[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

固体なのに動くシャトリング分子

[スポンサーリンク]

ロタキサンのシャトリング

ロタキサンとは、一般的に棒状分子がリング状分子の輪の中を通り、棒状分子の両端が大きな分子(ストッパー)で固定されている超分子のことを言います。ロタキサンの特徴としてリング状分子が棒状分子上の2つの認識サイト間を移動する、つまりシャトリング分子として働くことが知られています。うまく設計したリング状分子と棒状分子を使えば、リング状分子の「動」と「静」や、2つの異なる認識部位をデジタル信号の「0」、「1」と見立てたスイッチングが理論的には可能です。このようなロタキサンを使ったシャトリング分子は1991年Stoddartらによって初めて合成されました [1] (図 1)。Stoddartらは温度可変NMR測定により、20 ℃においてはリング状分子が2つの認識サイト間を動き–50 ℃では停止するといった溶液中での分子シャトリングを実現しました。その後、pH応答[2]、光応答[3]、認識サイトの酸化還元応答のシャトリング分子[4]などが設計・合成されています。

 

2015-06-07_01-24-12

図1 ロタキサンによる分子シャトリング

 

さて、一見するとロタキサンを用いたシャトリング分子の合成は2000年代初頭には確立したように思えます。しかし、これまでに報告されたロタキサンのシャトリングや回転運動は全て溶液中での観測であり、実際にこの科学を高密度な分子素子や分子スイッチなどの材料として応用することを考えると固体中での高密度な運動が求められます[5]。最近、ようやく固体中(MOF中)で分子シャトリングを実現した研究結果がウィンザー(Windsor)大学のLoebらによって報告されましたので紹介したいと思います。

 

“A molecular shuttle that operates inside a metal–organic framework”

Zhu, K.; O’Keefe, C. A.; Vukotic, V. N.; Schurko, R. W.; Loeb, S. J. Nature Chem. 2015, 7, 514. DOI: 10.1038/nchem.2258

 

固体中での分子シャトリング成功の秘訣

固体中でロタキサンが動かない理由は、固体状態ではロタキサン同士が水素結合や分子間力で密にパッキングされており、リング状分子の動きが阻害されているからです。一方、溶液中では分散するため分子の自由度が高く、その結果、シャトリングが高速で進行し、それを観測可能となります。そのため固体中でのロタキサンの運動を誘発するためには固体結晶中にリング状分子が動くことができる「空孔」が必要となります。

そのためLoebらは、ロタキサンと空孔をMOFで作り出すことを考えました。これが固体中における分子シャトリングを成功に導いた秘訣です。

実際、2003年ロタキサンを含むMOFであるMORFの合成に成功しています[6]MORFのX線単結晶構造解析から、ロタキサンがMOF中に含まれていることを確認しています。また、2012年には、2つのベンゼンジカルボン酸部位の間にクラウンエーテルを導入した1を合成しました。Loebらは1とCu(NO3)2・3H2Oを用いて錯体を形成させ、MOFであるUWDM-1をつくりました。UWDM-1を使ってロタキサン中のクラウンエーテルの回転を固体NMRによって観測することに成功しています[7]。さらに、2014年には亜鉛を用いたMOFに2を含ませたUWDM-2及びUWDM-3を調製し、両者のリング状分子の回転運動を固体NMRによって観測していています[8]。そして、今回はより空孔が広いUWDM-4を調製し、MOF中でのシャトリング観測を試みました(図2)。

 

2015-06-07_02-23-15

図2 MOF+ロタキサン

 

MOF中でのシャトリング分子のデザインと合成戦略

MOF中でのシャトリング分子を設計するキーポイントは次の2つ。

  • リング状分子の運動に必要な結合能の高い認識サイトを2箇所導入すること
  • ロタキサンのリング状分子が棒状分子上を動くために十分広い空孔を準備すること

この2点に注意して著者らはシャトリング分子の設計・合成を行いました(図 3)。より広い空孔をもつMOFとしてZn4O(TPDC)3 (TPDC = Terphenyl dicarboxylic acid)を選定し、TPDC骨格にジアミンを導入した4から5に誘導しました。5のイミダゾール骨格はカチオン性であるため、これにクラウンエーテル([24]crown-8)を添加するとイミダゾール近傍にクラウンエーテルを固定することができます。その後、アルデヒドを同じTPDC骨格を変換することで、認識サイトを2つ有する化合物6を合成しました。さらに加水分解による3の合成、続くZn(BF4)2・6H2Oとの錯形成によって、分子シャトルを含む金属有機構造体UWDM-4 ((Zn4O)(4-4H)3))を合成しました。

2015-06-07_02-23-03

図3 UWDM-4の合成

 

MOF中での機能の観測

著者らは得られたUWDM-4に関して、温度可変1H-13C CP/MAS NMRを測定しました(図 4)。高温時にはシャトリング分子が運動することでコアレス(2つのピークの融合)が生じ、1種類のピークとなることが予想されます。低温になるとシャトリングが弱まりコアレスは生じず、2つのピークとなると考えられます。実際に、高温では、ベンゾイミダゾールの2位に対応する1つのピーク(154.0 ppm)が観測されましたが、室温まで下げると2つの異なるピーク(152.7, 155.2 ppm)が観測されました。この結果より著者らは、MOF中でシャトリングが行われていることを結論づけています。また、MOF中におけるシャトリングは、温度可変NMRの実験データに対してピークフィッティングを行うことで、1秒間におよそ280回運動していることが分かりました。このような固体状態中での分子シャトリングの観測は初めての例です。

 

応用可能?

今回はLoebらによって報告されたMOF中でのシャトリング分子の合成について紹介しました。将来的には、分子スイッチなどの機能性材料としての応用が期待できる!

といいたいところですが、それはまだまだ先の話。なかなか困難な道があると思います。ただ、分子が密に凝集した固体中にも関わらず、その固体中で分子が運動させるアイデアと設計・また実際に合成し、シャトリングを観測したことは現象論として大変面白く、こういう研究は材料としての使える、使えないという議論の前に、ピュアなサイエンスとして価値のあるものだと思います。

 

関連文献

  1. Anelli, P. L.; Spencer, N.; Stoddart, J. F. J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 5131. DOI: 10.1021/ja00013a096
  2. Bissell, R. A.; Cordova, E.; Kaifer, A. E.; Stoddart, J. F. Nature 1994, 369, 133. DOI:10.1038/369133a0
  3. Murakami, H.; Kawabuchi, A.; Kotoo, K.; Kunitake, M.; Nakashima, N. J. Am. Chem. Soc. 1997, 119, 7605. DOI: 10.1021/ja971438a
  4. Tseng, H.-R.; Vignon, S. A.; Stoddart, J. F. Angew. Chem. 2003, 115, 1529. DOI:10.1002/ange.200250453
  5. (a) Loeb, S. J. Chem. Soc. Rev. 2007, 
36, 226. DOI: 10.1039/B605172N (b) 
Coskun, A.; Banaszak, M.; Astumian, R. D.; Stoddart, J. F.; Grzybowski, B. A. 
Chem. Soc. Rev. 2012, 41, 19. DOI: 10.1039/C1CS15262A
  6. (a) Loeb, S. J.; Davidson, G. J. E. Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 74. DOI:10.1002/anie.200390057 (b)
 Hoffart D. J.; Loeb, S. J. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 42, 901. DOI: 10.1002/anie.200461707
  7. Vukotic, V. N.; Harris, K. J.; Zhu, K.; Schurko, R. W.; Loeb, S. J. Nature 
Chem. 2012, 4, 456. DOI: 10.1038/nchem.1354
  8. Zhu, K.; Vukotic, V. N.; O’Keefe, C. A.; Schurko, R. W.; Loeb, S. J. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 7403. DOI: 10.1021/ja502238a

 

関連書籍

 

外部リンク

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 世界の化学企業いくつ知っていますか?
  2. ミツバチに付くダニのはなし
  3. アメリカで Ph. D. を取る –希望研究室にメールを送るの巻…
  4. 【書籍】イシューからはじめよ~知的生産のシンプルな本質~
  5. 反芳香族性を示すπ拡張アザコロネン類の合成に成功
  6. 虫歯とフッ素のお話② ~歯磨き粉のフッ素~
  7. 有機合成化学協会誌2021年8月号:ナノチューブカプセル・ナノグ…
  8. マイクロ波を用いた革新的製造プロセスと電材領域への事業展開 (ナ…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 水素化リチウムアルミニウム Lithium Alminum Hydride (LAH)
  2. ヨードホルム (iodoform)
  3. 研究助成金を獲得する秘訣
  4. 採用が広がるユーグレナのバイオディーゼル燃料、ユーグレナバイオジェット燃料も完成
  5. DNAを切らずにゲノム編集-一塩基変換法の開発
  6. 子ども向け化学啓発サイト「うちラボ」オープン!
  7. ヒアリの毒素を正しく知ろう
  8. 浜松ホトニクスがケムステVプレミアレクチャーに協賛しました
  9. トビアス・リッター Tobias Ritter
  10. アミン化合物をワンポットで簡便に合成 -新規還元的アミノ化触媒-:関東化学

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年6月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

注目情報

最新記事

第59回「希土類科学の楽しさを広めたい」長谷川靖哉 教授

第59回目の研究者インタビューです! 今回は第36回ケムステVシンポ「光化学最前線2023」の講演者…

材料開発の未来とロードマップ -「人の付加価値を高めるインフォマティクスとロボティクス」-

 申込みはこちら■セミナー概要本動画は、20022年11月11日に開催された共催セミナーで弊…

第58回「新しい分子が世界を変える力を信じて」山田容子 教授

第58回目の研究者インタビューです! 今回は第36回ケムステVシンポ「光化学最前線2023」の講演者…

始めよう!3Dプリンターを使った実験器具DIY:準備・お手軽プリント編

オリジナルの実験器具を3Dプリンターで作る企画を始めました。第一弾として3Dプリンターの導入と試しに…

第16回日本化学連合シンポジウム「withコロナ時代における化学への期待」

およそ3年間に渡る新型コロナウイルス感染症の蔓延により、経済、文化、研究、社会活動のすべてが大きなダ…

アカデミアケミストがパパ育休を取得しました!

こんにちは、こんばんは、おはようございます、Macyこと九大院薬 助教の寄立麻琴です。タイトルに…

巧みに骨格構築!Daphgracilineの全合成

ユズリハアルカロイドであるdaphgracilineの全合成が初めて達成された。Type II 分子…

【四国化成ホールディングス】新卒採用情報(2024卒)

◆求める人財像:『使命感にあふれ、自ら考え挑戦する人財』私たちが社員に求めるのは、「独創力」…

部分酸化状態を有する純有機中性分子結晶の開発に初めて成功

第464回のスポットライトリサーチは、熊本大学 大学院自然科学教育部 理学専攻 化学コース 上田研究…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける高次元ベイズ最適化の活用-パラメーター数が多い条件最適化テーマに対応したmiHub新機能もご紹介-

開催日:2023/2/1  申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影響を受…

Chem-Station Twitter

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP