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ノーベル賞の合理的予測はなぜ難しくなったのか?

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Why it has become more difficult to predict Nobel Prize winners: a bibliometric analysis of nominees and winners of the chemistry and physics prizes (1901-2007)
Gingras, Y.; Wallace, M. L. Scientometrics published online 9/23/09 doi: 10.1007/s11192-009-0035-9

タイトルのような内容を議論した科学社会学論文をふとしたことで見つけました。今回はその辺りをかいつまんでご紹介しましょう。

ケムステニュースでも既にお伝えしました、毎年恒例のトムソン・ロイターのノーベル賞予想。しかしこれは現状、予測92名中11人受賞(12%)という成績であり、お世辞にも高い的中率とは言えません。

トムソン・ロイター社は科学情報調査を専門とする会社であり、科学文献の引用ネットワーク・引用数をデータベース化したWeb of Scienceという製品を独自に開発して持っています。

つまりその辺りの調査やデータ解析においては、他の追随を許さぬ技術・ノウハウを持っている会社でもあるわけです。そんな優れた会社が合理的に判断しても、これほどまでに的中率が上がらないというのは一体なぜなのか・・・? 読者の皆さんは、その辺りを疑問に思ったことはありませんか?

今回挙げた論文では、ノーベル賞がらみの文献引用ネットワークを分析することによって【論文引用関係に基づき予測を導き出す手法が、そもそも現代の科学情勢に合っていない】ということを結論として述べています。


Authorらは、過去(1901年~2007年)のノーベル賞受賞者・候補者の論文引用ランキング推移と、ノーベル賞受賞年度の関係に着目し、それを体系的にしらべあげ分析を試みています。

下のグラフがその一つです。t=0(点線部)をノーベル化学賞受賞(もしくはノミネートされた)年とし、その差分年数でグラフのx軸を構成しています。-の値は受賞○年前、+の値はは受賞○年後、といった感じです。

化学者を各時代毎に分類してデータ平均を取ってみると、かなりクリアな傾向が出ていることが分かります。

nobelanalysis_graph_2.jpg
例えば戦前(実線グラフ)は、論文引用数トップになったらノーベル賞受賞
という図式が簡単に成り立ちました。しかし1960~70年代頃からその傾向は崩れ、1970年以降(破線グラフ)では、論文引用ランキング推移とノーベル賞授与年度の間に、有意な相関関係が見られく
なってしまった
、ということをこのグラフは示しています。

この背景にあるのは、「1960年以降にある学問領域の巨大化と細分化」だと考察されています。複雑化した現代科学界にあっては、別の予測方法が必要とされているのかも知れませんね。

この論文では、他にもなかなか興味深い分析内容が示されています。以下2つほど簡単にご紹介。

 ① 【科学者人生の中で「論文引用ランキングが最上位となった年」に、ちょうどノーベル賞が授与されるケースが大変多い(特に戦前の場合)】

ノーベル賞委員会は、科学情勢を相当に妥当性高く見極め、ノーベル賞を授与してきたことがうかがえます。賞の世界的評価がこれほどまでに高いのは、独立性の高い選定思想と、綿密な調査があってのこと、なのでしょうね。

“1000以上論文が引かれまくって、その後ぱったりと引用されなくなったら(周知されたら)ノーベル賞”という経験的事実とも合致する感じです。

 ②【ノーベル賞学者は、受賞後しばらくの間、論文引用ランキングがなかなか下がらない】

①で述べたこととも関連しますが、論文引用ランキングは、受賞(ノミネート)を境に下降に向かう傾向が強くあるそうです。ただし、ノミネートだけで終わった人とは異なり、ノーベル賞学者はその下降速度が幾分遅いのだそうです。

これは受賞後数年の間は、他の科学者達が「ノーベル賞受賞者の論文だから、きっとすごいに違いない」というバイアスを持って引用文献を選択してしまうため、と分析されています。社会科学ではハロー効果と呼ばれている現象で、ほとんどの人間に内在するバイアスとみなされています。科学者といえども人間というわけで、なかなかに興味深い分析ですね。

さて、今回は純粋化学とはやや毛色のちがう話をしてみましたが、いかがだったでしょうか。こういった知識を背景にノーベル賞イベントを眺めてみると、また違った見方が出来て面白いと思いますよ!

ところで余談ですがこの論文、Receivedが2008年8月18日で、published onlineが2009年9月23日となっています。・・・いやはや、これだけでもAuthorとEditor側のいろんな思惑が透けて見えます。どう捉えても、2008年のノーベル賞発表に合わせて分析をまとめたものの、ノーベル賞公表前後に公開が間に合わず、仕方なく今年2009年のノーベル賞にタイミングを合わせて公開されたものだとしか思えません。事実つい最近公開された論文にもかかわらず、分析内容に2008年のデータが含まれていないのです。

とはいえそういう戦略をとったおかげでしょう、筆者のような全く関係無い人物の目にまで触れてるわけです。どんなに良い論文を書いても、他人の目に触れないと意味が無いわけですからね・・・公開を1年待たせたとしても、悪くない公表方針なのかもしれません。・・・まぁ何とも気の長い話、ですけども。

 

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  • Istvan Hargittai, 阿部 剛久
  • 定価 : ¥ 6,090
  • 発売日 : 2007/11/21
  • 出版社/メーカー : 森北出版
  • 伊東 乾
  • 定価 : ¥ 735
  • 発売日 : 2008/12/12
  • 出版社/メーカー : 朝日新聞出版
  • おすすめ度 : (8 reviews)
    世界から期待される日本国の科学者・技術者
    再考察が必要だが話は面白い
    もしかしたら日本はノーベル賞に匹敵するものを作るべきかも
    知られざるノーベル賞の側面が詳しく書かれているとともに、これからの日本への期待も込められており、実に楽しく読めた。
    ノーベル賞を絶対視するのは科学に対する冒涜である(;’Д`)ハアハア

 

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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