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アジサイから薬ができる

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6月になりました。およそ日本全国にわたり、梅雨の季節。ジメジメして過ごしにくくもありますが、雨に濡れたアジサイを見て、6月なのだとわたしたちは季節を感じたりもします。そんなわけで、アジサイに含まれる成分について、記事を書こうかと思います。

毒ばかりでなく、アジサイには薬になる別の成分も含まれているのです!

先日のケムステ記事『アジサイには毒がある』に引き続き、アジサイの生理活性成分について話を進めたいと思います。毒の話は、前回の記事『アジサイには毒がある』で書ききってしまったので、もう今回の記事でほとんど青酸配糖体は登場しません。

天然化合物か人工化合物かふたつのみち

フェブリフジン(febrifugine)は、2000年以上昔の古くより漢方薬の原材料として知られていた常山アジサイ(Dichroa febrifuga )から、薬理成分として単離されました。常山アジサイは中国原産の植物であり、日本でよく見るアジサイと異なり、葉を落とさない常緑の種類です。フェブリフジン自体は、量の多寡に違いはあるものの、常山アジサイだけではなく、日本でよく見るタイプのアジサイにも含まれます。

常山アジサイを原材料とした漢方薬は、古くから抗マラリア薬として使われてきました。しかし、そのままでは、フェブリフジンには吐き気を引き起こす嘔吐の副作用があります。

常山アジサイ

常山アジサイ

嘔吐を抑える別の漢方薬と併用するというのもひとつの手ですが、そもそもアジサイには青酸配糖体(『アジサイには毒がある』参照)のようなフェブリフジン以外の毒も含まれています。この毒は薄めても薬にはなりません。確かに濃すぎる薬は毒になります。しかし、どんな毒でも薄めれば期待通りの薬になるわけではありません。

フェブルフジンの薬理活性だけが欲しいならば、薬の原材料としてアジサイにこだわる必要はないでしょう。ここで、人工の化学合成に出番が回ってきます。

そこで、副作用を抑えて、人間の手で新たに作られた物質が、このハロフジノン(halofuginone)です。芳香環についていた水素原子を、それぞれハロゲンの塩素原子と臭素原子に置き換えただけ。分子のかたちはほとんどそのままで、電子の分布が変更されています。

フェブリフジンとハロフジノンの静電ポテンシャルマップ(赤~黄が電子豊富・青~緑が電子欠乏)

フェブリフジンとハロフジノンの静電ポテンシャルマップ(赤~黄が電子豊富・青~緑が電子欠乏)

 

漢方薬の有効成分に標的タンパク質が分かった!

ハロフジノンはマラリア以外にも効くことが分かり始めています。自己免疫疾患の他、いくつかの治療薬として臨床試験中です。フェブリフジンやハロフジノンは、どのような薬理機構で効くのでしょうか。

ハロフジノンを投与すると、特定の免疫細胞(T helper 17 cell)で増殖が抑制されます。そこで、このタイプの免疫細胞に、ハロフジノンを投与したとき、遺伝子の発現がどう変化するのか、DNAマイクロアレイ(DNA micro array)と呼ばれる方法で調べました。すると、遺伝子の発現は、培地にアミノ酸が含まれているにも関わらず、アミノ酸欠乏応答(amino acid starvation response; AAR)と似たようなパターンになりました。そこで、アミノ酸を過剰に与えたところ、ハロフジノンの作用は弱まりました。どうやらアミノ酸欠乏応答のシグナル伝達がハロフジノンで誘発されると、特定の免疫細胞で分化が抑制されるようです[1]。

では、なぜハロフジノンがアミノ酸欠乏応答を誘発するのでしょうか。実は、ハロフジノンを投与して、細胞が不足状態だと思い込むアミノ酸は、20種類ある標準アミノ酸のうち、ひとつだけなのです。ここにカラクリの一端があります。

薬理機構を解説するために、ここで、標準アミノ酸の中でもユニークなかたちをしたプロリン(proline; Pro)が登場です。

Proline

ハロフジノンの標的タンパク質は、プロリルtRNA合成酵素(prolyl tRNAPro synthetase; ProRS)です。この酵素は、プロリン用の運搬RNA(tRNAPro)にプロリンをつなげて、プロリルtRNA(prolyl-tRNAPro)を作るときに、反応を触媒します。

標的タンパク質へ基質の代わりにハロフジノンが誤って取り込まれることで、本来はプロリンが取り込まれるべき反応は阻害されます。細胞内にはプロリンがあるにも関わらず、ハロフジノンで邪魔されてタンパク質の生合成にプロリンを使えなくなるため、細胞はプロリンの欠乏状態にあると感知してしまいます。実際に、過剰のプロリンを投与すると、ハロフジノンの作用は弱まります。免疫細胞の増殖抑制や、抗マラリア活性も、過剰にプロリンを投与することで弱まることが、確認されました[2]。

ほとんどの薬には標的タンパク質がある

ほとんどの薬には標的タンパク質がある

 

アジサイよりも移り気な

大学のような場所で、薬がなぜ効くのか、仕組みを調べている研究者は、たくさんいます。「理由はどうあれ治ればいいんだ」などと言っていると、いつまでたっても改良できず、新しい方法は生まれないからです。仕組みが分かることで、「この薬と併用してはまずそうだ」とあらかじめ危険を察知したり、「他の疾患にもこの薬は効くかもしれない」と新たな可能性を模索したりすることができます。理屈抜きで基礎を飛ばして、応用ありきで話を進めていては、いつか限界にぶつかります。

物事の仕組みを解き明かすには、地道に研究を続け、緻密に論理を積み重ねていかなければなりません。たくさんの分野に影響を与え、やがてブレークスルーを起こす研究は、たいていそのままでは役に立たない研究です。

梅雨の曇り空はまだまだ続くのでしょうか。アジサイの移り気ないろどりだけが、つかの間であっても、わたしたちを癒しています。「この研究はこれに役立ちます!」と言うだけの短絡的な報告に踊らされてばかりではなく、このようなもっと地に足の着いた研究が社会に認められることを祈るばかりです。 

 

参考論文

  1. “Halofuginone Inhibits TH17 Cell Differentiation by Activating the Amino Acid Starvation Response” Mark S. Sundrud et al. Science 2009 DOI: 10.1126/science.1172638
  2. “Halofuginone and other febrifugine derivatives inhibit prolyl-tRNA synthetase” Tracy L Keller et al. Nature Chemical Biology 2012 DOI: 10.1038/nchembio.790

関連書籍

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