[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

非常に小さな反転障壁を示す有機リン化合物の合成

[スポンサーリンク]

第77回のスポットライトリサーチは、京都大学理学研究科大須賀研究室藤本圭佑さんにお願いしました。

筆者は大学院生時代、構造有機化学と呼ばれる領域の研究をしていました。大須賀先生はこの領域の大家であり、大須賀研のスタッフの先生方や学生さんとは学会夏の学校で頻繁に一緒になっていました。途切れることのないプロダクティビティの高さとアイデアの豊富さにはいつも驚かされていましたが、何より大須賀研の方々の研究者としてのレベルの高さ、個性の強さに刺激をもらっていました。そんな、筆者にとっては(勝手に)関わりが深い(と思っている)研究室です。

大須賀研ではポルフィリンおよびその類縁体に関する研究や、最近では材料科学との境界領域をなすようなΠ共役系化合物の化学が展開されています。今回スポットを当てさせていただく藤本さんは、昨年末に行われた典型元素化学討論会において、優秀講演賞を受賞されました。大須賀先生は藤本さんに対し、このようにコメントされています。

藤本君は、とてもバランスのいい院生です。反応の最適温度や触媒や溶媒などの選択が抜群で、合成のセンスはかなり高いです。人柄も穏やかで、怒っているところを見たことがありません。これから、大きな研究を達成する有望な若手研究者だと期待しています。

優秀講演賞の受賞おめでとうございます!受賞内容をインタビューさせていただいたので、ぜひご覧ください。

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

‘‘非常に小さな反転障壁を示す有機リン化合物’’の合成を達成しました。

学部生時代に読む教科書にも書いてあると思いますが、三価三配位の有機リン化合物は30-35 kcal/molの反転障壁を示し、ピラミッド構造が平面構造より極めて安定です。そのため平面構造のリン化合物は特殊な系に限られ、未解明な化学種です。

今回、リン原子を構造固定化した化合物1の合成を達成し、リン中心の反転の活性化エネルギーがΔG298 = 13.8 kcal/molと非常に小さいことを見出しました。この理由としては、(1)構造固定化によるピラミッド構造の不安定化と、(2)芳香族安定化による平面構造の安定化の二つが考えられるため、現在は、(1),(2)の知見をもとに完全に平面なリン化合物の実現に取り組んでいます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

今回の研究は、私が隣で実験指導をしていた4回生が半年間取り組み、合成手法の確立や構造決定をしてくれたものを私が引き継いで行ったものです。はじめは合成の再現や化合物の扱いなど引き継ぎならではの苦労がありましたが、後輩が時間をかけて頑張ってくれた分、しっかりと仕上げたいという気持ちが強かったです。また大須賀研究室では、ポルフィリノイドを基軸とした分子開発を行っており、ポルフィリンの化学やΠ電子系化合物の化学として興味深い分子を創るのが得意です。これに対し、今回は少し違って、リン化合物の化学として新しい性質を見出すことができたという点でもお気に入りの仕事です。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

‘‘リン中心が反転しているのに気付くこと’’でした。

普段私たちは、ポルフィリンのmeso位の置換基に3,5-di-tert-butylphenyl基を用いています。ポルフィリン平面について面対称でない分子の1H NMRスペクトルでは、この置換基が回転するため、オルト位水素がブロードに見えることがよくあります。今回の分子もオルト位水素がブロードに見えましたが、リン中心は反転しないと思い込んでいたので、置換基が回っているいつもの現象だと私は判断していました。しかし、他の学生から、リンの反転でも同様のブロード化が起こり得るという提案を受けたことをきっかけに、DFT計算で反転障壁を見積もったところ、通常のリン化合物よりも劇的に小さい値が計算されたため、回転しないメシチル基を持つ化合物1の合成に取りかかることができました。今回の発見ができたのは、この指摘のおかげですが、もう少し広い言い方をすれば、お互いの研究に対して気になったことを言い合う研究室の雰囲気のおかげだと感じています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

いつまでも純粋な心で化学を楽しみ続けたいです。

そのために、目の前で起こっていることについて、とことん深くまで探求し続ける姿勢を持ち続けたいです。うまくいかなくて苦しいことも多いと思いますが、妥協してごまかしたりせずに、楽観的でよいので、前向きに取り組み続けるように心がけたいです。そうした中で、画期的なモノを作ることができ、一つでも多くの感動や喜びを味わうことができれば幸せだろうと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

「自主性」と「仲間」を大切にしましょう。

研究室の話をします。大須賀研は個々の学生の考えをとても尊重してくれる場所で、ほんとうに自由に研究をさせていただいています。これは私たちの誇りでもあり、周りをあっと驚かせるような発見をしてやろうと、たくさんの学生が企んでいるはずです。そして、一人一人がよく考えているだけではなく、お互いの研究の話をするのが好きです。実験室の外の廊下に古びた黄色いソファーがあるのですが、夏の暑い日や冬の寒い日でさえ、そこに集まってみんなで談笑しています。そしてこのような環境が私たちの創造力の源になっているのではないかと思います。

