[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

いざ、低温反応!さて、バスはどうする?〜水/メタノール混合系で、どんな温度も自由自在〜

[スポンサーリンク]

さて、今回はちょっと変わり種の話題。低温実験のお供、寒剤についてです。英語の実験系ウェブサイトChemTipsで紹介されていた寒剤をご紹介します(2015年掲載記事ですので、すでに知っておられる方も多いかもしれません)。

『寒剤はメタノールと水の混合液でつくろう!』

結論は上記の通り。まずは理由から。

この方法で作る寒剤のいいところは、以下の通り。

  1. 水/メタノール混合溶媒とドライアイスのみで0 ~ -80 °Cを自由につくれること。
  2. 比較的、法規の厳しくないメタノールを使用すること。

使い方は簡単。目的の温度に対応する水/メタノール混合溶媒をつくります(図1)。(図1)ドライアイスが入ったバスに、この混合溶媒を加えていくだけ。途中で水かメタノールを加えて微調節も可能です。

図1. メタノールと水の混合でつくる冷媒の温度(引用:英語版Wikipedia)

 

Webで公開されている温度以外を実現できないかと考え、こんなツールをつくってみました。下記のリンクからExcelファイルをダウンロードしてみてください。

メタノール−水系寒剤の比率計算シート

ExcelファイルのSheet 1 上部にある寒剤温度のセルに、作りたい寒剤の温度を入れるだけで、混合溶媒の比率を計算してくれます。

著者は-50 °Cと-10 °Cを計算し、混合液を調製してやってみましたが、かなり精度(±1.0 °Cぐらいの範囲)で、低温バスが作れました。うむ、便利。

さてさて、以下からはなぜ水/メタノール混合系が良い理由をもう少しだけ述べたいと思います。みなさま、もう少しだけお付き合いくださいませ。

 

1.水/メタノール混合溶媒とドライアイスのみで0 ~ -80 °Cを自由につくれる点について

皆さん、低温で反応をかける時は、寒剤をつくりますよね?

低温用の容器に氷/水、塩/氷、または有機溶媒/ドライアイス(もしくは液体窒素)を加えてつくります。よく使うのは氷浴、食塩/氷、塩化アンモニウム/氷、アセトン/ドライアイス、酢酸エチル/ドライアイスあたりでしょうか。その他にも、様々な組み合わせによっていろいろな温度が作り出せます(図2)(wikiにリンク)。

図1. 寒剤の温度(引用:Wikipedia)

一方で、これだけいろいろな組み合わせがあると、とても混乱します。(めんどい

そして、それぞれの温度に対応した薬品、溶媒を用意しないといけません。(これまためんどい

ガラス容器に試薬を入れ、溶媒を加え、いざ反応容器を冷やすかとなった時、ああああああ、寒剤用の塩が足りない!だの、おおおおおお、溶媒が足りない!だの、そういった事態にあったことはありませんか。(仕掛ける前に確認しとけよ

寒剤では塩や有機溶媒を大量に使用します。塩でつくった寒剤は、寒剤としては再利用できないし、もったいない。有機溶媒だって馬鹿にできません。温度下げる時にかなり拡散するしね。

その点、水/メタノール混合液で作ることに一元化できれば、このような事態はかなり軽減できるのではないでしょうか。ストックして再利用も可能です。何より、たった2つの組み合わせで自由に温度調節できる点は魅力でしょう。

 

2. 比較的、法規の厳しくないメタノールを使用するという点について

この点は、研究室を管理する方々にとって特に重要でしょう。

-80 °C前後の寒剤に使用する溶媒は、アセトニトリル、酢酸エチル、アセトン、エーテルなど。これらはエーテル以外が危険物4類の第1石油類。アセトニトリルと酢酸エチルは劇物指定。エーテルなんぞ特殊引火物。アセトンは平成26年に通達された『爆発物の原料となり得る化学物質を販売する事業者に係る管理者対策の徹底について』に関連して、使用量の管理徹底化の流れです。(機関によっては毒物・劇物と同等に扱い、使用量、管理量の記録が求められるほどになりつつあります。)

度重なる自然災害やテロ対策も相まって、薬品管理がなお一層厳しくなるこの頃。副次的な被害を防ぐ意味でも、これらの溶媒を使用しないに越したことは無いです。

一方、メタノールは危険物のアルコール類。法規は第1石油類よりも軽く、指定されている管理可能量も多いです。また、メタノールは劇物指定ではありますが、同じく劇物であるアセトニトリルや酢酸エチルに比べたら危険性は低くなります。例えばLD50や引火点で危険性を比較すれば、メタノールの危険性は比較的低い、ということがわかります。

