[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

クロム光レドックス触媒を有機合成へ応用する

[スポンサーリンク]

コロラド州立大学・Matthew P. Shores、ジョージア大学・Eric M. Ferreiraの共同研究グループは、Cr(III)錯体を光レドックス触媒として用い、電子豊富基質同士でのDiels-Alder反応を進行させることに成功した。本錯体は十分長い励起寿命を有し、電子豊富アルケンを1電子酸化するほどの高い酸化力を誇る。高価な金属を要してきた光レドックス触媒を、安価な第一列遷移金属の代替的使用によって実現した希有な例である。

“Photooxidizing Chromium Catalysts for Promoting Radical Cation Cycloadditions”
Stevenson, S. M.; Shores, M. P.*; Ferreira, E. M.* Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 6506. DOI: 10.1002/anie.201501220

問題設定と解決した点

有機合成における可視光レドックス触媒として汎用される錯体はIrもしくはRuを中心帰属として有する、いずれも高価な遷移金属である。この観点から安価な第一列遷移金属を可視光レドックス触媒として用いることが望まれている。しかしながら古くより知られるCu(dap)2+錯体以外にそのような例は知られておらず、Cu(I)をベースにするこの錯体はどちらかと言えば還元的挙動を示す。

今回の論文ではCr(III)ポリピリジル錯体が、酸化的有機合成に活用可能な光レドックス触媒として提案されている。第一列遷移金属光触媒の有機合成的活用という意味で重要な知見であるとはもちろん、光触媒の選択肢を増やすという観点でも意義深い報告である。

技術や手法のキモ

当該Cr(III)錯体そのものは30年前に報告されている[1]。著者の一人である無機化学者Shoresが掘り起こして光特性を調べたもの[2]を、同僚で有機合成化学者でもあるFerreiraが最近の光触媒研究の活発化を受け、専門領域に応用したものと推測される。

Cr(III)光触媒の最大の特徴は、その酸化力と励起寿命の長さにある。汎用される光レドックス触媒の中でも強力な部類に入る[Ru(bpz)3]2+が+1.45 V (vs SCE)の酸化力を持つ一方、Cr錯体の場合は+1.40~+1.84 Vにまで達する。また励起寿命も7.7~425 μsと、Ru触媒やIr触媒のそれに比べてもかなり長い。

主張の有効性検証

検討用反応の選択:1電子酸化をトリガーとしたカチオンラジカルDiels-Alder反応[3]をベンチマーク反応にしている。この反応を選んだ理由としては、(1)カチオンラジカル経由機構はbarrierlessであり、中性反応と比較して速い (2)外部酸化剤を必要とせずパラメタが少ない ことが上げられる。

1,3-シクロヘキサジエン(E1/2 = +1.53V)を二量化させる反応では、最強の酸化力を持つ[Cr(dmcbpy)3](BF4)3に近紫外光(300–419 nm)をニトロメタン中照射する条件が最も良い結果を与えた(69%収率)。光またはCr触媒がないとno reaction。酸化力の強い[Ru(bpz)3]2+にもある程度の触媒活性が認められるが、当該Cr(III)錯体には及ばない。

基質拡張:酸化されやすいtrans-anethole(E1/2 = +1.11V)を使うことで、酸化力の弱い[Cr(Ph2phen)3](BF4)3 触媒も使える。酸化されづらいジエンと区別して活性化できることが利点。ジメトキシフェニル置換体は、生じるラジカルカチオンが安定すぎて低反応性となる。OBz置換は短波長領域の競合的な光吸収のためか、反応効率を下げてしまう。OH、OMe置換体は低収率となるが、おそらくは置換基からラジカルカチオンへの電子供与が起きてしまうためだと考察される。可視光源(23W CFL)では低収率になる。

反応機構の議論:分子酸素が反応には必要(脱気溶媒・Ar雰囲気下ではno reactionとなる)。これは後続の論文でに詳細に議論されている[4]。遮光するとその時点で反応が止まるので、radical propagation機構ではなさそう。

提唱触媒サイクル(冒頭論文より引用)

議論すべき点

・可視光も可とはいえ、近紫外光領域の波長(300-400nm)が原則として必要。

・官能基受容性の面でやや難ありか。反応形式によるのかも知れないが、短波長光を必要としたり、強い酸化還元電位を持つ触媒になってくると、その点で懸念が出はじめるのかも知れない。

次に読むべき論文は?

・Cr(0)やFe(II)を可視光レドックス触媒として活用可能にした最近の研究例[5]

参考文献

  1. Serpone, N.; Jamieson, M. A.; Henry, M. S.; Hoffman, M. Z.; Bolletta, F.; Maestri, M. J. Am. Chem. Soc. 1979, 101, 2907. DOI: 10.1021/ja00505a019
  2. McDaniel, A. M.; Tseng, H. –W.; Damrauer, N. H.; Shores, M. P. Inorg. Chem. 2010, 49, 7981. DOI: 10.1021/ic1009972
  3. (a) Bellville, D. J.; Wirth, D. D.; Bauld, N. L. J. Am. Chem. Soc. 1981, 103, 718. DOI: 10.1021/ja00393a061 (b) Lin, S.; Ischay, M. A.; Fry, C. G.; Yoon, T. P. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 19350. DOI: 10.1021/ja2093579
  4. (a) Higgins, R. F.; Fatur, S. M.; Shepard, S. G.; Stevenson, S. M.; Boston, D. J.; Ferreira, E. M.; Damrauer, N. H.; Rappé, A. K.; Shores, M. P. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 5451. DOI: 10.1021/jacs.6b02723 (b) Stevenson, S. M.; Higgins, R. F.; Shores, M. P.; Ferreira, E. M. Chem. Sci. 2017, 8, 654. DOI: 10.1039/C6SC03303B
  5. (a) Buldt, L. A.; Wenger, O. S. Angew. Chem. Int. Ed. 2017, Early View.  DOI: 10.1002/anie.201701210 (b) Liu, Y.; Persson, P.; Sundström, V.; Wärnmark, K. Acc. Chem. Res. 2016, 49, 1477. DOI: 10.1021/acs.accounts.6b00186

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎から実践技術まで学ぶワンス…
  2. もし炭素原子の手が6本あったら
  3. NCL用ペプチド合成を簡便化する「MEGAリンカー法」
  4. 複雑な生化学反応の条件検討に最適! マイクロ流体技術を使った新手…
  5. 「フント則を破る」励起一重項と三重項のエネルギーが逆転した発光材…
  6. 第93回日本化学会付設展示会ケムステキャンペーン!Part I
  7. トンネル効果が支配する有機化学反応
  8. 天然物の全合成研究ーChemical Times特集より

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 乙卯研究所 研究員募集 2022年度
  2. 乙卯研究所 研究員募集 2023年度【第二弾】
  3. 置き去りのアルドール、launch!
  4. エマニュエル・シャルパンティエ Emmanuel Charpentie
  5. 電池長寿命化へ、充電するたびに自己修復する電極材
  6. ステファン・カスケル Stefan Kaskel
  7. 福井 謙一 Kenichi Fukui
  8. 材料開発における生成AIの活用方法
  9. 界面活性剤 / surface-active agent, surfactant
  10. 第105回―「低配位有機金属錯体を用いる触媒化学」Andrew Weller教授

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年5月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP