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スポットライトリサーチ

アジサイの青色色素錯体をガク片の中に直接検出!

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第219回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 大学院情報科学研究科(吉田研究室)・伊藤 誉明さんにお願いしました。

梅雨の・・・シーズンはだいぶ前に過ぎ去ってしまいましたが・・・代名詞でもあるアジサイの花になることでも知られるマルチタレントな花ですが、目の覚めるような美しい青色は、どうやって生じているのでしょうか?アルミニウムが重要な役割を果たしていたり、いろいろな成分が絡んでいたりなど、そのメカニズムは思った以上に複雑です。このため、実際のアジサイ内でも想定される色素ができているのか?ということは未解明課題の一つでした。本成果は実物のアジサイ内部でも想定される色素が確かに存在していることをはじめて明らかにした成果であり、Scientific Reports誌原著論文およびプレスリリースとして公開されています。

“Direct mapping of hydrangea blue-complex in sepal tissues of Hydrangea macrophylla
Ito, T.; Aoki, D.; Fukushima, K.; Yoshida, K. Sci. Rep. 2019, 9, 5450. doi:10.1038/s41598-019-41968-7

研究室を主宰されている吉田久美 教授から、伊藤さんについての人物評を頂いています。

伊藤君は凝り性です。とことんこだわります。指導者がこんなことを言ってはどうかと思われる方もあるでしょうが、私の考えの範疇を超越して考え抜いて実験をしています。ただし、そうでなくては研究者ではない、あるいは、困難な研究課題を前にしたら指導者も学生もないし皆同等である、という私のポリシーを体現してくれています。学部時代は将棋部で鳴らし、ずいぶん強いらしい。何手先まで読めるのかわかりませんが、それが、研究に活きていると感じます。

それでは今回も現場からのコメントをお楽しみ下さい!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

アジサイガク片組織の凍結切片を用いた質量分析イメージングにより、青色細胞の位置だけに、ガク片の青色発色を担う色素錯体を直接検出しました。これによってin vivoでのアジサイの青色発色機構を解明しました。
アジサイの花色は生育条件の違いにより赤~紫、青色と多彩に変化します。これらの発色はいずれもアントシアニンである3-O-グルコシルデルフィニジンに由来しますが、青色発色には加えて助色素として5位にアシル基を有するキナ酸、及びアルミニウムイオンが必須です。これら三つの成分が1:1:1の組成比で錯形成し鮮やかな青色を呈することは in vitro での再構成実験から明らかにされており、アジサイガク片内での発色もこの錯体が担っていると推定されていました。しかし、生体組織内には夾雑する有機分子や金属イオンが多量に存在し、加えて分析に使用された再構成錯体は、色素や助色素の濃度条件が生体内での濃度と異なります。再構成で得た青色錯体とガク片組織に存在する青色は本当に同一なものであるかという疑問が残りました。

図1 アジサイガク片の青色発色を担う色素錯体 (hydrangea-blue complex) の分子構造.

この問題を解くアプローチは二つあります。一つは、何とかして青色錯体を錯体として天然から単離する方法です。そしてもう一つは本研究で行った、ガク片組織から錯体を直接検出するという方法です。用いたのは低温-飛行時間型二次イオン質量分析法 (cryo-TOF-SIMS) という手法です。TOF-SIMSは分析対象にイオンビーム(一次イオン)を照射し、対象表面から放出されるイオン(二次イオン)を検出する手法です。二次イオンを解析することで、化学種として「何があるか」を、また一次イオンを絞って照射することによりサブミクロンオーダーで二次イオンが「何処から」発生したのかを知ることが出来ます。即ち、ターゲットイオンの分布のマッピングが出来ます。液胞(水相)に存在する色素錯体を検出するため、また真空条件による水分の損失とそれに伴う組織内の分子の位置情報の損失を防ぐため、凍結したアジサイガク片を対象にクライオ条件下でTOF-SIMS分析を行いました。その結果、青色のアジサイガク片からのみ青色錯体由来の分子イオンを検出しました。青色錯体の組織内分布は、表層細胞の一つ下の細胞に局在し、光学像観察の結果と良く一致しました。また、アルミニウムイオンも錯体と同様な分布となることが分かりました。これらの結果から、アジサイの色素錯体を直接検出しその分布のマッピングに成功したと結論付けました。

図2 青色アジサイガク片のcryo-TOF-SIMSの測定及び結果.
(A) ガク片のcryo-TOF-SIMS測定およびガク片のcryo-TOF-SIMS スペクトル.
(B) ガク片切片の光学像及び錯体の分布.

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

天然での錯体の振る舞いを知るには、やはりアジサイそのものを対象にした分析を行わなければと、常々感じていました。今回その機会に恵まれた点が幸運であると感じると同時に、思い入れがある点です。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

上述した一方で、大変だったのも植物組織を扱うという点でした。特に金属の定量分析では下処理が多く、外部からの金属等のコンタミネーションを防ぐのに苦心しました。具体的には、下処理として凍結ガク片の破砕・秤量、酸による湿式灰化、希釈、フィルタリングという手順を経ます。まず金属のコンタミネーションを防ぐため、サンプルに接触する器材はすべて酸を用いて洗浄した後にクリーンルーム内で風乾しました。またガク片の量を秤量するまでは液体窒素を用いて凍結状態を維持しますが、もたもた操作していると霜がつき秤量値が不正確になる点に気づきました。組織の秤量値も定量上限を超えないようにしなければいけません。操作手順等を至適化するのに何度か同じ実験を繰り返すことになりました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

僕が化学の道を志した切っ掛けを思い返すと、小学校の入学式で当時の校長先生が挨拶の時にリトマスの酸塩基反応を見せてくれたことでした。最後の締めに、「しっかり勉強すれば何が起こっているか分かるよ」と語ったのが印象的でした。上手く煽動されてしまったように思いますが、今度は自身が煽動する側に立ち、老若男女問わず知的好奇心をくすぶるような、化学をもっと知りたくなるような研究が出来たらよいなと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後までお読みいただきありがとうございます。名古屋では鶴舞公園や東山動植物園で綺麗なアジサイがたくさん見られますが、道端でもふと目に留まることがあります。他の町でも同様なのではないでしょうか。そんなときにこの研究を思い出し、アジサイ花色の発現機構に思い巡らして頂けると研究に携わった身としてとてもうれしいです。
最後に、本研究をこのような形で論文としてまとめるのにご助力いただいた青木弾講師、福島和彦教授、吉田久美教授に厚くお礼申し上げます。また、このような形で研究を広く紹介する機会をくださったケムステーションのスタッフの皆様に厚くお礼申し上げます。

研究者の略歴

伊藤 誉明 (ITO TAKAAKI)

所属:名古屋大学 大学院情報科学研究科 複雑系化学専攻(吉田研究室
研究テーマ:アジサイガク片の花色の発現の機構

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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