吹雪いているにも関わらずみんな薄着でした。)

Q4. 現地での私生活、現地の人々や、所属研究室の雰囲気はどうですか?

普段の生活は英語でことたります。(自身のことは棚にあげますが、現地語を学ぶ努力は大切です。) 医療システム、社会保障システムもしっかりしており、家族連れで来ても不安は感じません。治安に関しても日本並みかと思います。実は、私、スイスで家族が増えました。Geneva大を訪問し、Matile先生と細胞内触媒反応の共同研究を始めたまさにその日のお昼頃、妻から陣痛の連絡がありました (予定日よりも3週間早い…)。夕方、実験の進捗報告と同時に、「実は今こんな状況で…」と伝えるとMatile先生にもWard先生にも「いやいやいや、実験やってる場合じゃない!すぐBaselに帰れ!」と言われ終電ギリギリ、出産の2時間前に到着するということがありました。特に子育てという観点では、公的な資金的援助も含めてスイスの医療システム、社会保障システムには本当に感謝しています。日本での子育てを経験していないので、比較できませんが、社会全体が子育て世代に対して寛容であるようにも感じます。(大きなベビーカーでトラムに乗っても嫌な顔をされるどころか、扉を開けて待っていてくれ、ベビーカーを乗せるのを手伝ってくれます。) Ward先生にも「子どもの成長はすごく早いから、家族の時間を大切にしなさい」と言われています。

街中の人はフレンドリーで、子どもとトラムに乗っていると遊んでくれたり (子どもが泣いて親が必死にあやしていると、周りの人たちも一緒にあやしてくれます。)、スーパーに行くと挨拶してくれたりもします。生活費が高いのがスイスの難点だと言われますが、バーゼルは例外です。家賃も他の都市に比べて安いですし、あまり大きい声で言うと当然スイスの人からは良い顔はされませんが、物価がほぼ半分くらいのドイツにもフランスにも自転車やバス、トラムで行くことができます。

所属する研究室のメンバーは、ヨーロッパ各国はもちろん、アジア、アメリカと国際色豊かで、ポスドクが主戦力です。彼らの研究室へのインプットの質はとても高く、テーマの多様性を担保しているように感じます。また、短時間で高効率にhard workし、平日もプライベートをエンジョイしている印象を受けます。 日本と同じように研究室旅行にも行けば、(平日から)飲みにいったり、BBQ をしたりします。研究室のイベントでも家族(パートナー)ぐるみであることが多いのは日本とは異なるところでしょうか。

研究室旅行で2泊3日のハイキング

あと、街の規模に対して日本人(研究者はもちろん製薬企業や建築事務所などの企業関係者の方や、プロの音楽家や芸術家として働いておられる方々、音楽科の学生)がたくさんおられることもバーゼルの特徴です。バーゼル大学で化学系は私一人だけですが、国際的に地名度の高い同じ大学のBiozentrumやFMI、ETH D-BSSEには多くの生物系の研究者がたくさんいらっしゃり、ホームパーティなどでお話する機会もあります。業績だけでなく、将来のビジョンを含め、人間的にも非常に素晴らしい方達ばかりで、圧倒されることも少なくないです。追いつけるように頑張らないと…。

Q5. 渡航前に念入りに準備したこと、現地で困ったことを教えてください。

滞在許可書等の公的な手続き関係や、銀行口座の開設などの生活の立ち上げに必要な知識は予め頭に入れておきました。ただ、秘書さんや研究室のメンバーが助けてくれたので、あまり苦労した覚えはありません。公的な書類は全てドイツ語ですので、毎回Google翻訳に打ち込んでいましたが、今のGoogle翻訳はカメラで読み込めるので、ずいぶん楽になりました。日本側の手続きとしては運転免許所や年金、健康保険関係のことは市役所に行っていろいろと確認しました。

Q6. 海外経験を、将来どのように活かしていきたいですか?

学生時代にテキサス大学サンアントニオ校に3ヶ月間、共同研究のために滞在していたのですが、その時よりもさらに、海外での研究生活に対する精神的な障壁は下がりました。また、ヨーロッパという地理的な要因も相まって、研究においては国という枠組みをあまり感じなくなってきました。自身の研究を深化させた上で、これからも枠組みにとらわれる事無く面白いことを様々な領域の研究者の方たちとやっていければなと思っています。

また、縁あって、2015年から中学生を対象としたサマーサイエンススクールでビデオ会議システムを介して、研究や海外生活のお話をさせて頂いています。実は、もともと教員志望でしたので、こういった形で海外生活や研究などの自身の経験を次の化学者になりうる子ども達に伝えていくことも出来ればと思っています。

Q7. 最後に、日本の読者の方々にメッセージをお願いします。

専門教育を母国語で受けることができることは、すごく幸せなことだと思いますし、効率よく「学ぶ」方法だと思います。ただ、それ以降の「研究」というステージでは日本or海外というカテゴライズして考えることは適切でないかもしれません。博士課程への進学(あるいはポスドク)を考えるのであれば、自身の興味がある研究をしている第一線のグループに身を置くことが大切ではないでしょうか?成果だけでなく研究観/勘、同分野・同世代とのつながりなど得るものは多いように思います。

一方で、私自身、これまでの選択(博士進学、ポスドク、海外留学)が正しいものだったのか、正直なところわかりません。(正誤があることではないと思いますが、)後の自分が納得できるだけの努力をするしかありません。さらに、昨今の大学事情を鑑みるに数年後、アカデミアで研究者を続けていられるかどうかもわかりません。しかし、少なくとも「今」は、毎日が楽しく、面白いと思えることを追求することができており、Ward先生、きっかけを与えて下さった林先生、そして、スイスについてきてくれた家族に感謝したいと思います。私たち化学者は自然を相手にしているので、頑張っていれば報われるものでもないと思います。しかし、正しい努力を尽くす以外の選択肢がないので、今後も相変わらず研究頑張ろうと思います!

最後になりましたが、執筆の機会を下さったケムステスタッフのみなさまに御礼申し上げます。

【研究者のご略歴】

研究者氏名:岡本泰典 (おかもと やすのり)
略歴:2005-2009年 大阪大学工学部応用自然科学科 卒業
2009-2014年 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 博士前期・後期課程修了 (林 高史 教授)
所属(大学・学部・研究室):バーゼル大学化学科 Thomas R. Ward group
研究テーマ:人工金属酵素によるSystems Catalysisと細胞内触媒反応

参考文献

  1. Schwizer, F.; Okamoto, Y.; Heinisch, T.; Gu, Y.; Pellizzoni, M. M.; Lebrun, V.; Reuter, R.; Köhler, V.; Lewis, J. C.; Ward, T. R. Chem. Rev. 2018, 118, 142. DOI: 10.1021/acs.chemrev.7b00014.
  2. Okamoto, Y.; Ward, T. R. in Comprehensive Supramolecular Chemistry II, 2017, 4, 459. Atwood, J. L. Eds., Elsevier. DOI10.1016/B978-0-12-409547-2.12551-X.
  3. Jeschek, M.; Reuter, R.; Heinisch, T.; Trindler, C.; Klehr, J.; Panke, S.; Ward T. R. Nature, 2016, 537, 661. DOI: 10.1038/nature19114.
  4. Okamoto, Y.; Köhler, V.; Paul, C. E.; Hollmann, F.; Ward, T. R. ACS. Catal., 2016, 6, 3553. DOI: 10.1021/acscatal.6b00258.
  5. Okamoto, Y.; Köhler, V.; Ward, T. R. J. Am. Chem. Soc., 2016, 138, 5781. DOI: 10.1021/jacs.6b02470.
  6. Okamoto, Y.; Ward, T. R. Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 56, 10156. DOI: 10.1002/anie.201702181
  7. Guo, X.; Okamoto, Y.; Schreier, M. R.; Ward, T. R.; Wenger, O. S. Chem. Sci. DOI : 10.1039/c8sc01561a.
  8. Okamoto, Y.; Kojima, R.; Schwizer, F.; Bartolami, E.; Heinisch, T.; Matile, S.; Fussenegger, M; Ward, T. R. Nat. Commun. DOI :10.1038/s41467-018-04440-0.
  9. Okamoto, Y.; Onoda, A.; Sugimoto, H.; Takano, Y.; Hirota, S.; Kurtz, D. M.; Shiro, Y.; Hayashi, T. Chem. Comm. 2014, 50, 3421. DOI: 10.1039/C3CC48108E.
  10. Wilson, M. E.; Whitesides, G. M. J. Am. Chem. Soc. 1978, 100, 306. DOI: 10.1021/ja00469a064.
  11. Köhler, V.; Wilson, Y. M.; Dürrenberger, M.; Ghislieri, D.; Churakova,E.; Quinto, T.; Knörr, L.; Haüssinger, D.; Hollmann, F.; Turner, N. J.; Ward, T. R. Nat. Chem. 2013, 5, 93. DOI: 10.1038/nchem.1498.

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東京の大学で修士を修了後、インターンを挟み、スイスで博士課程の学生として働いていました。現在オーストリアでポスドクをしています。博士号は取れたものの、ハンドルネームは変えられないようなので、今後もGakushiで通します。

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