  • LD50 (ラット・経口)
メタノール 7300 mg/kg
アセトニトリル 2450 mg/kg
酢酸エチル 5260 mg/kg
アセトン 5800~9750 mg/kg
  • 引火点
メタノール 11 °C
酢酸エチル -4 °C
アセトニトリル  2 °C
アセトン -9 °C

いかがでしょうか。寒剤は水/メタノール混合液を使うのがなかなかに良さそうという記事でした。私も使ってみましたが、問題なく使えます。地味にいいところは、凝固点付近では混合液がゲル状になります。固まってしまう寒剤よりも楽に温度均一性が保てます。自由に温度設定できるし、後から微調整もできる。ストックしておけば再利用だって可能です。

検討の余地として、より危険性の少ないエタノールやイソプロピルアルコール、法規の軽い変性アルコールでもできれば、なお良いですね。各比率での温度を測定し、検量線を取ればできるはずです。夏休みの自由研究にいかがですか(だれかやって)。

ともかく、皆様も一度、水/メタノール混合液の寒剤をつかってみてはいかがでしょうか。

 

関連リンク

Avatar photo

Trogery12

投稿者の記事一覧

博士(工学)。九州でポスドク中。専門は有機金属化学、超分子合成、反応開発。趣味は散策。興味は散漫。つれづれなるままにつらつらと書いていきます。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 「あの人は仕事ができる」と評判の人がしている3つのこと
  2. 【太陽HD】新卒採用情報(20年卒)
  3. 化学に関係ある国旗を集めてみた
  4. ルィセンコ騒動のはなし(後編)
  5. 化学者にお勧めのノートPC
  6. 多核テルビウムクラスターにおけるエネルギー移動機構の解明
  7. 有機合成化学協会誌2022年2月号:有機触媒・ルイス酸触媒・近赤…
  8. チェーンウォーキングを活用し、ホウ素2つを離れた位置へ導入する!…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 『Ph.D.』の起源をちょっと調べてみました① 概要編
  2. 正岡 重行 Masaoka Shigeyuki
  3. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」①(解答編)
  4. 化学構造式描画のスタンダードを学ぼう!【応用編】
  5. 低投資で効率的な英語学習~有用な教材は身近にある!
  6. マイクロ波を用いた革新的製造プロセスと電材領域への事業展開 (ナノ粒子合成、フィルム表面処理/乾燥/接着/剥離、ポリマー乾燥/焼成など)
  7. 貴金属に取って代わる半導体触媒
  8. 2012年ケムステ人気記事ランキング
  9. 分子の自己集合プロセスを多段階で制御することに成功 ―分子を集めて数百ナノメートルの高次構造を精密合成―
  10. 分子間および分子内ラジカル反応を活用したタキソールの全合成

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年8月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年9月号:ホウ素媒介アグリコン転移反応・有機電解合成・ヘキサヒドロインダン骨格・MHAT/RPC機構・CDC反応

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年9月号がオンライン公開されています。…

初歩から学ぶ無機化学

概要本書は,高等学校で学ぶ化学の一歩先を扱っています。読者の皆様には,工学部や理学部,医学部…

理研の研究者が考える“実験ロボット”の未来とは?

bergです。昨今、人工知能(AI)が社会を賑わせており、関連のトピックスを耳にしない日はないといっ…

【9月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】有機金属化合物 オルガチックスを用いたゾルゲル法とプロセス制御ノウハウ①

セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチック…

2024年度 第24回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞 候補業績 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブル ケミストリー ネットワーク会議(略称: …

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

開催日時 2024.09.11 15:00-16:00 申込みはこちら開催概要持続可能な…

第18回 Student Grant Award 募集のご案内

公益社団法人 新化学技術推進協会 グリーン・サステイナブルケミストリーネットワーク会議(略称:JAC…

杉安和憲 SUGIYASU Kazunori

杉安和憲(SUGIYASU Kazunori, 1977年10月4日〜)は、超分…

化学コミュニケーション賞2024、候補者募集中!

化学コミュニケーション賞は、日本化学連合が2011年に設立した賞です。「化学・化学技術」に対する社会…

相良剛光 SAGARA Yoshimitsu

相良剛光(Yoshimitsu Sagara, 1981年-)は、光機能性超分子…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP