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Carl Boschの人生 その4

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Tshozoです。 少し間が空きましたが前回の続き。今回はBASFでの窒素固定研究開発初期~アンモニア合成のもう一人の主人公であるHaberと出会って量産化プロジェクトを開始したところまでです。

何年か前に配られたBASF150周年の記念冊子表紙
ドイツ語版と英語版現物両方を持ってる筆者が撮影して編集

(1)Haberに出会う前まで

時系列おさらい。BoschがBASFに入った頃のプロイセンは鉄血宰相ビスマルクが表舞台から消え、ホーレンツォレルン家直系のヴィルヘルム2世が舵を取って植民地政策を推し進め出した前後で、国全体が帝国主義的な傾向を持ちつつある時期で、後にトーマス・マンに「忌むべき奴隷根性」と言わしめるほどの組織従属性を持った官僚・軍人の下地が出来ていき、ナチスが台頭する下地を作った時代であるとも言われています。特にプロイセンが諸外国と関係が怪しくなったあたりから産業界も国家へ奉仕する方針を求められていたためか、徐々に労働強化の方向に走っていきます。当時の働き方について本書から気になるところをピックアップしてみると、

  1. 部門長(Betriebsfuehrer:おそらく「工場長」の方が適切かも)は夜勤レポートを読むために毎日朝7:00に出社
    (なお当時は女性工場労働者が相当数いたとの記述がありました)
  2. 一旦家に戻って朝飯を食った部門長は8:30には仕事場に戻る(家でメシが食えるだけまだマシか?)
  3. 工場長が日曜日の朝に仕事するのは当たり前
  4. 工場が鉄火場(Feuerwache:「繁忙期」直訳は「火の衛守」)の時には2週間出ずっぱりは当たり前

という、なんか最近どこかの国で見るような光景が広がっていました。ただし水、薪、石炭など工場で使う資材は工場周辺に建てられたBASF社宅に住む社員が自由に取っていって各家庭で使うことができたなど「ガス抜き的な福利厚生」は存在しましたし比較的給与レベルも高い状態(1900年前後)が続いていましたから、労働強化だけを行うというわけではなかったみたいですね。というかやっぱり明治時代以降の軍隊連中はこうしたドイツのうわべだけを真似たんじゃないかと。

こうした歪ながらも攻めの開発活動が続くBASFでは、染料と革製品処理用化学品で大きな成果を挙げた「豪傑」が多数そろっており同社内の人々との出会いが(良くも悪くも)この後のBoschの人生を決定づけることになりました。特に本書[文献1]を読んで初めて知ったのが、BASF入社後にBoschが経験した技術と人々とがHaber-Bosch法を量産化するために極めて大きな影響を及ぼしていたということ。従来書かれたアンモニア量産化の歴史はHaberの発明からBoschがたった4年で仕上げた、ということが殊更強調されることが多いのですが、実際にはそこに至るまでに発射台となるべき技術を経験・整備していたからこそ短期間で仕上げられたと言うべきでしょう。特に改良シアナミド法の構築のために設計した高温反応炉の大スケール化、Mittaschと共に苦戦した高温加熱炉の実現、反応低温化を狙った多種金属化合物検討、パイロットプラント設計実証、関係計器類の試作と実証といった経験はこの後に極めて大きな意義を持つことになります。

BASFに入ってからHaberに会うまでのBoschの技術年表イメージと主要登場人物
Ostwald,  Brunck, Knietsch, Sapper, Kranz, Julius, そしてMittasch,
Boschの人生前半(後半も)の
登場人物全員が化学史上無二の人物という稀に見る事象

なおこれらの放電法・シアナミド法は大量エネルギー消費型でスジが悪いもの。Boschも特に改良型シアナミド法(高温ガス加熱で合成したシアン化バリウムと炭化バリウムの混合粉末をケン化してアンモニアを合成、さらにチタンを混ぜて収率をNikodem-Caro法から改善)に対しては完成度を相当に仕上げ、パイロットプラントによるアンモニア合成を累計90トンレベルまでやってのけていましたが結局事業には至らず。このあたりの心理状況については本書に「こうしたエネルギーを大量に消費するような合成法は高くなるのでやっていけない(“Bosch war bei seinen Ueberlegungen ueber das Problem der Stickstoffbindung zu der Ueberzeugung gekommen, dass alle Vorschlaege, bei denen durch elektrischen Strom hohe Tempraturen erzeugt werden mussten, zuviel Energie verschlangen, und dass die Bindung des Stickstoffs auf der Weise zu teuer wuerde.”[同書P49])」という記述があり、手法として不完全であることを確信していたフシがありました。

もちろん本人は全く満足しないまま気が付けば35歳。年齢的にも追い込まれており何としてもやり遂げねば、という後の無い状況であったことは間違いありません。上記の改良シアナミド法はほぼ常圧で窒素が固定できるのですが、それをケン化してアンモニアを分離したあとのバリウム化合物(酸化物が主)を元の価数まで戻すのに1400℃前後まで加熱せねばならず大量にエネルギーを消費するもので、以前紹介したWisconsin Processと同様に低温化できませんでした。金属リチウムやシアン化カルシウムも比較的ゆるい条件で窒素固定が出来ますが”中心”金属の価数を容易には戻せません(還元にエネルギーを大量に消費します)から成立しないのと同様、部分的なプロセスが成立するからと言っても商売になるとは限らない例ですね。

なお順序が逆になりますが、Boschが窒素固定に取り組むようになった端緒は「大気の錬金術」(トーマス・ヘイガー著)に詳しく、要は大化学者Ostwaldによる窒素固定法の提案(@100万マルク・現在価値で4億円くらい?)の実態を見抜き、かつOstwaldと対等に議論しつつ圧力範囲を広げて追加データを取り、提案を叩き落としたこと。具体的には還元環境下で鉄線に窒素を流したら少量のアンモニアが発生するという提案に対し、それがわずかに発生していた鉄窒化物に由来しただけのものであることを見抜いたのがポイント。その際Brunckらに実力を見出されたことにより、窒素固定プロジェクトに参画することになりました。余談ですが当時Ostwald研には後に味の素合成で活躍する池田早苗氏が居て、もしかしたらどこかでBoschとすれ違ったりしていたかもしれません。

Boschとの論争を通じてBASFへ影響を与えたW. Ostwald
実はMittaschの師匠でもあり、この際論争に敗れたとは言え
後のHB法の実現には間接的に大きな影響を与えた[文献2]

(2)Haberに出会ったころ

時期を同じくして、窒素固定のもう一人の英雄 Fritz Haber。当時彼の研究室には後に日本化学界の基礎をつくる二人の技術者(田丸節郎、小寺房次郎)が居たことがわかっています。特に田丸節郎氏は東工大の設立に尽力した、戦後日本研究界のリーダ的な存在でした。そのご子息が東京大学教授の田丸謙二氏で、ゲルハルト・エルトゥル氏が受賞したノーベル賞の基礎となる触媒表面科学の分野で進歩的成果を挙げるなど親子二代に渡り科学に大きな貢献をされているのも興味深い点です。田丸節郎氏はHaberの研究所で”鬼のように働き”、その理論的裏付けに大きな貢献をしたということです。

件の有名な写真[文献3] 1909年時点カールスルーエ工科大の研究室メンバ
初めてアンモニア合成に成功した装置原型を製作したRossignol氏は
当時のイギリス領の出身でこのあとドイツの電気化学系の会社に引き抜かれた

Haberは当時カールスルーエ工科大の研究室を主宰していましたが、その状況に満足していませんでした。というのも当時の化学界の花形と言えば科学の殿堂ベルリン大学。その主要ポストはライバルのNernstが獲得して卓越した成果を出し続けていたために何とか一発逆転を狙っており、優秀なスタッフらと共に装置や圧力や温度をいじって化学平衡理論に基づきアンモニアの合成条件を探し出しました。そして実際に合成に成功したとBASFに報告したのが1909年春のこと。この時点でのアンモニア合成平衡条件は600℃、200気圧。しかも合成触媒に希少なウランやオスミウムを使っていました。このキーポントになったのが当時Haberがドイツガス灯社(Auer Gesellschaft・現在でも活動するOSRAM社の前身)と協力関係があったこと。協力していた経緯は不明なのですがHaberは白熱灯に希少金属を利用していた同社からオスミウム(OSmium)、タングステン(WolfRAM)、ウラン、プラチナといった現在でも入手の難しそうな元素を入手しており、優秀なスタッフに加えこうした材料へのアクセスがあったことが他の研究者に先んじた大きな要因でした。

Haberはこの技術をHoechst、Bayerをはじめとしたそうそうたる化学会社へ売込みにかけます。が、要求温度・要求圧力と使用触媒とが当時の産業レベルで常識外れもいいところで、各社しり込みするばかり。業を煮やしたHaberは同大の相談役でBASF元取締役でもあったCarl Englerに仲介をたのみBASFへ接触。その結果Brunckは技術者2人と共にHaberらを訪問するのですが、その1人であった技術顧問兼大学教授すらも合成条件の難易度に文句を言うばかり。そこでBrunckは同行していた、窒素固定プロジェクトの実務リーダであったBoschに判断を求めます。その時、Boschはこう回答しました。

“Ich glaube, es kann gehen. Ich kenne die Leistungsfaehigkeit der Stahlindustrie genau. Man sollte es riskieren.”
「これはうまくいくと思います。私は鉄鋼業界の実力をよく理解していますから。リスクを取りに行くべきかと」

そしてのちにHaberによる実証追試をMittaschが確認したわずか数週間後、Brunckは予算と人員と研究規模の拡充を矢継ぎ早に決定し、ここに史上稀にみる、一企業が世界を根本から変えた変態プロジェクトが開始しました。ここでもしBrunckがBoschを懐刀として同行させていなかったら、世界の人口スケールはここまで増殖することなくもっとちんまりとした感じだったかもしれません。人類にとってどっちがよかったのか筆者には正直判断しかねるのですが、ともかくこのターニングポイントで賽は投げられてしまったのです。

(3)Boschによる合成プラントスケールアップ開発の時系列

RossignolとHaberによるリアクタ模型(筆者撮影・Carl Bosch Museum所蔵)と模式図[文献2] 要はこれの各重要要素を低コスト化して大型化する「だけ」なのだが・・・

ここからは有名な話が続きますので割愛していきますが前述の「大気の錬金術」に描かれていない技術的なポイントに絞って話を進めます。なお同書、[文献1]を英文に直訳しただけじゃねぇかと思うくらいそのまんまの記述が多くて正直少しガックリきました。ただBoschに関する書物が同書以外にほとんど見当たらないので無理からぬことなのでしょう。ということでまとめると下図になります。

【筆者注:20190301】Duisbergの役割を誤解釈していましたので図を訂正しました

続いてこの図のポイントとなる4点を詳細に紹介したいのですが、ここはBosch以外にも多数の英雄がいることがよくわかったうえ、「大気の錬金術」から省かれた重要な項目が何点かあったので次回以降詳細に描いていきたいと思います。特に興味深いのが低コストアンモニア合成触媒の探索がたった半年でほぼ解決していたということ。市販の書物には『20,000通りの材料スクリーニングの結果見つけた』と書いているものもありましたが[文献1]によればこの書き方は間違いで、BoschのカンとMittaschの手法との相乗効果によって比較的あっさり見つかっていたわけです。

ということで今回はここまで・・・。

【参考文献】

  1. “Im Banne der Chemie: Carl Bosch Leben und Werk” Karl Holdermann, 1953, Econ Verlag
  2. “Wilhelm Ostwald: Begründer der physikalischen Chemie und Nobelpreisträger 1909”, G. Ertl, Angewandte Chemie,  リンク
  3. “The Synthetic Nitrogen Industry in World War I”, pp 17-72, Anthony S. Travis, Springer, リンク
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Tshozo

Tshozo

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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