最後になりますが、本研究に至るまで、私を育てていただいた大須賀篤弘先生、依光英樹先生をはじめ、本研究に関わってくれた全ての皆様に深く感謝を申し上げたいと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

研究者の略歴

藤本 圭佑(ふじもと・けいすけ)

京都大学大学院 理学研究科 化学専攻 大須賀研究室 博士後期二年・日本学術振興会 特別研究員 DC1

研究テーマ「ヘテロ元素を組み込んだ新規機能性ポルフィリノイドの開発」

【略歴】

2009年3月: 徳島県立脇町高等学校 卒業

2013年3月: 京都大学理学部化学科 卒業

2015年3月: 京都大学大学院 理学研究科 修士課程修了

2015年4月 ~ 現在: 京都大学大学院 理学研究科 博士課程

2015年4月 ~ 現在: 日本学術振興会 特別研究員 DC1

2015年12月 ~ 2016年2月: シンガポール国立大学(Jishan Wu 研究室、研究指導委託)

【受賞】

2016年3月: 日本化学会 第96春季年会 学生講演賞

2016年7月: 野依フォーラム若手育成塾 第二期塾生

2016年12月: 第43回有機典型元素化学討論会 優秀講演賞

Avatar photo

めぐ

投稿者の記事一覧

博士(理学)。大学教員。娘の育児に奮闘しつつも、分子の世界に思いを馳せる日々。

関連記事

  1. 論文の自己剽窃は推奨されるべき?
  2. 「誰がそのシャツを縫うんだい」~新材料・新製品と廃棄物のはざま~…
  3. ジアステレオ逆さだぜ…立体を作り分けるIr触媒C–Hアリル化!
  4. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑱:Apple…
  5. マテリアルズ・インフォマティクスの基本とMI推進
  6. 聖なる牛の尿から金を発見!(?)
  7. KISTEC教育講座 「社会実装を目指すマイクロ流体デバイス」 …
  8. 創薬・医療分野セミナー受講者募集(Blockbuster TOK…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第16回次世代を担う有機化学シンポジウム
  2. 掃除してますか?FTIR-DRIFTチャンバー
  3. Cu(I) の構造制御による π 逆供与の調節【低圧室温水素貯蔵への一歩】
  4. 有機分子触媒ーChemical Times特集より
  5. 磯部 寛之 Hiroyuki Isobe
  6. 富山化学 新規メカニズムの抗インフルエンザ薬を承認申請
  7. 【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス
  8. 創薬・医療分野セミナー受講者募集(Blockbuster TOKYO研修プログラム第2回)
  9. ジュリアス・レベック Julius Rebek, Jr.
  10. ミカエリス・アルブゾフ反応 Michaelis-Arbuzov Reaction

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年1月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

異方的成長による量子ニードルの合成を実現

第693回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科(佃研究室)の髙野慎二郎 助教にお願…

miHub®で叶える、研究開発現場でのデータ活用と人材育成のヒント

参加申し込みする開催概要多くの化学・素材メーカー様でMI導入が進む一…

医薬品容器・包装材市場について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、医…

X 線回折の基礎知識【原理 · 基礎知識編】

X 線回折 (X-ray diffraction) は、原子の配列に関する情報を得るために使われる分…

有機合成化学協会誌2026年1月号:エナミンの極性転換・2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物(MNBA)・細胞内有機化学反応・データ駆動型マルチパラメータスクリーニング・位置選択的重水素化法

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年1月号がオンラインで公開されています。…

偶然と観察と探求の成果:中毒解毒剤から窒素酸化物を窒素分子へ変換する分子へ!

第692回のスポットライトリサーチは、同志社大学大学院理工学研究科(小寺・北岸研究室)博士後期課程3…

嬉野温泉で論文執筆缶詰め旅行をしてみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

論文を書かなきゃ!でもせっかくの休暇なのでお出かけしたい! そうだ!人里離れた温泉地で缶詰めして一気…

光の強さで分子集合を巧みに制御!様々な形を持つ非平衡超分子集合体の作り分けを実現

第691回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院 融合理工学府 分子集合体化学研究室(矢貝研究室…

化学系研究職の転職は難しいのか?求人動向と転職を成功させる考え方

化学系研究職の転職の難点は「専門性のニッチさ」と考えられることが多いですが、企業が求めるのは研究プロ…

\課題に対してマイクロ波を試してみたい方へ/オンライン個別相談会

プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーである”マイクロ波”について、今回は、適用を検討してみ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP